少年マンガの王道 『DRAGON QUEST ダイの大冒険』を、もう一度!?

※同人誌『Vanda』15号(1994年9月発行)に寄稿した文章の再録です。『Vanda』は(故)佐野邦彦氏と近藤恵氏が編集発行した同人誌です。

 今回は健全な『Vanda』読者諸氏が知らないようなTVアニメの話をしましょう。
 と言っても、題名からお判りのように、これはメディアミックスな広がりを見せるドラクエシリーズの一篇で、原作は今も『週刊少年ジャンプ』に連載中と言えば、思い当たる人もいるのではないだろうか。(※2021年的注:原作は1989年~1996年に『週刊少年ジャンプ』に連載)
 さて、本作『ダイの大冒険』は、1991年10月から46本に渡ってTV放映されたもので、現在では、TVシリーズ2本を1巻に収めたビデオが、誕生、旅立ち、死闘、聖戦、勇愛、宿命の各編に分かれて発売されている。
 ところで、通常本欄で取り上げる作品は、読者の方々に、出来るだけ機会を作って見てほしい、出来ればLDを購入してでもという願いを込めて書いている、絶対のお薦め品揃いなのだけれど、この『ダイの大冒険』に関しては、実は、そういう意味ではあまりお薦めしない。
 と言うのは、これまで取り上げた作品はそのいずれもがドラマ的にも技術的にも秀れた作品であるのに対し、『ダイ』は実は秀れているとは言い難いからだ。大抵のマンガ原作のアニメ作品の場合、元の絵よりもクリーンアップされて上手い絵になっているのだが、『ダイ』の原作(漫画=稲田浩司、原作=三条睦)はいかにもアニメ的な完成された絵で、アニメ版の方がむしろそれに追いついていないように見えること、また演出も、角銅氏担当の回など緊迫感ある回もあるのだが、全般に妙にモタついた印象があり、つまるところアニメ作品として必ずしも上出来ではないからだ。
 では、それを補っているものは何かと言うと、それは、主人公ダイの藤田淑子、魔王ハドラーの青野武をはじめとする声優陣の好演と、すぎやまこういちのお馴染みのドラクエミュージック、そして何より連続するドラマの力だ。という訳で、今回はドラマを追っていくことにしよう。
 かつて魔王ハドラーを倒して世界を救った伝説の勇者アバンは、更なる大魔王バーンの力によって強大に復活したハドラーから愛弟子ダイ達を守って倒れた。不思議な力を秘めた少年ダイと、兄弟子の魔法使いの卵ポップは、師の仇をとり世界に平和を取り戻すために旅立った。途中、同じくアバンの弟子である少女マァムと出会い、共に冒険の旅を続ける。
 彼らの冒険の旅の根底に脈々と流れているのは、師アバン先生への熱い思いだ。修行途中の彼らを、いつも「大丈夫、それでいいのですよ」と優しく見守っていてくれたアバン先生。甘やかすのでなしに、相手を肯定し、丸ごと受け止めてくれる包容力。人を育てるとはそういう大らかさをもってあたるものなのだと、こちらも教えられる。人生の初めに、一生忘れられないほどの師と出会うことの出来たダイ達は幸せだ。私にしても当時、TVの向こうから、アバン先生に「それでいいのですよ」と言ってもらっているようで、力づけられた覚えがある。
 ところでドラクエワールドに一度でも染まった者にとって、この呪文というのは実に魅力的な要素だ。こっち側の世界でも、メラやイオとは言わぬまでも、せめて切り傷擦り傷にホイミ(回復呪文)くらい使えたらなあと思わずにいられない。
 さて、ハドラー率いる魔王軍は六つの軍団に分かれ、ダイたちの行く手を阻む。RPGさながらに展開してゆく戦いは、TVシリーズでは途中で終わってしまったのだけれど、その中での一番の見所は、百獣魔団の軍団長、獣王クロコダインとの戦いだ。
