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定信はなぜ地獄へ独走してしまったのか

定信が倫子に罷免され、ボロボロの背中で去り、それまでの知られざる苦悩が公開されてから1週間経ちました。

スペースでもしこたま話したのですが、今回のスピンオフで明かされた一番大きな事実は、将軍に選ばれなかった定信が家治にコンプレックスを抱いている要素として「長子であること」「聡明さ」に加えて、「心の優しさ」が足りない、どこかおかしくて闇のようなものを抱えている、とまわりの大人に言われていたことです。

これ何も考えずに見たら「あ〜昔から欠落してたんだ〜」くらいの話かもしれませんが、このまわりの大人からの「優しくないから将軍にふさわしくない」という評価は、生涯呪いのようにつきまとって最終的に彼のサイコな一面を加速させた1番の要因だと思います。

スピンオフのタイトルは「定信の恋」ですが、以上の理由から私は今回の大奥における松平定信という人物を読み解くのは、「優しさ」というものが一番のキーではないかと思いました。というわけで、定信の優しさに焦点をあてて、まわりの人物とからめて改めてnoteを書いてみたいなと。


🌸定信の優しさと、倫子

まわりの誰からも認めてもらえなかった賢丸の優しさを、とんぼの羽事件のあとにも関わらず「大丈夫、賢丸は優しい子よ。私はちゃんと知ってるから。」って顔を包みながら言ってくれた倫子。
あの年にしてまわりに流されない、一度の羽むしりで決めつけたりしない、責めるのではなく寄り添うことが人を導くと知っている、聖母の風格。さすが倫子。

当然女性として好きにもなりましょうし、愛されなかった賢丸にとってはずっと縋りたい、それこそ母のような大きな愛だったように思います。倫子がずっとそばにいたら、絶対あんな自己肯定感壊滅モンスターにはならなかったはずなのに…泣
そしてそんな、人生通して縋ってきた相手から「優しい人だと信じてました」(過去形)と言われた絶望たるや。自業自得でしかないけど、あそこでも立ち止まれなかった定信は本当に堕ちきるしかなかったんだなと思います。でも、あのスーンとした顔の裏で、もう痛みも感じないくらい傷ついていたのかもなあ。


🏯定信の優しさと、家治

この話が今日一番書きたかったことです。
今作において定信がヤバサイコ大名に見えた一番大きな要因って、倫子への執着もそうですけど、家治への妬み方もだと思うんです。定信が田沼を恨むのはよくわかる。史実でもそうだし。でも今作の定信の家治への恨みは、なんなら田沼に対してより深いと感じました。

というか家治自体は定信に別に何もしていないのに、ひたすら一方的に恨みを募らせているから上様担からしたら「マジでこいつなんなの???!!!」でしかなかったと思います。笑
私はそこを途中まで、「自分より聡明だから仕方がないと思っていたのに、田沼の言いなりでろくでもない政治してる、と誤解してるから」だと思っていました。ところが、幸治郎との真相がわかり、田沼の言いなりだった理由がはっきりしたあとも、定信は反省するどころか「ちぇっ!ちゃんとした血筋だったのかよっ!」と悔しがる始末。本当に猿吉のいうとおり、そこに大義などなくただ引き摺り下ろしたいだけのストーカー()になっていました。
本編では「優しさ」コンプレックスの話がないから、そこで終わってしまってた。

でもスピンオフを見て、ここ数日で思ったんです。
いくら民に優しく接して、すべての民に優しい国を定信が目指したとて、彼のことを「将軍にふさわしいくらい優しい」と評価をしてくれる人がいなければor彼が将軍の座につけなければ、一生彼は幼い頃否定された自分の優しさを自分では肯定できない。という話はスペでもしましたが、だからこそ「家治の人格を(決めつけてでも)否定することでしか自己肯定感をあげられなかった」んだなあと思いました。

田沼の言いなりになって、民に優しくない。
側室をいっぱいつくって、倫子に優しくない。
自分より心優しいからじじ様に選ばれたはずなのに、じじ様は間違ってた。
事実がどうあれ、定信にとっては家治がそういう、優しくない男であればあるほど、自分のほうが民にも倫子にも優しい=将軍にふさわしいと思いこむことができた。だから「田沼将軍」を書かせ、「あんな男のどこがいい」と憤り、倫子には何度も自分の方が優しいと思わせるような文を書き、「貴方様がつらいときにそばにいない男など」と迫った。

家治からしたら本当に逆恨みでしかないのですが、「優しくある」ということに呪われた定信が、自己肯定感をあげるにはそうするしかなかったのかと思うと、またやるせない気持ちになってきます。。。


💄定信の優しさと、お梅

倫子ともうひとり、定信の優しさを大きな愛で肯定してくれたのがお梅でした。「私にとっては誰よりも、心の優しい御方ですから」という手紙の一節は、ずっとずっと定信が求めていた言葉だったと思います。しかも倫子への愛も、国を変える器としても認めてくれた。だからこそようやく涙を流したんでしょうね。まあ本当にお梅に関しては、斬る前にどうにかならんかったんかい、でしかないんですけど…涙
倫子にしてもお梅にしても、定信のそばにいる時間がもう少し長ければなぁ…


🍙定信の優しさと、貧しい人々

スペでもずっと話していたのですが、「貧富(身分)の差をなくしたい」「暮らしを豊かにして罪に走る人を減らしたい」というのは史実でもあり、ドラマでも唯一定信の思想としてちゃんと描かれたことでした。
でもこれすら、本人は「これが優しいということなのかわからない」と自己肯定できないでいた。

でも田沼が家治に言ってましたよね。
「上様はその足で、荒れた田畑を歩いたことがございますか。その目で、城下に暮らす民の営みをご覧になったことがありますか」と。
定信は自分の足で貧民街を歩き、自分の目で行き場を無くした子供や罪人を見ていたから、その思想にたどり着けました。
それは城にいる家治には、たどりつけない優しさだったはずなんです。

比べるのではなく、自分にしか持てない優しさを、もっと大事にできる人であったなら。その彼の優しさを見守り肯定してくれる人が、もっと早く、長く、そばにいてくれたなら。
そしたら、もっと違う未来はあったのかもしれません。

それでも、定信が幕政をにぎった5年間で、彼の「優しさ」に救われた人はたくさんいるはず。再び城を追われることになった定信が、孤独に歩む地獄の中に、自分で蒔いた愛の種を、救いを見つけられますように。1週間経った今でも、ずっとそう願っています。

最後に改めて、この複雑で孤独と悲哀と愛憎に満ちた役を演じ切った宮舘くん、おつかれさまでした。素晴らしいお芝居をありがとう!!