祝!『ジャイアント・ロボ』完結記念『機動武闘伝Gガンダム』

※『VANDA』24号(1998年6月発行)に寄稿した文章の再録です。文中の事項は執筆当時のものです。

 「さて、皆さん。『ジャイアント・ロボ』完結記念で何故『Gガンダム』なのか、ということは、完結編をご覧になった全ての方が解って下さると思いますので、説明不要、問答無用で、本編に突入することにいたしましょう。それではガンダム・ファイトォー、レディー、ゴォー!!」(以上、ストーカーさん=秋元羊介の声で読むこと)。

 『機動武闘伝Gガンダム」は1994年4月、現時点(1998年3月)での富野由悠季監督の最後のTV版『ガンダム』シリーズとなった『機動戦士Vガンダム』の後番組として放映開始された。『Gガンダム』は、今も連綿と続く『ガンダム』シリーズ史上の一つの事件だった。なにしろ『Gガンダム』は、富野監督が創設し、今やガンダム・サーガとまで呼ばれているところの世界観、即ち、宇宙世紀(UC)という巧みに構築された架空の歴史の中で、ミノフスキー粒子、ニュータイプという新造概念を交えながら、モビルスーツをヒーローロボットでなく一個の消耗兵器として描くという、斬新かつ画期的な世界観を離れ、未来世紀(FC)という新たな時間軸の中で、全く新しい設定によるガンダムの物語を始めたのだ。
 各国コロニーの代表ガンダム達が、宇宙の覇権を賭けて、4年に1度、地球を戦いのリングに、ガンダム・ファイトと呼ばれる格闘を繰り広げる、という設定。当然と言えば当然だが、マニアの反発は物凄く、こんなものは『ガンダム』の名に値しないとの批判の嵐が巻き起こった。監督である今川泰宏もまた悩みの渦中にあった。元々自らの企画ではなく、仕事として引き受けたものの、バンダイ主導による『Gガン』の、当時流行の格闘ゲーム並のコンセプトは正直辛いというのが本音だったらしい。しかし-度引き受けた以上、持ち前の「お客さん(視聴者)を楽しませてナンボ」と、自ら大阪商人根性と称する演出魂が頭をもたげて来る。「やるからには納得出来るものを」、監督の決意と共に、最初暗く淀んでいたストーリー展開はみるみる目覚ましい変貌を遂げ始める。その端的な表れが第12話、主人公ドモン・カッシュの武術の師匠が初登場し、素手で巨大なデスアーミーをブチ抜き、ド派手な必殺技で敵を壊滅させるパワフルな描写でファンのド肝を抜いた『その名は東方不敗!マスター・アジア見参』だ。これぞ自ら「傍若無人」という今川演出の始まりのゴング。それまでクールな風来坊だったドモンも師匠の手を握り締めて泣く熱い主人公になる。声の関智一はこれが初主演。初めぎこちなかった必殺技の叫びも回を追うに連れ上達、ドモンの成長と軌を一にする好演ぶりを見せた。
 東方不敗とは、今川監督が愛して止まない香港映画の登場人物の名からのいただきで、この後、話が進むにつれ、師匠が実はガンダム・ファイトと時を同じくして地球に落下して来たデビルガンダムを利用して何事かを企んでいることが発覚して来るのだが、そのデビルガンダムの配下である四天王の名も、また東方不敗の愛馬、風雲再起の名も同様に香港映画や武侠小説から採られている。ガンダム・ファイトの決勝戦自体がネオ香港(『Gガンダム』の世界では国家名の前に「ネオ」が付く)で行われる等、どこまでも監督の趣味の世界が強烈だ。
 さて、東方不敗、マスター・アジアの搭乗するモビルファイター、クーロンガンダム(古武士然としたスタイルとカラーリングが渋くて素敵。誰か完成キット下さい)が、デビルガンダムの力によって変形したマスターガンダム。これがもう無茶苦茶カッコいい。漆黒のボディに、頭部は『鉄人28号』の名敵役ブラックオックス以来の伝統の、二股に尖った形、『機動警察パトレイバー』の漆黒の敵レイバー、グリフォンもこの形だった。もはや強敵のスタンダード形。真紅のマントで体を覆えばシールドに、展開すれば背部の翼状になってまたキマる。何と言ってもマスターガンダムは私が初めて自ら惚れ込んで買ったガンプラなのだ。更にモビルホース風雲再起に跨がれば機動力も倍増。これは、本当に東方不敗の愛馬がファイティングスーツを纏って中で操っているのだ(だからモビルホース)。さすがは搭乗者の動きを忠実に再現する人機一体型のモビルトレースシステムである。更にドモンの愛機シャイニングガンダムは『ダイターン3』さながら「来い!ガンダァーム!」と呼べば何処からでも現れる等、スーパーな魅力が一杯。
