『どれみ』ファンから見た『どれみと魔女をやめた魔女』

※同人誌『詳説?どれみと魔女をやめた魔女』(2003年12月、どうかんやまきかく発行)に寄稿した文章の再録です。文中の事項は当時のものです。

 『おジャ魔女どれみドッカ~ン!』第40話である『どれみと魔女をやめた魔女』は『おジャ魔女どれみ』シリーズの中でも特異な話だ。そもそも『どれみ』シリーズの魅力はどこにあるだろう。端的に言うならば、魔女見習いというアイディアを根幹に日常とファンタジーが程良く混在する、明るく大らかな世界観。多彩なストーリーと、個性豊かなキャラクターたち。『美少女戦士セーラームーン』以来のお家芸的な変身(お着替え)シーンと魔法の使いどころによる視覚的心理的満足感(カタルシス)が上げられるだろう。
 ところがこの『どれみと魔女をやめた魔女』は、これらの魅力の殆どと無関係に存在する。どれみ以外のレギュラーメンバーは顔見せ程度にしか現れず、作中で変身もせず魔法も使われない。キャラクターアニメとしての『おジャ魔女どれみ』からは逸脱しており、作画も美術も音楽もいつもとは明らかに違う。リアリスティックな描写と、全編に漂う不安と戸惑いの感情。見終わって残る、カタルシスとは違うほろ苦い余韻。
 このように第40話は『どれみ』シリーズの特徴と相反する形を取りながら、しかしなお、それだからこそ独特の魅力を放っているのだ。そこに、細田守という演出家の確かな存在がある。
 本編冒頭いきなり画面に現れる五叉路の標識。交通標識を使った演出は細田氏の作品全般に頻出する十八番であると共に、小学校卒業を控えたどれみたちの今後の暗喩とも取れる。どれみ、はづき、あいこ、おんぷ、ももこの5人と五叉路。期せずして終盤、5人は住居も学校もそれぞれバラバラの道を選ぶことになるのだが、この第40話放映の時点では未だそこまでのことは窺われないだけに、後にこの話を見返すと非常に感慨深いものがある。
 第40話のモチーフであるガラスが象徴するのは、魔女の時間。それは実は『どれみ』シリーズを貫く魔女界の先々代の女王の苦悩とも直結している。固まっているように見えて実は長い時間をかけてゆっくりと動いているというガラス。一粒のガラス玉を通して輝く夕陽の、技術の粋を尽くしたその圧倒的な美しさはガラスの、そしてその向こうに示される魔女の時間を神秘性を持って現出させている。ガラス工房への道筋に配されたペットボトル、金魚鉢、ガラス戸、等々は視聴者をごく自然にガラスの世界、魔女の時間へといざなう。ガラスのイメージと、未来さんを演じた原田知世さんの透明感あふれる声質と清潔な存在感との共鳴性も絶妙。交通標識、分かれ道、同ポジ、等の技が繰り返される細田演出は一種の迷路感を醸し出して視聴者を幻惑する。使われたCG、緻密なレイアウトと作画、濃密に描き込まれた背景、少しくすんだような色調、生音のような効果音、等々、導入された全ての技術が巧みだ。どれみの置かれた状況を紅葉に託して表わす演出、魔法を使うのをやめても魔女の時間の宿命から逃れられない未来さんの心情を言外に語る演出も冴える。
 他に書きたいことは幾らもあるが、文字数が尽きてしまう。一面の夕焼けに深い余韻を残して物語は幕を閉じる。どれみの作った肉厚のグラスを手に包み込むような重量感を感じさせるドラマの凝縮感。例えばこれが『どれみ』シリーズの1本でなく、魔女に憧れる少女と、本物の魔女との出会いという独立した物語としても通用するような普遍性。練り込まれたプロットと、濃密な画面を引き出した演出の力、それに応えたスタッフの力。机に顔を伏せるどれみの表情など絶品だ。磨き上げられた感性が生み出す繊細な叙情に満ちた本作は正に珠玉の名に相応しい。細田氏のファンとしては、この作品が『ハウルの動く城』降板に伴うブランクの後に作られた現場復帰の第1作であるという歴史的経緯も嬉しい。
 細田氏はこの後、はづきの進路を巡る第49話『ずっとずっと、フレンズ』の演出を担当し、密度の高い確かな演出力によって、誰もが納得する佳篇に仕上げてみせた。細田氏のファンとしては『どれみ』シリーズの有終の美と讃えるべきこの2本の存在は喜ばしい限りだが、『どれみ』ファンとしては、この2本だけが細田氏の名の下に一人歩きするのではなく、シリーズ全てに目を向けて欲しいと思う。そこにはこの2本だけでは分からない多くの魅力的なキャラクターとの出会いと、万華鏡のように多面的な彩りを持った物語が詰まっているから。以上、『どれみ』シリーズを愛して止まない私からのささやかな願いとして。

※初出:『詳説?どれみと魔女をやめた魔女』(2003年12月29日初版、どうかんやまきかく発行)
※同人サークル「どうかんやまきかく」さん発行の同人誌にご依頼をいただき、ゲストとして参加させていただいたものです。文中の全角数字を半角に改めました。
※『おジャ魔女どれみドッカ~ン!』第40話『どれみと魔女をやめた魔女』は2002年11月10日放送。細田守監督がまだ知る人ぞ知る存在だった頃の作品。


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