ぼくの酒癖のおはなし

ハロー。
ごほちです。
いい加減もっといい書き出しの挨拶を用意したいね。

さて、今日はぼくの“酒癖”について、だらっと書いていこうと思う。

今までここで語らせていただいている通り、
ごほちはお酒が大好きです。
時間と健康と社会が許してくれるのなら
ずっと呑んでいたいくらい好き。

一時期は健康以外には許されていたので
本当に四六時中飲んで
酩酊状態で過ごしていた時期もあったくらい
お酒が大好きなのです。

ただ、ごほちは基本人前ではあまり呑まないようにしています。
呑んでもなるべくほどほどに。
だって、セーブできないから。
いい大人なのにね

ごほちは基本、喫煙と創作以外のあらゆる衝動を
抑圧して生きています。
飲酒もそのひとつ。
ただ、呑んだら止まらない。
突き進んでしまう。

そして結果的にごほちは
日々押し殺した
“周囲への申し訳なさ”
“希死念慮”

そういったものを大爆発させてしまうのです。

お酒を呑むと人は本性が出るって言いますよね。

別にごほちは周囲に自分を偽っているとか
そういったつもりはあまりないのですが、
人と関わる以上
ある程度はこういった暗い気持ちにも
蓋をしているつもりではある。

人間関係に支障が出るから。

でもお酒を呑み
アルコールという水を得た
ごほちという魚は
心の闇を爆発させて
ひたすら周囲に
「ごめんなさい」
「もう○してください」
「本当に申し訳ない」
「○せ!○してくれぇ〜!」
と叫んで頭を下げて回るのです。

チェンソーマンの
永遠の悪魔と東山コベニのハイブリッドみてえだ。

チェンソーマンの永遠の悪魔
同じく東山コベニ

こうやって表現すると自分でも本当に酒癖悪すぎると思う。
ごほちの周りにも酒乱は多い。
みんな確かに酒癖がいいとは言えない。
というか酒癖のいい人なんて見たことない。
ごほちも人のこと言えないけど。
それにしたって大きくする気持ちの方向がおかしいと思う。
もっと他にあるだろうにね。

まあでも、
殴るより殴られるほうが
ごほちは性に合っている。
破るより守り抜く男にはまだなれないし
掴みかけた幸せもまだないけどネ。

なんのこっちゃって人は是非
湘南乃風の黄金魂を聴いてみてほしい。
男の理想像のひとつ。
ごほちとは対極の存在だからこそ憧れる。

話が逸れたね。
本当なら、こういった感情も良い方向で
作品に昇華できたら良いのだけれど、
そうしてしまったら
同じ味の作品ばかりになってしまうと思う。
かといって周りにさらけ出すには
あまりに大きすぎるし、ごほちも子供だから
ちょうどいい塩梅というものがまだわからない。

酒も。感情も。

そうやって蓋をした結果
どちらも溢れ出してしまうんだろうね。
難しいね。

もしもこの先、この記事を読んでくれた誰かが
ごほちとお酒を呑む機会があったら
アブサンで一杯やろう。

ごほちの敬愛する
太宰治とゴッホの好きだったアブサン。
ごほち自身も大好きなアブサンで。
どうか酒癖が悪くても
許してほしい。


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