ジョン・シルバーに捧げられた物語    ―『宝島』は男の美学の結晶だ―

※同人誌『Vanda』9号(1993年3月発行)の『宝島』特集に寄稿した文章の再録です。『Vanda』は(故)佐野邦彦氏と近藤恵氏が編集発行した同人誌です。

 監督・出﨑統、作画監督・杉野昭夫。『宝島』は、アニメ界に燦然と輝く、いわゆる出﨑・杉野コンビによるTVシリーズの一篇であり、傑作である。
 『宝島』を傑作たらしめている要素の一つには、この作品があまりにも有名なスティーブンソンの原作を骨格に、大胆にアレンジされ、枝葉のエピソードや、後半の島での展開など、ほとんどオリジナルに近い波乱万丈のドラマに仕上がっていることが上げられる。(脚本は山崎晴哉と篠崎好)。
 そして何と言っても大きいのは、主人公ジム少年の周囲に配されたキャラクター群が、いずれも人を引き付けて止まない魅力を備えた人物であり、それぞれ独自の輝きを放っていることが上げられる。
 『宝島』はまず、何よりもキャラクターが立っている作品なのである。
 さて、『宝島』のキャラクターと言えばこの人、ジョン・シルバ-だが、シルバーを語る前に、ジムの周囲の人物に目を向けてみよう。
 リブシー先生、トレローニ、スモレット船長、グレイ、そしてジムの母カレン、全ての源となった海賊ビリー・ボーンズ。ジムを取り巻く人物は、幼なじみの少女リリーを除いては皆大人である。そして彼らは皆大人の一典型であり、滝口順平の声以外は考えられないトレローニさんを除いては、それぞれに、かくあって欲しい理想の人物と言えるのである。
 冷静沈着なストレイカー司令官、じゃなかった、リブシー先生。彼は医者であると共に一帯の治安判事でもある。理知的な容貌ながら腕っぷしも強く、シリーズ初めの、未だシルバーの登場していない『宝島』において、強い男のイメージを独占していた。
 海の男スモレット船長は「船長の中の船長」。何よりも秩序を重んじる堅物に見えてその実、話せる面もあるという人物であり、第9話で船の出港時刻に遅れそうになったジムに見せた粋な計らいは忘れられない。
 ナイフの名手グレイ。ニヒルな長髪、スリムな長身、なかなかの美形、ストイックな印象と、ほとんど出﨑・杉野ラインの一典型と言えるキャラクター。帰国後は、報奨金を惜しげもなく仲間のパピーに分け与え、故国アイルランドの独立戦争に殉じた。これは彼が宝島の体験、取りわけシルバーとの係わりを通して、彼にとっての一番大切なものを見つけた故だろう。
 そしてジムの手に宝の地図をもたらし、全ての冒険の引金となった海賊ビリー・ボーンズ。酔いどれて暴力をふるい、海で死ぬことを願いつつも酒で身を持ち崩し死に至る老残の海賊だったが、ジムは最後まで海ヘの憧れを抱き続ける彼の中に、船乗りだった亡き父の姿を重ね見る。彼が残したものは宝島の地図と、古い船長服、南海の美しい貝殻…。『宝島』の物語の底には、果たし得ぬ夢を抱いたまま死んだビリー、自分を初めて一人前の男扱いしてくれたビリーヘのジムの思いが流れているのだ。
 力、信念、理性、一途な思い、度胸…。『宝島』の男たちは、それぞれが、男の中の男、とも言うべき理想の人物像の一側面を体現していると言えるだろう。
 そして彼らの周囲に更に、俗物そのもののトレローニさん、飄々としたベン・ガン、シルバー側で言えば、軽妙なカモメのパピー、忠実な水夫長アンダーソンといった人物が配され、『宝島』は更に多彩な人間像を見せるのである。
