選挙は人生HACK。人生を効率よくするための土壌づくり。

若者に「選挙に行け!」と命令しても、拒絶されるだけなので言わないようにしている。なので…昔はなんとなく「選挙に行け!」と周りの行ってなさそうな人に言っていたが、最近は意識的に言わないようにしている。いやな老人はいやな老人でしかない。

若者からすると「選挙に行け!と言われても、投票してどうなるもない」と思うのではないか。自分の一票が岩をも動かすかもしれない!という想像力がないならば、選挙に行かないという判断はきっと彼らのなかで妥当なのだ。そういった政治参加の無意味さを感じる気持ち、分からなくはない。

だいたい私の思い過ごしだろうけど…老人になるほど選挙へ行くのは彼らの昔からの習慣なんじゃないかな。それと、加齢に伴って自分が出来ることの無力感が募ってくると、政治参加でしか生活の変化をもたらさない…と一種の他力本願状態になっていく。けして老人たちは高尚な理由で投票していない。やらないと気持ちが悪い朝の顔を洗う習慣のようなものでしかないし、加齢に抗えなかった精神変化に過ぎない。

若者は…って老人である私が決めつけてはいけないのですがw…無気力でない若者は「自分の力でどうにかするべきだ」という自己責任の気持ちが強く、自分の行動が自分の未来を変化させることと政治参加することを比較すると…政治に期待することはカッコ悪いみたいな感じがあるのかもしれない。また、無気力な若者は「(選挙も仕事も趣味も恋愛も含めて)すべてが億劫」なのかもしれないが。

まあしかし、そういった自分の未来を形作るために、間接的に政治を利用した方が自分たちに「お得なのだ」ということを形を変えて伝えなければいけないのではないか。もし伝わっていないのであれば「選挙に行け!」と命令している大人(老人)の責任なのではないか。

そうだとすれば、(そうでなくてもだが、)私達は選挙は最強に効率のいい人生HACKだというをしっかりと若者が分かる言葉で伝える努力をしなければいけない。

…などということを2020年の都知事選に行く前にふと思った。

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