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ナッジ研究者が見たニュース⑥:ワクチン勧奨中止で死者4千人増か

「ワクチン接種後に具合が悪くなった人のエピソード」がセンセーショナルに報道され、国民がそれに刺激され、国が積極勧奨を中止した、という流れになっているようです。
日本人女性の75人に1人が子宮頸がんに罹患する、身近で恐ろしい感染症です。これに対し、ワクチンは先人たちの英知の結晶で、子宮頸がんはかなりの確率で予防できるようになりました。ワクチンには必ずどんな小さなものも含めて副反応リスクがあります。対象者はリスクとワクチンによるメリット(ベネフィット)を比較検討して、ワクチン接種するかどうか決める権利があります。しかし、「ワクチン接種は怖い」という論調が広がり、対象者にワクチン接種を告知していない自治体も多いと聞きます。
ワクチンの有効性や副作用リスクについては先行研究で決着がついているものとし、ここでは触れません。また、報道やエビデンスに基づかない発信に対する問題点ついては、既に多くの先生方が指摘していますので、割愛します。

一連の問題点を集約すると「国民にとって望ましい意思決定だったのか?」に尽きます。ワクチンに真剣に反対しているのはごく一部の人たちです。なぜ国民は、命を守るはずのワクチンによる恩恵を享受しようとしなかったのでしょうか?いろんな心理が挙げられますが、ここでは①利用可能性ヒューリスティクスと②顔のある犠牲者効果を紹介します。

①利用可能性ヒューリスティクスとは、すぐに思い出せる情報を優先して判断する心理メカニズムです。ワクチン接種後に具合が悪くなった人については因果関係が立証されていない段階でも、「何も知らないままワクチンを打たれた少女が体調を崩して、毎日泣いている」というニュースが繰り返し報道されることがあります。これを見た多くの国民は意識的・無意識的に関わらず「これは重大な、悲しいニュースだ」と知覚します。一方でワクチンを受けなかったために毎日たくさんの人が亡くなっていることはあまりニュースになりません。その報道が仮に歪んでいたとしても、繰り返し流されるものに対して、批判的な視点で検証した上で意思決定するのは難しいことです。

②顔のある犠牲者効果とは、「大勢の被害のニュースよりも、1人の具体的なエピソードの方が共感できる」という心理です。アイヒマンが言ったとされる「1人の死は悲劇だが、100万人の死は統計上の数字に過ぎない」は、この心理をよく表現しています。ワクチンを打たなかったためにがんで亡くなった多くの方は実名・写真付きで報道されませんでした。顔が見えない関係です。一方で、ワクチン接種後に不調になった人のニュースは、肉声とともに具体的に報道されました。大勢の視聴者の脳裏に、被害に遭われた方の顔がはっきり焼き付いたことでしょう。

私たちは、公衆衛生においては、個々のエピソードよりもエビデンスを重視した方がよいということは理解しています。しかし、具体的なエピソードを聞いた後で、その影響を完全に排除して意思決定するのは、実に難しいことかもしれません。

ワクチン接種後に具合が悪くなった方、ワクチンを受けずにがんに罹患した方。とても苦しい思いをされていることでしょう。確かに正解はないかもしれません。しかし、エビデンスによって、望ましい行動は確率とともに示唆されています。正しい情報をもとに、じっくりと検討する権利を奪うようなことはあってはいけない、と信じます。

最後に、厚生労働省のワクチンチラシを。厚生労働省も、とても苦しい判断をされたこととお察しします。

子宮頸がんワクチンチラシ

参考になれば、嬉しいです。

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