乗り越すか?!

最近出張がとみに増えた。出張自体は現地のおいしい食べ物にありつけるので大好きなのだが、怖いのは新幹線だ。何が怖いって、うっかりウトウトしてしまったら、目的の駅を乗り越してしまうかもしれないのだ!

新幹線の困ったところは、在来線と違ってリカバリがまったくきかないことである。もしも乗り越してしまったら、次の駅まで下手したら1時間以上密室にとじこめられる。京都から新大阪くらいだったらまだいいが、その先まで行ってしまったら・・・と考えるだにぞっとする。

(時に、乗り越す時というのは、どうして降りるべき駅でドアが閉まった瞬間に目が覚めるのだろうか。この現象には学術的な名前があると思うので、知っていたらどなたか教えてほしい。)

さて今日はというと、目的地は京都。出張のスケジュールもなかなかタイトで、かつ、ぼくが持ち運ぶ手はずになっていた資材があったので、遅刻することは万に一つも許されなかった。もしもそんなことをしでかしたら、(もしかしたら物理的に)吊るしあげられることは必至だし、明日からぼくの机はないかもしれない。

そんなこんなで、朝一の便であったにもかかわらず極度の緊張を強いられたぼくは、新幹線の中でゆっくり本を読むこともできず、ただただ降りそびれないかだけに集中し、しかしどうにか京都駅まで眠らずに過ごし、無事に任務を全うしたのだった。

夜はおいしい京料理を楽しんだ。顔を赤くして上機嫌の上司とホームで別れ、ほとんど終電の京都発のぞみに、お土産を買ってふくらんだ荷物を抱えて乗り込むと、ぼくが座るはずの座席に知らない女性が座っていた。しかもテーブルに突っ伏して眠っているじゃないか。やれやれ、困ったな。席を間違っているな、と思った。念入りにもう一度、手元の切符と乗っている号車、座席番号を見比べる。5号車15のA。やっぱり、ここがぼくの席だ。

へんにトラブルになっても仕方ないので、本当なら乗務員さんに声をかけたかったのだが、あいにく近くにはいなかった。ぼくは腹を括って、女性の肩を叩いた。

「失礼ですが、席をお間違えではありませんか」

女性は寝ぼけ眼で、なにをいっているの、という顔をした。ぼくの発した言葉の意味を掴むのに数秒要したようだったが、すぐにそんなはずはない、というような表情でかばんを探りはじめた。ぼくは、いや、私が間違っていたら大変申し訳ありません、と付け足した。

切符を取り出すと、確かにそこには5号車15のAと印字されていた。一瞬おや、と思ったが、よく見ると区間がたった今発車してしまったばかりの京都駅まで! ぼくは、やってしまった!と思った。「いま京都を出ちゃいましたよ」女性はまた少し現状理解に時間をかけたが、すぐに青ざめて事態を把握したようだった。「すみません、すぐにどきます」ああ、余計な考えをあれこれ巡らせずにすぐに話しかけていれば、もしかしたらドアが閉まる前に気づかせてあげられたかもしれないのに! ぼくは午前中、あれだけ心配していたのに他人に同じ事象がおこる発想を切符を見る瞬間まで全くしなかった自分を呪った。

女性は手際よく荷物をまとめると、席を譲ってくれた。ぼくは「申し訳ない、お気をつけて」というなんとも気の利かない言葉をかけるだけで精一杯だった。

京都を出てしまうと、次は名古屋だ。そこからまた引き返さなければならない彼女を気の毒に思った。そもそもこんな遅い時間に引き返す電車はあっただろうか。無事に家に帰れただろうか。

ぼくはひとしきり反省した後、今度は終点だからいいか、と東京まで少しの間、深い眠りにつくのであった。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?