第11回広島アニメフェスについて

 ※『ビランジ』19号(2007年4月発行)に寄稿した文章の再録です。文中の事項は当時のものです。作家・作品の表記は大会の記述に従っています。

  第11回広島国際アニメーションフェスティバルが2006年8月24日(木)~28日(月)の5日間に渡って開催された。 
  会場は広島市のアステールプラザ。館内の大中小の3ホールを中心に、各階をフルに使って連日、上映やセミナー、ワークショップ、回顧展示などが行なわれる。大ホールで4日間に渡って行なわれるコンペティション(公開審査)をメインに、複数の作家特集、ベスト・オブ・ザ・ワールドと題された世界の作品紹介、古典から最新作までの長編アニメの特別上映、世界の学生作品集、子供のための作品集など、今回は延べ50余りのプログラムが組まれた。更に7階のフレーム・インでは作者の直接持ち込みによる作品が日中常時上映されており、それらを含めると、どれ程の作品が公開されているのか、その全容は杳として知れない程の賑わいだった。コンペの応募は58ヶ国、1764本に及んだという。 
  今大会の受賞作品は以下の通り。
●グランプリ 『ミルク』イゴール・コヴァリョフ(アメリカ/ロシア) 
●ヒロシマ賞 『ウルフ・ダディ』ヒュンユン・チャン(韓国) 
●デビュー賞 『バードコールズ』マルコム・サザランド(カナダ) 
●木下蓮三賞 『ザ・メモリーズ・オブ・ドッグス』シモーネ・マッシ(イタリア) 
●ルネ・ラルー賞 『ザ・レギュレーター』フィリップ・グラマティコポロス(フランス) 
●観客賞 『マイラブ 初恋』アレクサンドル・ペトロフ(ロシア) 
●国際審査員特別賞(順不同) 『ラビット』ラン・レイク(イギリス)、『技』ジョルジュ・シュヴィッツゲベル(スイス)、『マイラブ 初恋』アレクサンドル・ペトロフ(ロシア)、『モリール・デ・アモール』ジル・アルカベッツ(ドイツ)、『トラジック・ストーリー・ウィズ・ハッピー・エンディング』レギナ・ペッソア(ポルトガル)、『ア・バックボーン・テール』ジェレミ・クラパン(フランス)、『メタモーフ』ラストコ・チリッチ(セルビア) 
●優秀賞(順不同) 『アップルパイ』イザベル・ファベ(スイス)、『ア・バス・ライド・アンド・フラワーズ・イン・ハー・ヘアー』アサフ・アグラナト(イギリス)、『ザ・コーリダー』アラン・ガニョル/ジャン・ルゥプ・フェリツィオリ(フランス)、『インソムニア』ウラディミール・レスチョフ(ラトビア)、『フォッグ』エミリオ・ラモス(メキシコ)、『カム・オン・ストレンジ』ガブリエラ・グルーバー(ドイツ)、『年をとった鰐』山村浩二(日本) 
  錚々たる作品であり、顔ぶれである。国籍も多岐に渡る。受賞作品の是非を巡って論議が起こった年もあるが、まず今回は文句ない結果と言えるのではないか。勿論、個人の好みの問題もあり、必ずしも気に入った作品が入賞している訳ではないが、それは例年のことだ。大会の印象はその回の受賞作品たちによっても左右されるが、俯瞰してみれば今大会の質の高さがわかる。 
 コンペだけでも全53作品あるのだが、書き留めておきたい作品を幾つか記しておこう。 
  グランプリの『ミルク』は、デジタルによる光と影を駆使した重厚感ある画面を作り出した技術的な高さと、主人公の少年が垣間見る人生の断片が緊張感を持って描かれていて巧みだ。グランプリならではの貫禄がある。
 『ウルフ・ダディ』はある日突然幼い女の子と一緒に暮らすことになった小説家の白オオカミの生活を描いたユーモラスな作品。韓国作品だが宮崎アニメの影響が随所に見られるのが興味深いところ。会場で販売中の森やすじTシャツを来て壇上に上がった作者は純朴な印象の好青年。彼を筆頭に今回、韓国勢の飛躍が目についた。 
  常連ペトロフの新作『マイラブ 初恋』は12人のスタッフを使ったスタジオ形式で作られたという。超個人的技法と思えるガラス絵アニメの手法を多人数で行なうにあたっての困難は容易に想像がつき、ペトロフ自身も作業の分配に神経を使ったと述べているが、幻想とメタモルフォーゼの作風はやはり美しく、今後に期待したい。 
