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2020.08.09

昨日書いたエピソードを、遅ればせながらの誕生日のお祝いとともに父親に送ったところ、「覚えていない」とのことだった。

しかし、この「雨ニモマケズ」をもともと彼の父(ぼくの祖父)から教わったという良い話をもらった。宮沢賢治と同じく教育者だった祖父にとっても大事な一篇だったのだろう。

思えば、かなり教育者の血が濃い家系である。父方母方両方の祖父、そして父の姉夫妻(叔父・叔母)、そしてその子供二人(従兄妹)が教師だ。祖父の兄弟にもいた気がする。

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1950年5月13日。ロンドンから北西に約100キロほどにある、第二次世界大戦の際に使用された飛行場を改修したシルバーストーン・サーキットという場所で、「世界で一番早い車と運転手を決める」ことを目的にF1=フォーミュラ1は産声を上げた。

それから70年。これまでに1023戦のレースを775人のドライバーと163の製造者たちが駆け抜けてきた。そんな歴史を祝福する、その名も「70周年記念グランプリ」が開催された(こんなネーミングになったのはCOVID-19のおパンデミックによって不規則なスケジュールとなり、シルバーストーンでの2週連続開催となったためにダブりを避けた結果である)。

今年もまた絶対王者=メルセデスの独壇場になりそうだ、というのが開幕4戦を終えた時点での大方の見方だった。予選では1秒近くの大差をつけ、レースでも他を寄せ付けぬ強さと速さを見せる。ここ数年いい勝負を続けてきたフェラーリはマシン開発の失敗によって中団争いに沈み、レッドブル・ホンダもメルセデスに斬りかかるほどの速さは持ち合わせていなかった。

レッドブル・ホンダのエースを担う22歳のオランダ人=マックス・フェルスタッペンはそんな状況の中で、ある意味「ライバル不在」のシーズンを送っている。ドライバーの能力としてはチームメイトのアレックス・アルボンを遥かにしのぐものの、マシンのポテンシャル的にメルセデスの2台にはどうしても敵わない。彼は予選でも決勝でも「3位」が定位置になりつつあった。

そんな彼のポジションを象徴していたのが、先週末に同じ場所で行われていたイギリスGPのレース中、3位走行中にマックスがチームに向けて送った無線メッセージだ。

Remember to drink, did you remember to drink?
(水分補給を忘れないでね!)

ドライバーに対して水分補給をリマインドするのはチームの仕事である。しかし前方にも後方も大きなギャップが広がっていた彼は暇を持て余し、彼は担当エンジニアの熱中症を心配するというジョークを飛ばす余裕すらあったのだ。パンデミックによるイレギュラーな開催タイミングもあり、30度を超える高温の中でのレースだった。

しかしその高温で音を上げたのは、人間ではなくタイヤの方だった。レース終盤、1位と2位を走るメルセデス勢に相次いでタイヤ・トラブルが発生。マックスにとっては絶好のチャンス…かと思われたが、チームの判断によって安全策を取り、タイヤを交換。惜しくも優勝を逃した。

それから1週間。同じ場所・同じ気象条件で再び行われる今週末のレースに向けて、レッドブル・ホンダは最強メルセデスの牙城を崩すため、実に練り込まれた「台本」を持ってこの週末に望んだ。

あくまで日曜のレースに焦点を絞ったセッティングに注力したのだろう、土曜日の予選では4位。しかしメルセデスとは違う種類のタイヤでのスタート権を勝ち取った。

そして迎えた今日の決勝。その「台本」を主演のマックスは見事に演じきった。再びタイヤの摩耗に苦しむメルセデスを尻目に、マックスは一人でメルセデスの2台を相手にしながらも、常に戦略の上で優位な立場でレースを進め、レースの大半で先頭を走った。そして、マックスはレースも大詰めという場面でまたも、チームに無線でメッセージを送った。

Did you hydrate during the race? You must have some sweaty hands as well, so don't forget to sanitize!
(レース中に水分取った?あと、手汗もひどいだろうから、忘れずに消毒しておいてね!)

先週と同じく余裕綽々ゆえのジョークである。だが、先週は「余裕で3位」の余裕であり、それは敗北を甘んじて受け入れる「諦め」からくる余裕であった。しかし今週はどうだろう。それは完全にレースをコントロールした「支配者」の余裕であった。

そして、この無線は完璧な「台本」を演じきったマックスによる、チームに対する、そして自宅でこのレースを見ているファンたち(サーキットには観客はいないのだから)にたいするサービス精神だと受け取った。この演者は紛うことなきスターだった。

マックスを乗せたレッドブルRB16は、2位のルイス・ハミルトンに11票の差をつけて、1位でゴール・ラインを走り抜けた。

「スポーツとは筋書きのないドラマである」とはよく言ったものだが、それは少し違う。各々のプレイヤーたちが各々の筋書きを持ち寄り、それが干渉しあって生まれるドラマである。レッドブルは今週末最も優れた「台本」を用意して、それをスターであるマックスに託した。マックスはその期待に、素晴らしいタイヤ・マネジメントとサーヴィス精神で応えてみせた。

20年代の幕開け、そして70周年という節目で、次世代の旗手=マックスがトロフィーを手にしたことで、新たなドラマのシーズンが始まった…というのは少し出来すぎのような気もするが、歴史は時にこういう偶然を好むものなのだ。

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