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菅平生き物通信の記事「新型コロナウイルスとの共生」と、その補足

概要

筑波大学山岳科学センター菅平高原実験所が刊行している「菅平生き物通信」第79号(2020年6月)に新型コロナについて書きました。その記事をこちらにも掲載するとともに、図の元データや、本文で書いた根拠となる論文やレポートの引用など、元記事では誌面の制約のため十分に書けなかったことも、こちらで紹介します。また、新型コロナを含む、生物や自然環境について、今後時々こちらのnoteに書いていきたいと思います。

「菅平生き物通信」のバックナンバーはこちらで見られます。
http://www.sugadaira.tsukuba.ac.jp/ikimono/ikimono.html

元記事

【進化】生物の感染は、私が研究する生態学でも良く取り上げられる題材です。2019年に出現した新型コロナウイルスについて一人の生態学者として考えたことをご紹介します。いま世界中で都市封鎖や自粛など感染を防ぐ取り組みが行われています。こうした予防策は感染拡大を遅らせて時間稼ぎをすることに大きな意義があります。その間に起きることの一つとして、新型コロナは急速な進化を続け、既に百に届く系統に分かれていますし、系統によって感染力や病原性が違う可能性があります。一般に、病人をすぐに弱らせない方がウイルスの感染拡大には有利なので、ウイルスの病原性は時間的な揺らぎを伴いながらも徐々に弱くなるように進化すると考えられています。どのくらいの時間がかかるかは分かりませんが、もしも、感染力が強く病原性は弱い系統が広まって抗体保持者を増やし、その抗体が病原性の強い系統にもある程度有効であるなら、病原性の強い系統の拡大が抑えられ新型肺炎の病状は終息に向かうことになります。

【収束シナリオ】

コロナ.図1

図1 主要パンデミックの罹病者数の推移。スペイン風邪のみ国内統計。新型コロナは5月4日時点。

これまでの主要なパンデミックを見ると(図1)、新型コロナと姉妹関係にあるSARSは7月に急に終息しました。主要な感染地域だった北半球が夏を迎えたことにより、ウイルスの感染力が落ちたことや、人々の抵抗力が上がったことが関係している可能性があります。しかし、人口の数割以上が感染することで集団免疫によって感染終息するという理論からすると、この感染水準で完全な終息を迎えて再発もしない理由は謎とされています。ヒトを含む生物の感染症では、遺伝子や経験の違いによって病気にかかりにくい抵抗性の個体がいることが一般的なので、抵抗性の人や統計に表れない隠れ感染者が多かった(図2)、病原性の弱い系統が広まっていた、などの可能性も考えられると思います。SARSの次に新型コロナと類縁性のあるMERSでは、感染は縮小しつつも、数年を経てまだ終息を見ていません。また、新型コロナと類縁ではありませんが、世界的な感染爆発という点で参考になるスペイン風邪は、大流行が2~3年続いた後、季節性のA型インフルエンザに進化して、いまだに人類を悩ませています。新型コロナは、私達となじみの深い普通の風邪の原因の一部であるコロナウイルスの仲間ですので、今よりも病原性を落としながら、普通の病気の一つとして定着する可能性もあります。

コロナ.図2


図2 新型コロナによる感染の進行。感受性の人よりも感染しにくい「抵抗性」の人がいる可能性がある。感染者のほとんどは免疫を獲得する。隠れた感染・発症・死亡もある。

【ウイルスによる違い】インフルエンザは、国内で例年1000万人が感染し、1万人が亡くなると推定されている大変怖い病気です。その特徴として、子供の感染が約半数と多く、また、社会における感染拡大をある程度子供が担ってしまうと考えられています。新型コロナはそれとは対照的で、子供に比べて高齢者や基礎疾患者の危険が際立っているのが特徴です(図3)。新型コロナの場合、子供から感染が広がる危険が限られていることが多くの国内外の論文・レポートで指摘されています。新型コロナとの付き合い方を探る上で、インフルエンザとの違いは参考になります。

コロナ.図3

図3 新型コロナによる年齢別の国内死亡数(千万人あたり)と感染者の死亡率(感染判明者数に対する死亡者数)。5月4日時点。

図1の補足

新型コロナを含む4つの主要パンデミックの時系列感染推移をまとめました。それぞれのグラフは様々なところで目にしますが、それらの元データを調べ、並べて比較しました。それぞれのパンデミックの推移の特徴が分かります。

新型スペイン風邪のデータは下記の島尾氏論文に基づき、日本帝国統計年鑑からのインフルエンザの死亡数と、関連疾患である急性気管支炎・肺炎・気管支肺炎による死亡数の合計を、インフルエンザ関連の死亡数として用いました。

島尾忠男. (2009). 日本のスペインカゼ関連死亡統計資料. 結核, 84(10), 685_689.

