見出し画像

ガムとシロップ

月の3割は泊まりの出張があった仕事をしていたころ、よくJRで移動をしていた。行き帰りは睡眠も取れるし、駅弁も食べてゆっくりもできる。今回も無事仕事を終え、17時過ぎにホームで待つ。あとは列車に乗って終点まで寝るだけ。
しかしその日に限って到着が遅れていた。始発駅に近いのに15分遅れ。珍しいな、なんて思いながら遅れた列車に乗り込む。外は雪で荒れ始めていた。

途中駅で少しずつの遅れが累積し、乗車して1時間。普段なら停車は1分もあるかないかの実家近くの駅で40分近くほど停車した。ますます荒れている雪と暴風。明日は昼からの出社、実家に泊まって翌朝早くに出ることも考えたが、実家に戻るより、慣れた布団で眠る方が疲れは取れる。どんなに遅れても、あと残り120キロ。この様子なら最終の地下鉄にも間に合うだろう、間に合うはずだった。

列車は動き始めたものの予想は大きく外れ、駅に止まるたびに車掌さんのアナウンスの声が厳しくなる。そして爆弾低気圧に襲われた特急列車は3つ進んだ駅で完全停止。まさかの車内で夜を越すことになった。疲れた駅員さんの「もう今日は動きません」「食糧配ります」あたりのアナウンスから車内は諦めの雰囲気。車内はそこまで混んでおらず隣は空席。おにぎりの配給ももらった。早々上司にメールして状況報告。毛布も配られる。もうこの状況、楽しむしかない。まだホームに停車している分、寒いけど外には出られるだけまだ良かった。もちろん外は猛吹雪。NHKが取材に来るほどだ。自然には逆らえないですよねー、なんて一丁前にインタビューも受けて、これいつ放送ですか❔なんて聞いて完全におだつ、私。

車内で朝を迎え、昼近くになっても一向に動く気配はない。きっとこの列車だけではないのかもしれない、無理に進んで線路の途中で止まるくらいなら、まだここにいる方がましだ。初めはホームから出ないでと言われたやんわりしたお願いも時間とともにスルーされ始め、「こりゃダメだ、もう食べたいもの買いに行こう」と各々が近くのコンビニまで買い出しに向かう。
暇だなー、寒いなー、なんてお出かけする人を見ながらガムの包み紙で折り鶴作っていたら、通路を挟んだ向かいの3人組の外国人に話しかけられる。
「それ、なんですか?」
「これは折り鶴ですよ」
「こうやって、折って作ります、要りますー?」
「いるいる😃どうやってつくるの?」
「あと、鶴のほかにやっこさんも作れるよ」
小さな国際交流の始まりです。
私の中学レベルの拙過ぎる言葉で理解できたのかわからないが、とにかくみんなで鶴を折る。
そのうち仲良くなって、コンビニ行こうよ、
ここはどんな町なの?と聞かれナイスガイの外国人とのお出掛けが始まる。彼らは停車するはずではなかった駅から見える風景を楽しんでいた。ここは昔から住んでいる人たちが伝統的な漁をして生活していたんだよ、魚が美味しくて、近くには湖もあるよ。と説明したところで言葉に詰まる。それしか知らなかった。英語で話せないよりも、自分の住む地域を、知らない、説明できない恥ずかしさったらなかった。

空はもう完全に晴れているのに動かない特急列車。お昼が過ぎ、3時間くらいしてようやく動き始めた特急のろのろ号はようやく終点にたどり着いた。こんな状況でも陽気なお兄さんたちは帰り際、こっちに来ることあったら教えてね、と紙切れに住所を書いたメモと、これは地元の有名なお土産だよ、と楓の葉がデザインされたメイプルシロップの小瓶をプレゼントしてくれた。
大幅な遅れにより払い戻しされた特急列車のお金を受け取り、長く濃い一日が終わる。昨日列車に乗り込む前に微かに見えた夕焼けをまた見ている。疲れていないと思っていたが、化粧は昨日のままの、ひどい顔をした自分がいた。出張終わりには刺激が強過ぎた。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?