 『Gガンダム』は第13回ガンダムファイトを舞台に、個性的なキャラと起伏ある展開、ひたすら熱く面白く見せることに徹したガンダム同士の対戦、ドモンとファイトを通じて得られた仲間達の友情、デビルガンダムの謎、そしてドモンと師匠との宿命の対決、ドモンとヒロイン・レインの関係等、様々な要素が太く撚り合わされ、実にエンターテイメント性豊かなシリーズになっている。ガンダムファイターと呼ばれる各国搭乗者も、その操るモビルファイターも種々様々。ネオアメリカ代表はスケボーに乗ったボクサースタイル。ネオチャイナのドラゴンガンダムはその名のまんま。ネオフランスはキザで礼儀を重んじるファイターがバラのつぼみ状の武器で華麗に攻撃。ネオロシアは無骨一点張り。ゲストメカは更に凄く、コブラガンダム(以下ガンダム=Gと略)、ゼウスG、バイキングG、マーメイドG、マタドールG等々、名前で想像の通りの形状。ネオネパールのマンダラGは釣り鐘型のジオング状態。更に、見る者を絶句させるのが、セーラー服に腰のリボン、長い金髪にヒールの足と、まんま『セーラームーン』な(正確にはヘアスタイルはセーラーヴィーナス)ネオス ウェーデンのノーベルG。あのカトキハジメがノリにノッてデザインしたというから凄い。当時『コミックボンボン』連載のコミック版最終回では、ときた洸一の手によってスーパーセーラームーンな姿へとパワーアップされて読者を驚愕させた。各国ガンダムも凄ければ各国コロニーもまた凄い。ネオジャパンは日本列島そのまんま、星形のネオアメリカには自由の女神像が立っているし、ネオフランスはバラの花束、ネオインドに至っては巨大な双頭の亀の上に三頭の象、その上にコロニー国家が鎮座するという絶句もの。ああ、私はこういう『Gガン』の、いい意味おバカな世界観が大好きだ。
 さてこの、ガンダムヘッドさえ付いていれば何でもありのブッ飛んだ許容性∞のスタイルは模型界や年少のファンに大反響を呼んだ。たちまち各模型誌、少年誌はオリジナルガンダムの特集とコンテストを始め、優秀作はゲストメカとしてTVに登場というオマケもあって大いに盛り上がった。こうして『Gガンダム』の自由な世界観が浸透して来ると、リアルガンダム支持者にも、これはこれで面白いじゃないかという雰囲気が生まれ、視聴率的にも安定、商品展開も好調、と良好なムードの中で今川演出はますます快調の度合いを増した。ギアナ高地でのドモンの修行、それを影ながら助ける謎の覆面ファイター、ネオドイツのゲルマン忍者(なんじゃ、そりゃと誰もが言う)シュバルツ・ブルーダーというこれまた濃いキャラの登場。デビルGとシャイニングGの最初の対決と勝利、大破したシャイニングGから新型機ゴッドガンダムへの乗り換えシーンの感動。この第23話『宿命の闘い!ドモン対デビルガンダム』、第24話『新たなる輝き!ゴッドガンダム誕生』は今川流ダイナミズムとロマンチシズム溢れる傑作回だ。
 そして始まる決勝大会。開会宣言はドモンとマスター・アジアによる東方流の名乗りというオイシさ。ドモンのゴッドGの繰り出す新必殺技「爆熱ゴッドフィンガー」は、黄金色に輝く機体、背部の6枚のウイングが展開し日輪の如き光のフィールドを発生させるビジュアルといい、奔流のように湧き上がる田中公平のBGMといい、問答無用のカッコよさ。敵味方に別れながらドモンに東方流最終奥義、石破天驚拳を伝授し、決勝戦での再会を期すマスター・アジアの男気。『ミスター味っ子』の味皇(あじおう)さまや丸井シェフ、『ジャイアント・ロボ』の国際秘密警察機構やBF団十傑集の面々等、ナイスミドルを描かせたら右に出る者の無い今川監督の腕はここでも冴えに冴えている。東方不敗は後に壮絶な死を遂げるのだが、その後も折に触れドモンの前に現れ助言し導く様は、あの世でも不敗の人を確信させるに足る。
 決勝戦を前に立ち塞がる最後の強豪、シュバルツのガンダム・シュピーゲル。必殺技は自らを回転させ大竜巻となって相手を襲うシュトルム・ウント・ドランク。マスターの必殺技、超級覇王電影弾といい、マジと笑いが紙一重の、これはもう今川流の芸の世界。シュピーゲルを倒したドモンが知るシュバルツの意外な正体、そして二人の兄の死。涙の乾く間もなく、ドモンとマスターの最後の決戦が始まる。互いに奥義を尽くしてぶつかり合う師弟と二体のガンダム。そして勝敗が決した時、ドモンはその拳を通して、かつての師匠を衝き動かしていた地球への深い愛と悲しみを知る。ドモンの腕の中で、共に東方流の名乗りを叫びつつ息を引き取るマスター。この第44話『シュバルツ散る!ドモン涙の必殺拳』と第45話『さらば師匠!マスター・アジア、暁に死す』の2本は血のたぎりと涙なくしては見られない最高のクライマックス。今川監督自らコンテの最後に「Gガンダム完」と書き込んでしまったという位に力の籠った事実上の最終回と言ってもいい傑作回だ。
