テトロドトキシン

僕のnoteを普段から読んでくれている聡明な読者はご存知であろうが、そう、テトロドトキシンはフグの体内に含まれる毒である。

毒を持った魚がいる、という事実を知った幼年期の僕のショックは計り知れないものであった。あんなに毎日のようにいただいている魚の中に毒を持つものがいるのか…、と。

そして、それはフグというらしい(まぁ、毒を持っている魚はフグだけではないのだけれど)。さらに驚いたのが、フグはどうやら食べることができるらしい、という話を聞いたことだ。え、昨日食べたのってフグだったらどうしよう…。即座に母親に確認したら昨日食べたそれは、サバというらしい。よかった…。でも、安心してばかりはいられない。いつか、それを知らない母親がフグを食卓に並べる時が来たら、それは一家の終焉を意味する。

そこで、子供ながらに色々と考えを巡らしながら、一心不乱にフグに関する本を読んだ。すると、以下のような記述があった。

曰く、最初にフグを食べた人が死んだのを見て、次の人は調理してフグを食べてみた、と。そうしたらまた死んでしまったので、その次の人はさらに取り除く部分を増やして調理してフグを食べてみた。またしても死んでしまったので、それを見ていた次の人はさらに調理してフグを食べてみた…。

この繰り返しである。繰り返して、ある時に死ななくなったので、我々はフグを美味しくいただけるようになったのです、とまぁそういうことが書いてあった。

当時はすごいな、と思って少し感動したのを覚えている。だが、よく考えると「正気か」と思ってしまう。

一人目はまぁわかる。他の魚と同じようにフグを食べてしまい、期せずしてその毒に当たって死んでしまうのは仕方のないことであるし、かわいそうだ。

二人目からが感情移入が難しい。一人目の死に目を見て、調理すればいけるか、ってなるだろうか、僕はならない。かぐや姫に「この前〇〇が食べて死んでたあの魚、なんだっけ?あ、フグか。そうだそうだ、じゃああのフグを食べてきてください。あれ食べられたら結婚しましょう」というリアル結婚詐欺みたいなことをされない限り、インセンティブ設計が微妙すぎる。

美食文化として、だったら100歩譲って確かにわかる。これが中世のフランスだったとしたら僕も信じる。「まぁ、そういうこともあるか」と。腹一杯食べて、羽ペンの羽根を喉に突っ込んで、嘔吐した後でまたパーティを始めるようなフランス人ならあり得そうだと思うからだ。

ただこれはおそらく、2000年くらい前の話である。味とか以前に、そもそも生きていくために食べなければならない時代の話である。好きなものだけ食べている余裕はない気がするし、「ここの海域フグしか取れないんだよね」みたいな歴代最強ふるさと納税リージョンみたいな場所は現存していないので、当時もない気がする、多分。

となると、二人目は何をモチベーションに挑戦したのだろうか。むしろ死刑の代わりだったのだろうかとも思う。つまり、DEATH NOTE一巻にrw夜神月にリモートで殺されたリンド・L・テイラーのような感じである。フグ食うか、死ぬかのどっちかだという「Yes / はい」の地獄の選択肢。だったらかわいそうなので文献にくらい残してあげてほしいと思う。

どんなに考えてもわからない。なんなら三人目、四人目もいたと言う。そんなにフグが食べたいだろうか。食べたいにしても、食べられない魚もいるかも、とどうして思えないのだろうか。その上、どうして毒の切除に成功したのだろうか。というか、切除に成功して初めてフグを食べた時、これまで死んだ人の苦しかった顔とかフラッシュバックしてきそうじゃない?

そうこう考えているうちに、先日ある答えに行き着いた。「テトロドトキシン、実は結構気持ちいい感じの毒なんじゃない?」である。毒キノコの中には、死に至らないが、人の感覚をおかしくさせるものがあるという。例えば、ワライダケや、幻覚作用のあると言われるマジックマッシュルームもそうかもしれない。つまり、人間にとっての毒、というのはかなりの割合で苦しみとセットであるように考えてしまうが、案外そうとは限らないのかもしれないということだ。

これを踏まえると、二人目も三人目もなんとなく調理に取り組む気持ちがわかりそうな気がした。「いやー、初めてフグを食べた〇〇死ぬ前が一番楽しそうな顔をしてたしな。フグ食べれれば村でもヒーローだし、最悪死んでもあんな感じで死ねるなら悪くないな」である。浅はか縄文ヒッピーみたいな思想だが、これならまだ僕は理解できる。なるほど、こういうことかと思い、自分の中で納得していた。

そんなある日、仲のいいめちゃくちゃ料理が上手なシェフとこの話をする機会があった。「テトロドトキシンって死ぬけど、実はその前結構気持ち良くなったりするんじゃないんですか」と。答えは一言であった。


「いや、あれはマジで体がしびれる感じの毒だから死ぬ前とても苦しいと思うよ」


…。

やはりフグの毒を取り除こうとした人々のモチベーションは僕には全く理解できない。

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