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「ムーンストーン -幻の色-」

●序文

不定期宝石紹介シリーズ 第7弾「ムーンストーン」編です。
定期ですけどね、もはや。

[ムーンストーン 出典: Wikipedia]

月光を連想させるやわらかく幻想的な輝きを持つムーンストーンの魅力と、名称の混乱について紹介します。

● ムーンストーンで学ぶ長石グループの分類

いつもならお題石の基本情報の紹介から入るところですが、今回は先に整理しなければならないことがあります。
「ムーンストーン」と呼ばれる石はいくつかあって、ひとくくりにできないという実情があるからですね。宝石の分類と名前の混乱は宝石紹介シリーズでおなじみの話題になってきてますね。宝石につく名前にはざっくりと分けて、商業上や慣習上の呼び名と、学問、特に鉱物学や宝石学上の呼び名のふたつがあります。
普段の慣習や商品として売られるときにルビーやサファイアと呼ばれる石は、鉱物学ではコランダムという同一の鉱物として分類されています。文脈によって呼び方が変わるんですね。

この記事では、商業上で「ムーンストーン」、特に「ブルームーンストーン」という名前で呼ばれている石について扱うことにします。
ブルームーンストーンとして売られている石には、宝石学上では「ムーンストーン」「ラブラドライト」「ペリステライト」の3種類があります。総じて、特殊な光学効果で角度を変えると青白くゆらめくような輝きを放つ長石グループという特徴があります。

[左からムーンストーン・ラブラドライト・ペリステライト 出典: 中央宝石研究所]

まず、それぞれの基本情報を紹介します。

・ ムーンストーン

・モース硬度: 6
・屈折率: 1.52前後 (中央宝石研究所)
・比重: 2.56 ~ 2.59 (中央宝石研究所)
・結晶系: 単斜晶
・劈開: 完全
・色: 白、青、桃、橙、緑、灰、黒
・産地: スリランカ、インド、オーストラリア、アルプス山脈、ミャンマー、メキシコ、マダガスカル

・ ラブラドライト

・モース硬度: 6 
・屈折率: 1.54 ~ 1.56 (中央宝石研究所)
・比重: 2.68 ~ 2.69 (中央宝石研究所)
・結晶系: 三斜晶系
・劈開: 完全
・色: 青、灰、灰白、茶、緑、橙、桃、黄、無色
・産地: ラブラドール半島(カナダ)、フィンランド、ノルウェー、マダガスカル、中国、オーストラリア、スロバキア、ロシア、アメリカ

・ ペリステライト

・モース硬度: 6 
・屈折率: 1.53 ~ 1.54 (中央宝石研究所)
・比重: 2.62 ~ 2.63 (中央宝石研究所)
・結晶系: 三斜晶系
・劈開: 完全
・色: 白、灰
・産地: スリランカ、タンザニア

写真で見てもそっくりな3つの鉱物ですが、詳しく調べてみると、屈折率や比重が少しずつ違います。これは、石をつくっている成分がそれぞれ違うからなんですね。
長石グループは、正長石(オーソクレース)、曹長石(アルバイト)、灰長石(アノーサイト)の3種類の長石が混ざりあった結晶になっています。基本的にケイ酸が主成分ではあるのですが、正長石はカリウム、曹長石はナトリウム、灰長石はカルシウムがそれぞれ結晶構造に組み込まれている石で、成分が違います。鉱物学上では、この成分が違う3種の長石がどの程度の割合で混ざっているかで分類されるわけですね。

[長石の固溶体 出典: 新版地学教育講座3 鉱物の科学]

この中で、それぞれの「ブルームーンストーン」は以下のように分類されます。

[ブルームーンストーンの分類]

ムーンストーンは、正長石に曹長石が少し混ざったサニディン。
ラブラドライトは、曹長石と灰長石がおおまかに半々くらいで混ざっている曹灰長石。
ペリステライトは、混じりけの少ない曹長石。

分析してみれば違う鉱物ですが、見た目の輝きが似ているため同じ商品名がついて売られているケースがあるというわけですね。最近ではラブラドライトよりももう少しだけ曹長石の割合が多い中性長石(アンデシン)と曹灰長石の間くらいのアンデシン・ラブラドライトというのもブルームーンストーン扱いになることがあるみたいです。

● ややこしい命名なのはなぜ?

別の鉱物に同じ商品名が使われている理由ですが、単に見た目が似ていたから混同された、という単純な話でもありません。これが18世紀くらいの話ならそれだけの理由といえたのですが、現代ではもう少し複雑な事情がからんできます。

商品名「ムーンストーン」が使われる理由は、率直に言えば”高く売れるから”です。
もともと、ムーンストーン(正長石)はスリランカ産のものが高品質で人気でしたが、流通量が少なく高価でした。さらに、1988年に鉱山が閉山してしまったことで、もう新たな個体が市場に流通することもなくなり、非常に希少なものとなってしまいました。
そこで、似た輝きを持つラブラドライトなどの石を「ブルームーンストーン」と呼んで販売するようになりました。「ラブラドライト」という名前よりも”ムーンストーン”というネームバリューがのる分売れやすかったのでしょうね。

ややこしさの陰には新たな本物のムーンストーンがもう採れないという切実な事情と、ちょっとズルい(?)機転があるんですね。

● ムーンストーンの輝きの仕組み

ムーンストーンの名の通り月光を思わせる、青白く神秘的にゆらめく優しい輝きには、薄い結晶の層が重なった構造が関わっています。
根本的な原理は同じですが、細かく分ければ、ムーンストーン、ラブラドライト、ペリステライトにはそれぞれ別の光学現象の名前がついています。

・ またしても、混乱する用語

しかし、色々な文献、ホームページで用語の混乱がみられていて、どれを参照するのが妥当なのか判断するのが難しい状況です。これはもう仕方がないですね。一般的に誤用が広まると、厳密に正しい用語を使った方が齟齬が生まれてしまう場合があるので。
ですから、名前の使い分けよりもそれぞれの中身の違いに注目して理解するのがよいと思います。

ザックリとまとめると、全部「シラー効果」や「イリデッセンス」などと呼ばれたりします。厳密に使うなら「イリデッセンス」の方が適切です。「シラー効果」は本来インクルージョンから生じるものを指すのが適切、ということらしいので。しかし、「シラー効果」という用語は元々ムーンストーンのような光学効果を表現するのによく使われてきた言葉ですし、結局これが一番通じやすいです。

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