  これも常連、スイスのシュヴィッツゲベルの『技』は作者の最高作と言えるだろう。音楽に合わせ動き続ける画面のアニメ的快感。原題『Play』を『技』と訳した人の心に同感だ。今回、中ホールでは連日のようにスイスの特集や回顧、学生作品集が上映されて質量共に観客を圧倒したが、その最先端を行くシュヴィッツゲベルによると、小国スイスには充分なマーケットが不在で、世界に市場を求めているそうだ。 
  そのスイスの女性作家イザベル・ファベの『アップルパイ』は色鮮やかに可愛らしくも確かな絵で、ひねった展開をセリフ無しで見せきる上手さ。ファベの特集も中ホールであったのだが、日程の関係上見られなかったのが残念。 
 『ラビット』は、古き良き絵本風の画を使いながら意表をついたとんでもない展開で、好悪は分れるものの今大会の話題独占の感がある。イギリスはかつて国情を映してか陰惨な作品が目についた時期があるが、これは陰惨さを突き抜けてはいる。 
 日本勢の雄、山村浩二さんの『年をとった鰐』は不条理な中にも男女の愛情や宗教などの問題も受け取れる寓意に満ちた物語。山村さんの描く鰐はいつも実に味わい深い趣きがあって素敵だ。現在、画面をそのまま使った本も出ている。 
  今大会は受賞作品以外にも心に残る作品が多かった。 
  リー・チア・タン(マレーシア)によるWWFのPRフィルム『セーブ・ザ・タイガー』は30秒の中に躍動する動物たちが虎の頭の縞模様に収束していく美しい作品。 
  アンソニー・ルーカス(オーストラリア)の3DCGの『ザ・ミステリアス・ジオグラフィック・エクスプロレーションズ・オブ・ジャスパー・モレロ』は人物がシルエットで描かれたジュール・ベルヌ風のレトロな世界観が魅力的。 
 トロイ・モーガン(アメリカ)の『ドラゴン』は人形とドローイングによるもの。子供の虐待などの深刻な問題も入れつつ、独特の雰囲気ある作品。   台湾のジョー・シェイの『ミート・デーズ(肉蛾天)』は人肉喰いが普通の世界。アジア的な世界に貧困とドライな描写が異様なムードを醸し出す。好きではないが忘れられない作品。 
  オランダのルセタ・ブラウネの『ビーク』は、鳥を撃つ父親の元に生まれた口ばしと羽を持つ少女の物語。暗い雰囲気ながら心に残る。 
  全体的には、アジア勢の進出と、カナダ、ロシア等の復活を感じる大会だった。 
  もちろんコンペ作品以外にも見所は満載。初日の長編『マギア・ルシカ』は、ガリ・バルディン、ヒートルーク、ナザロフ、ノルシュテインらがソユーズムルトの思い出を語るドキュメンタリー。題名は彼らが言う「アニメーションは魔法(マギア)だ」から来ている。 
  今大会の国際名誉会長である音楽家のノーマン・ロジェのセミナーは同氏の誠実さが伝わって来る佳きプログラム。氏の手がけた作品は『砂の城』『木を植えた男』『老人と海』『ファーザー・アンド・ドーター』等、綺羅星のごとし。 
  「ベスト・オブ・ザ・ワールド」のプログラムにも見逃せない作品が並んだ。NFBの古参キャロライン・リーフが3人共作の『スウィート・フォア・フリーダム』で健在ぶりを示せば、同じNFBのコ・ホードマンも『冬の日』で見せた、平面を折り曲げて立体にした技法を進めた人形アニメ『マリアンヌズ・シアター』がある。他にも、マイケル・ドゥドク・ドゥ・ヴィットの、CMながら『ファーザー・アンド・ドーター』を彷彿とさせる『ユナイテッド・エアラインズ・ア・ライフ』と抽象的な『ジ・アロマ・オブ・ティー』の2本や、ディズニーの新『ファンタジア』の一篇として作られたというロジャー・アレスの『マッチ売りの少女』も見ることが出来た。 
  長編では『キリクと魔女』等で知られるミシェル・オスローの新作『アズールとアズマール』が大会中の白眉。気品に満ち、優美かつ流麗な画面に民族や男女についての寓意と示唆に富んだ物語。美しい音楽も耳に心地よく、一般公開が待たれる。 