 そして、基本的に男の世界である『宝島』に登場する女性の姿は、というと。ジムの母、カレン・ホーキンズは、男が思い描く理想の母である。亡き夫を愛し、しっかりしていて働き者で料理上手、そして何よりも息子を心から愛し信じる、婦徳の鑑のごとき女性である。
 一方、わずかな出番ながら強烈な印象を残すシルバーの妻。混血の美女である彼女は、一本足の海賊シルバーと共に幾度も危ない橋を渡り、修羅場をくぐり抜けて来ただろう。捕虜となったシルバーの前に、港の物売り女を装って現れる彼女。首尾よく脱出して来たシルバーを迎えて彼女は言う。「あんたは待ってても帰って来てくれる人じゃないから」「わかってるじゃねえか。さすがはオレの女房だよ」。母なる港のごときカレン・ホーキンズと対極である彼女もまた、男にとっての理想の女性の一典型なのである。キャラクターもまた杉野美形キャラの極致と言える麗しさだ。
 このように、男女を問わず、人間の美徳と悪徳とが表裏一体となって巨大な人間群像となっているところに『宝島』の魅力はあると言っていいだろう。
 さて。お待ちかねのジョン・シルバーである。今まで述べて来た全てのキャラクターが束になっても太刀打ち出来ない男、一本足の海賊ジョン・シルバー。その残忍さから白骨船長、カリブの鮫と恐れられた大海賊キャプテン・フリントでさえ一目おく男。
 いかつい顔、ガッチリした顎、太い眉にギロリと大きな目、背まである髪。これほどアップがサマになる男もないだろう。とりわけ、船長服(古来最高の取り合わせである黒地に裏は赤)をまとった姿の何というカッコよさ!ドスのきいた声を演ずるは若山弦蔵さん。正に適役、名優ここに在りの印象。
(余談だが、ジム役の清水マリさんは私らの世代には=鉄腕アトムのイメージが強すぎて13才の設定にしては幼く聞こえるし、いい子すぎるような気がする。もう少し腕白な方が…とか思ったりして。)
 その正体を隠してジムたちに近付いたシルバー。潮の匂いのするシルバーの背中に亡き父を重ね見つつ、シルバーこそビリー・ボーンズの恐れていた“一本足”ではないかと疑うジム。しかし、ジムの懐疑は続く航海のうちに、豪快な“海の男”そのもののシルバーの行動によって、次第に尊敬と信頼へと変わって行く。
 シルバーもまた、体一杯に希望と憧れを漲らせたジムの中に、遠い昔の自分を見出したかのように、やがて二人は、共に年齢を越えた、一種の“男の友情”で結ばれて行く。
 『宝島』は、ジムとシルバーの、出会い、裏切り、別れ、そして再会という大きな流れの中で、ジムのシルバーに対する思いの熱さを軸に展開して行く。第10話での夕陽を見つめるシルバーは忘れがたい。ジムの問いかけに、「あの美しさを信じちゃいけねえんだ。夕陽は裏切りの名人だ。わかっていてもよ、それでも野郎は美しい。だから負けねえようにな、オレの勇気を試しているのさ」というシルバー。彼の豪気さを示し、その心情を匂わすと共に、物語の今後の展開を示唆しているような名場面である。画面的にも雄大さと叙情が一体となって更に印象深い。
 目指す宝島への上陸を境にシルバーは海賊の本性を現す。第11話で、自分への裏切りを企てた水夫を松葉杖の一撃で葬り去り、豪快に笑うシルバー。隠し抑えていたピカレスク、悪の魅力が強烈に炸裂する瞬間だ。何人もの人の死を目の当りにし、宝を巡る人の妄執の凄まじさを知ったジムは、それまでの自分が、単純に海に憧れ、冒険を夢見ていただけの子供であったことを思い知る。
