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脱大量採用のススメ、椅子の獲得について

倚子(いし)…室内用の腰掛けの一つ。四角、四脚で、背もたれがあり、左右に肘掛(ひじか)けがある。宮中で天皇や公卿(くぎよう)、中世には禅僧などが儀式のときに用いた

学研全訳古語辞典より

1.はじめに


椅子理論というものがある。これは「労働者が得られる賃金は、努力の対価ではなく、利益を産むポジション(椅子)によるもの」という考えだ。

「A Job Competition Model」(1979)によれば、労働者は仕事のスキルに関わらず、これまでの訓練費用に基づきランク付けされる。そして、訓練費用に関する明確な根拠がない場合は、年齢、性別、学歴等でランク付けされる。

最初のランク付けは賃金に大きな影響を与え、その後の努力は、そのランク付けのもと行う仕事においては、賃金上昇の効果を生じにくくさせる。

2.職能資格制度について


今の日本におけるポピュラーな賃金体系は職能資格制度である。職能資格制度とは「職務の遂行を通じ、発揮することが要求される能力の伸長段階を示す『職能資格』を設定し、職能資格ごとに、職務遂行能力の内容と程度を明らかにした『職能資格基準』を設定する。そして、職能資格基準をもって、一方では配置、移動や能力開発、育成に指標とし、他方では職務遂行能力の伸長度の評価基準として、その結果を昇格や賃金・処遇に結びつける等、人事・賃金制度運営の軸となる制度である」(*1)とされている。

*1:『職能資格基準のつくり方』(1982),日経連,p21〜22

職能資格制度を一読すると、能力に応じた賃金・処遇を行う制度であると分かり、おおよそ椅子理論とはかけ離れた印象を受ける。

ただし、職能資格制度において、いくつかの定義は明確にはならない。例えば発揮されるべき能力の定義は会社、部署、その時の環境により変化するし、配属における指標も明確ではない。

他方で、そもそも会社において求められる役割は常に変化し続ける中で、会社で働く人に作用する人事制度について、どのような場面にも普遍的に応用できるような定義が無いことも事実である。

強いていうのであれば、おおよそ成果と認められるものを上げたものに対しては、人事評価上は賃金・処遇に結びつけるインセンティブが働くということだ。

3.利益を産むポジション(椅子)とは


椅子理論においては定義はある意味で明確だ。対価は努力と連動しないということは、そもそも努力という概念を定義づける必要がない。

また、利益を産むポジションも、その名前のとおりである。

ただ、「利益を産むポジションにいることが重要である」という点だけみると、この理論は単に「大企業に入れば人生は勝ち組だ」という陳腐なフレーズにも等しい。

椅子理論が一定評価されているのは、その名のとおり、企業に入った後も「椅子取りゲーム」が待っているということをシンプルに伝えたところにあるだろう。

正確には、入社した時点から座った椅子により、その後の賃金・処遇が決まるという残酷さを、あらためて各人に認識させた点が評価されている。

「利益を産むポジション」というのは、「個々人の能力に関係なく一定の収益が生じるポジション」と言い換えてもいいだろう。

4.競争について


私は「純粋競争」が嫌いだ。「純粋競争」を回避するためにあらゆる努力を尽くしてきた。そもそも「純粋競争」というのは個々人が生まれた時に与えられた先天的なもので決まる側面が大きい。「純粋競争」を強いられた時点で、勝ち負けは決まったようなものだ。

他方で、「競争」自体は嫌いでは無い。どんな手段でも用いてよいなら、むしろ積極的に「競争」をするべきだと思うし、この世のリソースが限られている以上、「競争」を避けることができないのは事実である。

私が椅子理論を評価するのは、有利な立場から、一方的に「競争」を仕掛けることの優位性が明確に示されたからである。

上記に記載したとおり、同じ立場から、同じ条件で行う「純粋競争」というものは、ある意味で最初から勝ち負けが明確である。

自ら事業を興しているのであればともかく、賃金が発生する労働者の立場においては、勝ち負けは賃金・処遇に反映される以上、一定の「競争」は意識しなければならない。

5.脱大量採用について


私は過去、大企業に入社することの重要性を説き続けてきた。今でも、中小企業に入るくらいであれば、大企業に入社した方がよいという考えに変わりはない。

ただし、大企業に入社した後に待っているのは不明瞭な職能資格制度であり、特に採用人数が多ければ多いほど、運に左右され、あるいは「純粋競争」に晒されるということも分かってきた。

そのため、今後新卒採用を待ち受ける方々には「脱大量採用」を勧めたい。

大企業に入社するのであれば、数百人が同時に採用される一般的なオープン採用ではなく、専門職としての採用を選ぶべきである。

また、オープン採用を選ぶのであれば、少なくとも総合職は150人程度の採用人数がギリギリである。明確な根拠は無いが、例えば過去の事業投資が功を奏し、今や多くの就活生の憧れとなった総合商社の採用人数を見てみたい。

【マイナビ2025より】

伊藤忠商事:116名(2021)
三菱商事:123名(2021)
住友商事:106名(2021)
三井物産:128名(2021)

採用人数は基本的に、各業界ごとに横並びである。

明確な根拠をここで示すことができずに残念だが、150人程度の採用ラインを超えた業界で、入社した人の大半(あるいは5割以上)にそれなりのポジションが与えられる業界を今まで見たことがない。

これは肌感覚になってしまうが、例えば150人採用された中で、下から50番目くらいであったら、まあまあである。
しかし、500人採用された中で下から50番目というのは絶望的であるし、そもそも競争相手は「同期」だけではない。

競争が生じるのは「年代ごと」であり、少なくとも前後1〜2年は競争相手になる。

すると1年に500人採用される場合、潜在的にはあなたの周りに1500人の競争相手が存在するということだ。

もちろん、今の時代は転職が当たり前だ。純粋なプロパー(新卒からの生え抜き)社員同士で見れば、常にレースの競争相手が1500人存在する訳ではない。

ただし、プロパー社員同士の戦いが生じないだけで、今度は中途社員という新しいアクターが登場する。

通常、中途社員とプロパー社員は、JTCにおいてはどう頑張っても同じ土俵の競争にはなり得ない。

しかし、「同じ土俵の競争」が起こらないというだけで、「中途社員」が過去の職歴を武器に「椅子」を獲得するということは十分にあり得る。この「椅子」は単に美味しいポジションというだけではなく、他業界に転職するための重要な武器であり、あるいは会社において出世するための通過点になり得る。

プロパー社員においては、最初に配属されなければ運次第で永遠に椅子は回ってこない可能性もあり、また最初の競争が尾を引くと、当然椅子が与えられる訳もない。

繰り返しになるが、特に自分の能力に自信のない人には「脱大量採用」をお勧めする。
既に承知していると思うが、社内政治というものは、自らが一定のポジションにいない限り、「全く」の効果がない。一定のポジションを実力で勝ち取らなければならないのであれば、それはもはや「運」や「生まれ」に左右された「純粋競争」であり、最初から勝ち負けが決まっているようなものだ。

最初からポジションを獲得するための「椅子理論」、そして「脱大量採用」が新時代のトレンドになるだろう。

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