 その名の通り大ワニのモンスターであるクロコダインは、性質は獰猛苛烈だが、武人としての誇りを重んじる一徹者だ。そのクロコダインがダイを子供と侮ったがために思わぬ敗北を喫し、片目を失う屈辱を味わう。他の軍団長の手前、もう絶対に負けられないクロコダインは、魔王軍の参謀ザボエラの甘言に乗り、心ならずも、ダイの育ての親であるモンスターのブラスじいさんを人質にするという卑劣な手段を取らざるを得ない所に追い込まれる。再度の対決は、人質を潔しとしないクロコダインの心の葛藤をベースに火蓋を切る。そしてもう一人の立役者が、アバンの使徒でありながら、肝腎のところでいつも逃げ腰になってしまうポップなのだ。
 クロコダインはダイ達が滞在するロモス王国を急襲、王宮に駆けつけるダイとマァム。しかし、クロコダインの迫力に怖じ気づいたポップは宿屋に引き籠ってしまう。そんなポップを勇気づけたのは、勇者の名を騙って荒稼ぎをするニセ勇者一味の魔法使いマゾッホだった。自分もかつては正義の使徒を目指していた彼は「勇者とは勇気ある者、真の勇気とは打算なきもの」と説く。「自分もかつてもう少し勇気を持っていれば、もっと違った人間になっていたかも知れない。人間の役割なんか初めから決まっておりやせん。それぞれの状況でどんな選択をしていくかで人間は決まっていくんだ」「さあ、行くがいい。胸に勇気のかけらが一粒でも残っているうちに」。彼の水晶玉に映し出されたダイとマァムの窮地を見て、宿を飛び出すポップ。「もうオレは逃げたりしない」。ポップにかつての自分の姿を見たマゾッホは、一歩間違えば今の自分のようになってしまうポップに、真の自分のあるべき姿を賭けたのだ。
 間一髪駆けつけたポップが見たのは、人質を取られ、手出しが出来ないまま散々に痛めつけられたダイとマァムの姿だった。怒りに任せて立ち向かっていったポップだが、クロコダインの豪力に歯が立たず、たちまち打ちのめされてしまう。最後にポップの頭にひらめいたのは、魔力に操られるブラスじいさんの周りに結界を作り、邪悪な力を遮断する捨て身の大魔法、かつて師アバンが得意とした伝説の破邪呪文=マホカトールだった。「これでダイは戦える…」。しかし魔法力を使い果たしたポップにはもう立ち上がる力も残っていなかった。
 「ダイのために生命を捨てる覚悟だったのか」、驚くクロコダイン。モンスターであるクロコダインには他人のために身を捨てるなど思いもよらないことだったのだ。
 「そんなカッコいいもんじゃねえよ。オレにだってプライドがあるんだ。仲間を見捨てて自分だけぬくぬく生きてるなんて死ぬことよりカッコ悪いやって、そう思っただけさ。見損なうなよ、オレだってアバンの使徒なんだから」。うそぶくポップの脳裏に、自分たちを守ってメガンテ(=自己犠牲呪文)を唱えたアバン先生の最期の姿が浮かぶ。「修行で得た力というのは、やはり他人のために使うものだと思います。たぶん私の力はこの日のために、あなた達を守るために授かったものなのでしょう。いつか、あなたにもきっと判る日が来ます」。「アバン先生、オレ、なんとなくだけど判ったよ」。幻の先生にうなずくポップ。
 さしものクロコダインも心を動かされ、止どめをためらう。「こんな未熟な少年まで友情にすがり生命を張って戦っている。それに引き換えこのオレは…このままでいいのか、男の誇りを失ってまで得る価値のある勝利か…」
 その時、卑劣な魔王軍に対する怒りを全身に漲らせてダイが蘇った。額に光るドラゴンの紋章。ダイの超人的な力が発揮される証しだ。アバン直伝の剣技アバンストラッシュが炸裂し、クロコダインの鋼鉄の鎧が砕け散る。致命傷を負ったクロコダインはよろめきつつ言う。「正々堂々と戦えば良かった。己の立場を守るため卑怯な手段を使ってしまい、目先の勝利に走ったオレは馬鹿だった。」そしてポップに「小僧、お前にも教えられたぞ、男の誇りの尊さを」。倒れるクロコダイン。誇りを捨てた男と、しがみついて誇りを守った男と。明暗は分かれた。
