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宅録時代のオーケストラサウンドの作り方

宅録の価値が見直され、アフターコロナの時代も宅録で出来ることは宅録でという流れは続くでしょう。そんな中でもオーケストラサウンドへの需要は決して減ることは無いと予想されます。

この記事ではこれからも素晴らしいオーケストラの音を実現するために音楽家、プロダクションが取れる選択肢を列挙していきます。

最もオススメ出来ない作り方

最もオススメ出来ないのは全部宅録でやることです。理由は後ほど詳細にご説明しますが、この方法だとオーケストラの音にすることは出来ません。何故オススメ出来ないかが直感的に理解できる動画がこちら。背景には筆舌に尽くしがたい工夫と労力があったことは容易に想像できますが、それでもなおオーケストラの音とはかけ離れたものに仕上がっています。

Jake Jacksonほどの熟達したエンジニアがミックスしてこうなるのであれば、宅録でオーケストラの音は作れないと断じて良さそうです。

国内でも同様の試みがなされていますが、こちらもやはりオーケストラの音と言うことは難しいでしょう。同時録音の重要性を感じます。

とは言え表現として挑戦したこと自体に大いなる価値がありますし、後述の日本のスタジオで録った場合のオーケストラの再現という意味では一定の成果をあげているとも言えます。

コスト面からも考えてみる

宅録を依頼するということは「スタジオ」「エンジニア」「プレイヤー」を一度に依頼するということです。例えば25人分の収録を全て宅録で行う場合、25個のスタジオ、25人のエンジニアを雇うことになり、夥しいコストが発生します。

仮に奏者の自宅の使用料を¥3,000/h、エンジニアリング費を¥2,000/h、演奏を¥10,000/h、セットアップとバラシが¥2,000とかなり安めに設定しても「録る」と決めた時点で¥125,000のコストが発生します。

そこから1セッション(3時間)録る場合更に(3,000 + 2,000 + 10,000) * 25 * 3で¥1,050,000かかるので合計¥1,175,000になります。しかも、これはセッション数が増えた時にほぼリニアに増えていきます。2セッションなら¥2,225,000です。間にインペグが入れば更に何割か上がります。

勿論譜面が無ければオーケストラは録れません。オーケストレーターのフィーはスタジオ収録と全く同じ分だけかかります。編成にもよりますが平均して¥100,000/minほどでしょうか。

ディレクションについて考えてみましょう。スタジオ収録であれば作家は1セッションのディレクションで3時間の拘束、セクション録りでも9時間で済みますが、宅録は基本的に同時録音を行わないため、1セッションの録音で75時間拘束されることになります。これは非現実的なので、録音は基本的に奏者に委ねるか、または各パートの首席奏者の収録にだけディレクションを行い、そのテイクを元に他の奏者が録る流れになるでしょう。それでも40時間近くの拘束です。

録り終わった後も際限のないエディットの地獄が待っています。普通のオーケストラ収録のエディットであれば出来ることも少ないですし元々ピッチやリズムが揃っているのでそれほど手間ではありませんが、宅録となると1人ずつチェックしていかなければならない上にノイズも多いです。また、次のような問題も予想されます。

・全てのテイクの頭は合っているか?
・DAWは全員同じものを使っているか?
・サンプルレート/ビットレートは全員揃っているか?
・デジタルクリップを起こしていないか?
・録り漏らしはないか?
・譜面の読み間違いは無いか?
・マイキングは適切か?

エディット費も馬鹿になりません。エンジニアの拘束が安めに見積もって¥100,000/dayだとして、1セッション分(恐らく30分前後の録音尺)の録音を25人分エディットするとなると、エディットだけで50〜100時間かかることが予想されるため、エディットだけで¥500,000~1,000,000かかる計算になります。エディットは学生バイト等に任せたとしても、¥2,000/hで¥100,000~200,000はかかります。

ミキシングもストリングスとして扱える音に加工するための手間がかかるため、普段と同じ速度でのミキシングは難しいでしょう。

コーディネートの難易度も非常に高いです。全員の録音が問題なく行われ、ミックスが完了するまでを追いかける労力はスタジオ収録のそれとは比べ物になりません。

纏めると、1セッション分(30分尺)のオーケストラ収録を全て宅録で賄った場合

・オーケストレーション: ¥3,000,000
・レコーディング: ¥1,175,000
・エディット: ¥100,000〜200,000
・ミキシング: ¥500,000
・コーディネート: 上記の3割

合計: 600〜700万円

というコスト感になると思います。仮にオーケストレーションを全て自前で行っても300〜400万円です。当然バンド楽器などの収録費は含みません。

新たなワークフローと呼ぶためには日常的に行えるものにしなければなりませんが、コストを現実的なレベルまで下げるには奏者の自宅の使用料、エンジニアリング費とエディット費を0にするくらいしか方法が無さそうです。それが健全だとは到底思えないのでやはり宅録はほどほどにするのが望ましいでしょう。映像も欲しい? 勘弁して下さい!!

とはいえ、繰り返しますが宅録オーケストラが全くの無駄というわけでは決してありません。これを従来のオーケストラサウンドに近づけていく方法を考えてみましょう。

100点満点の解答

コンサートホールに奏者全員と機材全てを集めて同時録音する以上の選択肢は今後も存在しないでしょう。ただ、これをやろうと思うと世界中のレコーディング業界の事情を監視し続ける必要があります。どの国のスタジオ、ホールが何人まで召集出来るのか、何時間まで録ることが出来るのか等を調べ続けるのは結構な手間ではないでしょうか。

この録り方の音の素晴らしさは皆さんもよくご存知だと思いますが、現時点(2020/05/31)ではこの方法は不可能でしょう。

ここから先では

・サンプルを活用しどの程度生収録を縮小させることが出来るか
・その際どの程度クオリティが犠牲になるのか
・宅録を活用する場合の注意点と制約
・いずれのケースでも気をつけるべきポイント
・日本と海外の違い

について説明します。

90点の解答

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