SARSのデータはWHOの報告からDevakumar kp氏が値を取り出して整形したこちらのものを使用しました。こちらは報告日ベースなので、良く目にするWHO報告書のSARSグラフと比較すると、WHOのものは推定される発症日に基づいていること、発症日不明の事例が除かれていることから、やや形が異なっていますが、大まかな傾向は一定しています。

MERSのデータはWHOの報告からDevakumar kp氏が値を取り出して整形したこちらのものを使用しました。こちらも報告日ベースです。

新型コロナのデータはジョンズ・ホプキンズ大学の集計によります(2020年5月4日時点)。

図2の補足

新型コロナの感染推移には、分かっていないことがたくさんあります。多くの方が指摘しているように、感染者数、死亡者数ともに、新型コロナと判明していない「隠れ感染者」「隠れ死亡者」を見逃している可能性があります。「隠れ感染者」を経て免疫を獲得している者がどれくらいいるのかが、今後の収束シナリオを大きく左右する要因になりえます。

さらに良く分かっていないのが、そもそも新型コロナに感染しにくい「抵抗性」の者がどれくらいいるのかです。様々な生物の感染症の研究では、集団中には抵抗性の個体が含まれていることが分かっていますし、ヒトでもマラリアやエボラ出血などの感染症に対しては、遺伝的に抵抗性を持つ者がいることが分かっています。抵抗性個体がどれくらいいるのかは、感染が収束するための集団免疫の水準や収束シナリオに直結する重要な要因のはずで、今後の研究が待たれます。


図3の補足

年齢別の死亡者数を感染者数で割った死亡率は様々なところで見かけます。しかし、感染者数というのは実施数が限られたPCR検査数等に基づいている感染確認者数であり、実際の感染者数を大きく過小評価している可能性があります(事後の補足 執筆当時は検査数が限られていました。)。新型コロナと判明せずに死亡している隠れた死亡者も少なからずいる可能性があるので死亡者数も過小評価だと考えられますが、その過小評価の度合いは死亡者数の方がおそらく小さく、新型コロナの被害規模をより代表しているでしょう(事後の補足 検査体制が強化されて以降は、主要な死因がコロナ以外の死者からウイルスが検出された場合もコロナ死とされているので、過小評価だけでなく過大評価の可能性もあります)。しかし死亡者数は、そもそも人口の少ない年齢層では少ないので、人口あたりの死亡数を年齢別に示すことが、年齢別のリスクを評価する上で参考になります。そのようなグラフを見かけなかったので、作ってみました。10万人あたりの分析をよく見ますが、それだと低年齢層での死亡が少なすぎて表示しにくいので、1000万あたりの人口を用いました。人口は10歳未満が986万人、10代が1117万人ですので、1000万人あたりを用いると死亡総数ともだいたい一致します。

このグラフを見ると、人口あたり死亡数は60代から急に増え、70代、80代となるにつれてウナギ登りに増えます。その増え方は、よく見る「死亡率」に基づくものよりも一層際立っており、高齢者のリスクが抜きん出て高いことがよく分かります。新型コロナによる国内死亡者が一人も報告されていない10歳未満と10代のリスクは限られています。この集計の後に、国内では初めて20代の死亡が報告されてしまいましたが(相撲取りで糖尿病既往者の男性)、その事例を含む統計が厚労省で見つけられなかったので、反映されていません。

新型コロナによる年齢別の感染率と死亡数は、厚労省「新型コロナウイルス感染症の国内発生動向」の令和2年5月4日18時時点の値を用いました。この感染率は、ある時点での死亡確認者数を感染確認者数で割ったもので、感染者の回復・死亡状況を追跡したものではありません。この報告書は2020年5月27日時点でリンク切れですが、同様のデータは日本経済新聞のページのやNHKのページでも確認できます。

そして、下記の2019年の総務省による2019年10月1日現在の年齢別の日本の総人口を分母として、人口1千万人あたりの死亡数を求めました。

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