 嵐のヒスパニオラ号を舞台に、敵味方に別れてしまったジムとシルバーが再びまみえる第18話は屈指の好編だ。海賊どもに占拠されたヒスパニオラ号の錨綱を切りに潜入したジム。船の動きを不審に思い、一人様子を見に来たシルバー。嵐に巻き込まれ、沖へと流されそうになる船を守って、それぞれの持ち場で「海賊の歌」を歌いながら共に働く二人。かつて二人が心通わせた台所には、昔のままにジャガイモが転がっている。嵐を乗り切れたら一番好きな料理を作ってやろうというシルバーを拒絶して叫ぶジム。「オレは人殺しの作った料理なんて食いたくない。おまえは人殺しで海賊で、そして裏切り者だ。オレはだまされないぞ。おまえはもう…オレの…ジョン・シルバーじゃない!」
 少年の怒りと悲しみの激しさに言葉を失い、わずかに瞳を揺らすシルバー。裏切りに傷つき、憎もうとして憎み切れず、なおも傷つくジムの心そのままに荒れ狂う海―『宝島』屈指の名場面だ。
 宝を目指すシルバーの凄まじい執念は誰をもたじろがせる。「男はな、いったんやると決めたことはとことんやる。いいも悪いもねえ。それがオレの流儀さ」。神も悪魔も信じない男、ジョン・シルバー。信じるものはただ己れの力のみ。
 しかしシルバーは決して冷血漢ではない。疲労に喘ぐ海賊仲間一人一人に声をかけ力づける姿。古くからの仲間にかける情の深さ。シルバーの心は熱いのだ。
 男の中の男、ジョン・シルバー。だからこそ、激しい戦いの末に殆どの仲間を失い、自らも傷ついて捕虜となったシルバーを見て、グレイは「降参したシルバーなぞ許せねえ」と言うのだ。グレイにとってシルバーは、今はまだ乗越えられない好敵手であると共に、その生き方は一種の憧れであり、指標ですらあるのだ。
 十年がかりで宝を追っていたシルバー。しかし遂に財宝が姿を現したのち、シルバーはジムに語る。「オレはオレ自身にとって一番大切なものを捜すために宝を追っていたんだ。だが、宝は宝以外の何物でもなかった。…あるよな、ジム。どっかでオレがオレの一番大切なものってのに出会う時が、あるよなあ。そうでなけりゃ…そうでなけりゃ…あんまり寂しすぎらあ」。オウムのフリントの羽根が舞い落ち、出﨑演出独特のまばゆい光に包まれて見つめあうジムとシルバー。
 立ち寄った港でシルバーは迎えたカミさんの小舟で夜霧の海へと姿を消し、ジムたちはそれぞれの思いを抱いたまま帰国の途についた。
 「海に出たこと、そしていろんな男たちに会ったこと、それが全部オレの宝だった。」―10年が過ぎ青年となったジムは港町に勇名を馳せる船乗りになった。そして―シルバーとの再会の時はやって来た。
 カミさんを亡くし、誰彼なく腕相撲の勝負を挑んでは、たった一杯のラム酒をねだる荒んだシルバーがそこにはいた。しかし、死力を尽くした勝負の後でジムが見たものは、街角で老い衰えたフリントに語りかけるシルバーの姿だった。「どこヘ行ったって、どんなことに出くわしたって、その気になりゃあオレたちはまだまだ飛べるんだ。」
 最終回。スタッフがシルバーに用意したのは、力石徹のように壮絶な死による完結ではなく、永遠に闘志を燃やし続ける男の姿だった。振り向いたシルバーのアップで『宝島』は幕を閉じる。海が名実共に男の世界であった時代を背景に、ジョン・シルバーに捧げられた物語、そして、出﨑・杉野コンビが極限までに“男の美学”を追及した物語、『宝島』は、こうして幕を閉じる。他の誰でもない、昔のままに不敵な、シルバーのアップでもって。

「いたんだよ、やっぱり。オレの…オレのシルバーが。」

初出:『Vanda』9号(1993年3月、MOON FLOWER Vanda編集部 編集発行)※現在では適切でないかもしれない単語などがありますが、そのままにしておきます。ご了解ください。

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