 ガンダムファイトに優勝したドモンを待っていたのは、レインを新たな生体ユニットとしてデビルGを復活させ宇宙の覇者を目指すウルベ少佐の陰謀だった。再生したデビルGの前に苦戦するドモン達。加勢せんと宇宙へ駆けつける各国ガンダム達。そして迎える最終回。最終形態に急速進化したデビルGと対峙するドモンのゴッドG。しかしその決着は武力ではなく愛の力によってついた。ガンダムを降り、デビルGの中枢部に取り込まれたレインの閉ざされた心に優しく語りかけるドモン。デビルGの攻撃が止んだ。そして迸るドモンの叫び。「俺は…お前が好きだァ!お前が欲しい!レイーン!!」。レインを覆う殻が砕け、ドモンの胸に飛び込むレイン。醜悪な吃りを上げるデビルGに、全ての迷いが晴れた二人が(何故か踊りながら)放つ最後の一撃が決まった。「石破!ラ~ブラブ天驚拳!!」ハート型に機体を撃ち抜かれ燃え落ちてゆくデビルG。迎える仲間の前に風雲再起に乗ったゴッドGが現れる。コクピットにはレインを抱き上げたドモンの姿。光の翼を羽ばたかせるその姿はさながら白馬の騎士。ドモンを筆頭にそれぞれの幸せを得て地球へと向かうシャッフルの仲間達。キラルとアレンビーのガンダムが宇宙に巨大なハートの軌跡を描き出す。画面には再会を期す言葉「SEE YOU AGAIN GUNDAM FIGHT 14」。ああ、かつて、これほど恥ずかしく、これほど愛に満ちて感動的な最終回があっただろうか。まるで最終回の見本のように見事に完結した大団円。『ゴッドガンダム大勝利!希望の未来へレディ・ゴー!!』のサブタイトルが全てを語っている。『Gガン』はリアルさを追求する余り閉塞状態に陥っていた『ガンダム』世界にハート型の風穴をブチ抜き、見事に活性化させた。『Gガン』以降、5人の美少年と複数の魅力的なガンダムが入り乱れる『ガンダムW(ウイング)』、結果的にニュータイプを否定してみせた『ガンダムX(エックス)』が作られた後、TVの『ガンダム』シリーズは一時休止となったが、ファースト『ガンダム』から20周年の今年、新たな動きもあるらしい。新しい可能性を得た『ガンダム』が次に何を見せてくれるのか楽しみだ。
 一方、今川監督は『ジャイアント・ロボ』『Gガンダム』に続く「第三のG」『真・ゲッターロボ』に着手。これまた目を離せない存在になっている。しかし出来得れば、いつの日か、「ガンダムファイト第14回大会」を見せて欲しい。何故って、最終回で堂々と言っているじゃありませんか。余りにも見事に完結しているのだけれど、完全に終わって欲しくない、『Gガンダム』とはそんな作品だ。
 『ジャイアント・ロボ』のラストには「この作品を全ての父と子に捧げる」の献辞が付く。『ジャイアント・ロボ』も『ミスター味っ子』もこの『Gガンダム』も、父と子の絆、そして血の繋がりを越えた絆が大きなウェイトを占めていた。おそらく今川監督の中に現実の「父と子」について何か抜き差しならぬものがあるのだろう。それをきちんと作品として昇華した形で提出出来るところに、十分な大人の姿勢を感じる。自分の全てを曝け出しても見る者を楽しませて止まないその姿勢こそ芸の人、「キング・オブ・ハート」の演出家、今川泰宏の真骨頂なのだ。
 何かに疲れた時、何の理屈も要らないパワフルで前向きで、ケレンを纏った剛球一直線な『Gガン』の世界は何とも言えぬ活力を与えてくれる。『味っ子』のように濃すぎて身体を壊す(実話)こともない(でも大好きだ。いつか体調万全の時に取り上げてみたい)。『Gガンダム』はこの先、折に触れ見返すアニメの一本であり、最高の賛辞としての娯楽作と言えるのだ。

初出:『VANDA』24号(1998年6月発行)、発行所:MOON FLOWER VANDA編集部、編集発行人:佐野邦彦、近藤恵
※この号より紙の『VANDA』は年1回の出版となり、ネットの『Web VANDA』に主宰者・佐野氏の主力が移っていく。

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