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ナッジ研究者がお答えします③:予防重視になったら医療従事者は失業する?

医学部生から質問をいただきました。「医療システムが変わって、予防に重点を置くようになったら、医療従事者は失業するの?」

予防と治療の関係を考えるに当たり、「一体、誰が川に落としているのか」(John McKinly)という話を見てみましょう。

「岸辺を歩いていると、溺れている人がいるので、私は飛び込み、その人を救助した。人工呼吸をして、一命をとりとめたと思ったら、また溺れている人が流れてきた。気がつくと私は何度も川に飛び込み、人命救助ばかりしているが、一体誰が上流でこれだけの人を川に突き落としているのか、見に行く時間が一切ない。」(抄)

上流は日常生活での予防、下流は治療と考えると、予防を充実させると治療も安定すると示唆されます。現状では医療資源(人・物・金)が最適配分されているわけではなく、治療への比較的手厚い配分の一部を予防へと移すことで、治療する側にもメリットがあると言えるでしょう。

ただし、予防さえすれば治療が全て不要になるわけではありません。「世界一わかりやすい「医療政策」の教科書(津川友介著)」では「予防医療の8割に医療費削減効果はなく、その中には健康のメリットが小さいものもある」(P180-181)と指摘しています。予防は全ての病気に対して行われるものではなく、さらには予防しても罹患する病気もあることから、予防と治療は両輪として機能するべきものです。

医療機関が予防マーケットに進出可能になると、地域での予防・治療のワンストップサービスとして医療従事者へのニーズは高まる可能性もあります。一方で、「エビデンス軽視やコミュニケーション力のない医療従事者へのニーズは減る」といった現象が出るかもしれませんが、これは「マーケット化に伴う社会の流れ」と言えるでしょう。

では、これから予防重視のシステムへと移行していくのでしょうか?実際には、相当数の医療関係者は予防への資源配分強化に反対することが想定されます。なぜなら、人間は現状維持を好み、仮に現状維持に決別して変革を起こして、その結果失敗した場合、とても大きな後悔を感じる傾向があるからです。この心理が予防への移行を阻害している可能性があります。

さらに、集団になると、個人の心に「誰かがやってくれるだろう」というフリーライダー思考(社会的手抜き)が発生する傾向が出てきます。誰も行動しないまま、外部環境に柔軟に対応できなくなっていくーーー組織が大きくなると起きやすい現象です。

結論。予防重視のシステムに変わっても、それが原因で医療従事者がただちに失業する事態はあまり考えにくいでしょう。しかし、人間は予防への不安を強く感じるため、それを上回るポジティブな刺激がない限り、予防と治療の最適配分はなかなか実現されないかもしれません。ネガティブ感情はとても根深く、情報提供・ナッジ・インセンティブ・強制力を絶妙に組み合わせて相乗効果を発揮させることで、初めて打破できるものだと考えます。具体的にどうすればいいのか。試行錯誤しながら検証していく必要があります。一緒に考えていきましょう!

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