じーちゃんばーちゃんに親友を会わせた話
この間、母方のじーちゃんばーちゃん家に高校からの親友2人を連れて行った。
85?と89?の老夫婦で小さい頃から本当に可愛がってもらった。じーちゃんばーちゃんはまだまだ頭の回転も早く、元気もいっぱい。会話のテンポもいいし、若々しい。この年齢の人と話していることを忘れてしまうような錯覚に陥ることもある。
そんな印象とは裏腹に、最近の2人は会うたびに「自分たちが死んだら…」という話をするし、周りの爺さん婆さん仲間が亡くなった話を平然とする。次は自分たちかも、と定型句を添えて。
こんなこと考えたくもないけど、孫の自分から見てもいつ大事に至ってもおかしくない年齢なのは十分に理解っている。
ずっと夢があった。
自分の結婚式にじーちゃんばーちゃんを招待すること。正直に言うと、もう厳しいのかな…と思っている。ひ孫の顔を見せてあげたい!なんて、余計に難しい。
そんな中でも祖父母孝行ができるとしたらなんだろう、って真剣に考えた結果、自分の信頼のおける友達を紹介することなんじゃないか、とふと思い、2人を連れて行くことにした。
いざ会わせた結果、ひと時も止まることなく本当に楽しそうに、たくさん話をしてくれた。いつもの3割増しで饒舌なじーちゃんは、尻尾を振って喜んでる犬のようだった。
大好きなマジックを披露してくれたり、ハマっている漢字クロスワードパズルを見せてくれたり。戦時中・戦後の話、アメリカで会社経営しながら豪遊してた話、定年後楽しいことを追い求めて北海道に単身で移住した話、大学教授やってた頃のゼミの話、ほんとに色々な話をしてくれた。
どの瞬間の、どの選択も、チャレンジングで、楽しそうで、イキイキしてて、さすが自慢のじーちゃん!と孫の僕も鼻が高くなった。
いろんな話を聞いたけど、その中でも印象的な言葉があった。突然なんの脈絡もなく「好きな人には、ちゃんと好きって伝えなさい」。Aqua Timezみたいなことを言ってくれた。
あまりにもいろんな経験をしてきているじーちゃん。何があったのかは知らないけど、きっと何か思うことがあったのかも知れない。90歳近くにもなって、こんなことを真正面から伝えてくれて、なんだか異常に心に沁みた。
そして、繰り返し「人生で最も大事なものは友達だ」とも言っていた。「70歳を過ぎてからの人生をいかに楽しめるかで人生の勝ち負け決まるぞ。そのために1番大事なものは友達だ。」と。たしかにじーちゃんは信じられないくらい友達が多い。Facebookでもじーちゃんがポストすればすぐに何十人ものじーちゃんを慕う仲間たちからコメントが集まってくる。友達は大事にしなさい、と僕ら3人に向けて発してくれた言葉が、これまた胸にぐさっと突き刺さった。
帰り際に、じーちゃんが大事にしていたマジック道具を3人にプレゼントしてくれた。
「持って帰りやー」と簡単にくれたし、正直もらっても使い所ないなぁなんて思いながら受け取ったけど、自宅に着いて、そのトランプを見ていたら思っていたよりもかなりボロボロで笑ってしまった。
きっと何回も練習して、何回も人に披露した、思い出の手品用トランプなんだろうな。何人もの仲間たちに囲まれて得意げに披露するじーちゃんが目に浮かぶ。あれほど目立ちたがりのじーちゃんだ。拍手喝采の中、気持ちよさそうに笑っていたんだろうな。
…すげー大事なものだったんじゃないかな。このトランプ。
もしかしたら、これも爺ちゃんにとっての覚悟なのかも知れないな。あれだけ楽しんだ、大事な大事な人生の整理の一貫なのかも知れない。
正直、友達2人にとっても初めて会ったじーさんからボロボロのトランプをもらったって使い所ないと思う。
「遠慮しておきます」「そんな大事なものもらえないです」いくらでも断り文句は思いつく。
でも、心の底から嬉しそうに、満面の笑顔で、「いいんですか!?ありがとうございます!これ猛練習して友達に披露します!」なんて気の利いたことを言えるやつが友達でほんとに良かった。じーちゃん、めっちゃ嬉しそうだったな。
ピンピンコロリが1番いい。コロナなんて怖くない。いつでも来てくれ。死ぬ準備はできてる。いざメモ(=いざというときのメモ)も残した。死ぬ時は笑顔でこう言ってやる。「あっちで待ってるぜ」って。
じーちゃんのひとことひとことがなんだか無性にかっこよかった。
じーちゃんばーちゃんがいつ死ぬかなんてわからない。きっと、そう長くない。
でも、今の俺ができる一番の祖父母孝行はできたんじゃないかな。
自慢のじーちゃんばーちゃん、ありがとう。
そんで自慢の友達、ありがとう。
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