 ロモス王国を後に旅を続けるダイたちの前に魔王軍が送った次なる使者は、魔剣戦士ヒュンケルだった。人間でありながら魔王軍のモンスター、骸骨騎士バルトスに育てられ、魔王軍に魂を売ったヒュンケルは、少年らしい素直さで一途に正義の道を歩むダイの、そうなり得たかも知れない影の姿だ。そんなヒュンケルが、戦いを通して人間らしい心を取リ戻してゆく過程は、クロコダイン戦に次ぐ山場だ。
 バルトス亡き後、若きアバンに救い出され、剣を教えられ、ダイ達と同じくアバンのしるしを持つヒュンケル。しかしヒュンケルは、アバンを父の仇と憎み、憎しみだけを支えに生きていた。邪気を孕んで迫る最強剣に、しかし、彼を同じアバンの使徒と思うダイ達は本気で戦うことが出来ない。容赦なくダイ達の命を断とうとするヒュンケルの前に立ち塞がったのはクロコダインの巨体だった。が、蘇生途中のクロコダインにヒュンケルの剣を阻む力はない。我が身を楯にダイ達を守るクロコダイン。
 「お前ほどの男が、なぜ!」激しく動揺するヒュンケルにクロコダインは、滂沱の涙を流しながら言う。「オレは人間どもを軽蔑していた。ひ弱な、つまらん生き物だと思っていた。だが人間は強い、そして優しい生き物だ。共に力を合わせ、喜びと悲しみを分かち合うことが出来る。ただ強いだけのオレ達モンスターとは違う。人間であるお前にその素晴らしさが分からぬ筈はない。お前は見て見ぬふりをしているだけではないのか。人間はいいぞ、ヒュンケル。今度生まれ変わる時にはオレも人間に…!」。剛直なクロコダインの捨て身の訴えは、憎しみだけを拠り所にしていたヒュンケルの心の底に突き刺さり、やがて、マァムの命懸けの行動で、バルトスの死の真相が明らかになる。バルトスはアバンに討たれたのではなく、魔王ハドラーに、人間の赤子を慈しむ愛の心を持ってしまった出来損ないとして抹殺されていたのだ。
 再度の対戦で、ダイが無意識のうちに編み出した、剣と魔法を合体させた必殺の魔法剣によって打ち倒されるヒュンケル。戦う力を失ったヒュンケルを、マァムの慈愛が暖かく包んでゆく。最早、ヒュンケルは敵ではなかった。
 こののち、クロコダインとヒュンケルの二人は、ダイ達が危機に陥る度、勇然と現れては共に戦う。まさに昨日の敵は今日の友、なのだ。
 そしてダイ達の冒険の旅は続く。額に現れるドラゴンの紋章を巡って、人間と、人ならぬドラゴンの騎士との間に生まれた子であることが明らかになるダイの出生の秘密。一度は人間を愛しながらも人間に裏切られて魔王軍に身を投じ、超竜軍団を率いるダイの父バランとダイとの確執。更なる強敵の出現、宿敵ハドラーとの決戦、遂に姿を現す大魔王バーンと、原作ストーリーは更にクライマックスへと登りつめてゆくのだが、惜しくもTVでは、バランとダイが相まみえる辺りで終わってしまった。正義と悪との戦いを軸に、人間を謳い上げながら、掲載誌『週刊少年ジャンプ』の柱である「友情・努力・勝利」の道を突き進む『ダイの大冒険』は少年マンガの王道だ。正統派のヒーローものが復活しつつある現在のTVアニメ界に、『ダイの大冒険』よ、もう一度、と声を上げたいのである。

初出:『Vanda』15号(1994年9月、MOON FLOWER Vanda編集部 編集発行)
※今号も自由テーマでの執筆。
※『DRAGON QUEST ダイの大冒険』は1991年10月~1992年9月放送の東映動画(現・東映アニメーション)制作のTVアニメ(シリーズディレクター・西沢信孝)。劇場版も作られる好評を得ていたが、放送局(TBS)の番組枠改変のあおりを受け、終盤の流れを原作から改変する形で放送終了となった。本稿はこの時期の執筆である。後、2020年10月から原作をほぼ忠実に辿る『DRAGON QUEST ダイの大冒険』がテレビ東京系で放送開始、現在(2021年9月)に至っている。制作は東映アニメーション(同・唐澤和也)。図らずも時を経て本稿の言葉が実現した訳で、それだけの人気作ということでしょう。

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