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公衆衛生と行動経済学から考えるアフターコロナ【前】

行動経済学と公衆衛生を対立構造だけで論じるのはもったいない

コロナ対策は経済vs公衆衛生の対立軸の文脈で語られることも多い。実は行動経済学と公衆衛生は「いかに人を動かして、幸福度を最大化するか」という共通のテーマを持ち、とても相性が良いことはあまり知られていない(注1)。両者は切り口やアプローチが違うので、途中では離れた道を歩むことも多い。実際にコロナの渦中では経済と公衆衛生のトレードオフは発生し、どちらを優先するのか決断が迫られる場面もあった。

しかし、どちらか一方だけで国民の幸福度最大化は達成できないため、いずれは合流し、ゴールに向かう大きな流れになる。このため、両者の共通点に注目し、相乗効果を考えていくことが建設的であると考える。

マクロ⇄ミクロの視点切替

人間は本能的に目の前に起こっていることや自分の経験したことに注目するのが大好きである(=利用可能性ヒューリスティクス)。しかし、マクロ視点で捉えなければ、議論している問いが正しいのかすらもわからない。そこで行動経済学でも公衆衛生でもマクロ視点を持った上で、ミクロ視点での幸せを考えていく。それはマクロ⇄ミクロ、長期⇄短期、エビデンス⇄現場を自在に往来する視点である。

現場志向の方から「データでは、現場のことがわからない」という声が聞かれる。私も同感である。しかし、「だからデータは不要である」という文脈になるのであれば、私は同意しない。データ(マクロ)+現場の声(ミクロ)で、相手を動かす力を持つ実践になると信じる。

コロナによって何が変わるのか?

コロナで最も影響を受けるのは、中小企業や個人事業主であろう。本稿では、コロナで苦しむ中小企業たちをターゲットに、経済3主体(消費者(家計)、企業(従業員)、政府(補助金))への影響について行動経済学と公衆衛生の視点から考察する。

1 国民のバイアスが強まる。

疲弊したり金銭的に困窮すると、バイアスが強まることは知られている*1*2。平時には自制できていたことも、コロナによってバイアスが強化されると、極端な行動に出やすい。自粛警察(=同調圧力)やトイレットペーパー買占騒動(=希少性バイアス)、最悪の事態を想定した専門家を非難する言動(=後知恵バイアス)がその例であろう。仮に疲弊や困窮と無縁な人でも、同調効果によってバイアスが強化されている可能性がある。

バイアスは「予想可能な心理エラー」であり、行動デザインによりマネジメントできる可能性がある。これについては後編で詳述する。

2 労働者の健康状況が悪化する。

国民の健康状況が一気に悪化することが想定され(注2)、同様に労働者の健康状況も悪化する。中小企業等では1人の労働者のパフォーマンス低下を他の労働者たちでカバーできる体制が取りづらいところも多く、健康リスクが経営リスクに直結する可能性が高まる。

今までは健康管理は個人の責任という意見が根強かった。しかし、労働者の健康が悪化すると、企業の経営も悪化する*3。コロナ以前は大企業中心だった「健康経営」*4の必要性が中小企業にも広がる可能性がある、という意味で、明るいニュースだと考える。

3 国ではEBPMが始まる。

政府は財政が厳しい中で、優先順位をつけて支援を行うため、EBPM(根拠に基づく政策立案)が急速に進むと推測される。中小企業等が補助金を受ける場合にも、投資効果の検証と説明責任が高いレベルまで求められ、最初に設定したゴール指標(KPI)への達成度合いが公表されるだろう。

これについては制度改正を伴うものであり、実際の開始時期は不明である。だが、「10年計画で段階的に開始」としていく余裕はもはや政府にはない。「成果の確率が高い補助金メニューが厳選の上で提供され、評価もシンプルになる。仮にKPIに到達しなくても、原因が検証され、知見として役立てられる」という意味で、明るいニュースである。

その上でどうするのか?

消費者、従業員、国向けにバラバラに対応するのは非効率的であり、ミクロに走り出してしまう可能性が高い。戦略的に、でもシンプルに、そして他の業者と合同で行った方がよい。ではどうするのか?

後編へつづく。

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*1 Baumeister et al, 1998.

*2 Carvalho et al, 2016.

 *3 Boles et al, 2004.→東京大学政策ビジョン研究センターによる健康経営の資料がわかりやすい。

*4 経済産業省WEB

(注1)行動経済学と対比される概念として、伝統的経済学があるが、本稿ではリアルワールドのバイアスを持った人間に着目しているため、行動経済学に特化した。マルクス経済学については、日本の制度上、実現できない理論もあるため、言及しない。

(注2)現時点で健康指標悪化の速報値はまだ届いていないが、出張の減少などで日常の活動量が減り、さらにはジムなど運動の場が減り、体調不良でも医療機関受診を見合わせることなどから推察した。


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