 一方、私は見られなかったが、タイのフルデジタル長編『カーン・クルアイ』も評判が高かった。『指輪物語」もかくやという後半の戦闘シーンが素晴らしい出来という。会場には日本語チラシも置いてあったが公開予定はないものか。 
  会期中はそれぞれのプログラムが複数のホールで上映されるので、どうしても時間が重なってしまう。大多数の作品は一期一会なので分身が2、3人いなければ見ることは不可能だ。今回、特にその傾向が強く、目当ての作品を求めて上映途中でホールから他ホールへと移動しなければならないこともしばしば。そのためにも全日通し券は絶対必要なのだが、出来ることならもう少しの余裕を、見たいプログラムを諦めないで済むだけの余裕を願いたい。
  今回で11回を数える大会だが、前回第10回の時に10周年というキリのいいところで終了という噂がまことしやかに流れたことがあった。結局それは噂に過ぎず、11回大会も無事開催されたけれど、地方都市広島が主体となって開催する催しには資金繰りの苦しさが絶えず、大会自体の内容、取り分けコンペの選出作品に対する不満も根強くあると聞く。 
  というのは、全応募作品の中から受賞選考対象となるインコンペ作品は事前の第一次審査で決定されるのだが、その際の審査員の資質によって選ばれる作品の質に多少の傾向が表れることがある。中には何処を評価されてインコンペしたのか疑問に思う作品も無きにしも有らずなのだ。 
  また、日本で開催される大会なのに、コンペに日本人作家の作品が少ない(今大会では僅か2本)のも、作品の質が第一と言ってしまえばそれまでだが、素朴に疑問に感じる。
 大会の運営方法に対する水面下の不満も漏れ聞こえて来たりもし、大会の今後については常に波乱含みなのだ。 
  一方、今回は作者にも観客にも学生と思しき姿が多く見られた。11回といえばほぼ隔年開催で20年を越える歳月。若い観客の姿に、ここまで維持され続けて来た広島大会の意義を思う。世界に認められながらも財政破綻した夕張市の国際映画祭の例もあり、将来の保証はない。様々な不満もあろうが、世界の作家と作品に直接触れ合えるまたとないこの機会、また我々古参のアニメファンには2年に1度の同窓会的意味合いも持つ、この大会の存続をやはり願わずにはいられない。 

※初出:『ビランジ』19号(2007年4月発行、発行者:竹内オサム) 
※広島国際アニメーションフェスティバルは木下小夜子フェスティバルディレクターをはじめ関係各位の積年の尽力にも関わらず、主催の広島市の意向によって2020年の第18回大会をもって終了した。市による終了の意向が報道されると内外から多くの反対意見と継続を求める声が上がったが一顧だにされず、折からのコロナ禍で第18回大会は通常の開催すらままならずに広島大会は終わった。  
この原稿は2007年の第11回大会のレポートだが、既に安定的な継続を危ぶんでおり、過去のレポートではあるが一つの歴史的意味もあるかと思い、再録することにした。
なお、この後、『ビランジ』39号(2017年3月発行)で北海道の新千歳空港国際アニメーション映画祭を、40号(2017年9月発行)で東京アニメアワードフェスティバルについてレポートしているので続けて再録してみたい。各映画祭の違いなども伝わるかと思う。 
また、同47号(2021年2月発行)で『広島国際アニメーションフェスティバルの行方』と題してこの時点での展望と、48号(2021年9月発行)で『広島国際アニメーションフェスティバル全18回の記録』をまとめている。これらの号は最近のものなので、ご興味がお有りの方は以下を参照の上、発行者の竹内オサム氏までお尋ねください。
http://www8.plala.or.jp/otakeuch/index.html 

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