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2023.1.14

楠みちはる『湾岸MIDNIGHT』全42巻を読んだ。

解体所に転がっていた「フェアレディS30Z」。何やらいわくありげなこの車にすっかり魅せられるアキオ。過去、この「悪魔のZ」と渡り合ったポルシェ、「ブラックバード」。伝説が伝説をよび、2台の熱い闘いが新たに始まる……。車をこよなく愛する男たちの姿を描いた湾岸ストーリー。

『頭文字D』と並ぶ、車マンガの2大巨頭である。もちろん存在自体は知っていたし、ゲーセンにあるアーケードゲームも自分のカードを作ってそれなりにやり込んでいた時期もある(愛車は700馬力のFD3Sでした)。あと、中学生くらいのときに、走り屋を主人公にしたオリジナル小説を書こうとして1ページで挫折したことがあるのだけれど、主人公が愛車を事故で廃車にしてしまい、解体屋である車と出会い…という始まりは完全に『湾岸MIDNIGHT』のパクリだった。

というわけで、この作品自体は知っていたのに、なぜこれまで読んだことがなかったのかというと、それはこのマンガがちょっと変わった構造になっているからだと思う。

車マンガの王道はやはり『サーキットの狼』や『頭文字D』、あるいは『capeta』(ちゃんと読んだことないけど)のように、非力なマシンを駆る主人公がその走りのテクを武器にライバルたちを倒していき、どんどんステップアップしていく…というストーリーだ。

『頭文字D』

パワーの差をテクニックだけでひっくり返すというドラマチックさ、そしてそのテクニックをバトル漫画における「必殺技」のように描けること(「溝落とし」「慣性ドリフト」「幻の多角形コーナリング」など)、そして徐々に強いライバルが続々登場するという少年漫画の王道に則っていることから、これらのマンガはわかりやすく面白いし、広い読者に楽しまれる余地があるだろう。

これに対し『湾岸MIDNIGHT』はどうなのかというと、主人公が乗る車は「悪魔のZ」と呼ばれる伝説の車で、そもそもが圧倒的パワー・速さを持っている。また、主人公はこの車と出会い首都高を走り始めるわけだが、そこでテクニックを磨く「特訓」的なパートも特に描かれず、気がついたらそれなりに走れるようになっている。

主人公が首都高の頂点を目指して勝ち進んでいく、という話でもない。なんなら主人公と準主人公的存在である「ブラックバード」の二人が首都高の頂点にすでにいて、そこに代わる代わる挑戦者が現れる、という作り。物語は「マサキ編」「イシダ編」と、挑戦者の名前で区切られていく。そして基本的に主人公が勝つ。負けた悔しさをバネに、みたいなドラマはない。

作中であれだけトラクション(加速力)の話をしているのに、この物語には推進力というものがはっきり欠落しているのである。さらに途中からは主人公がライバルのマシンの改造やセットアップにも協力するようになり、もはや対立構造自体が希薄になっていく。ほとほと奇妙なつくりの物語である。

ではこのマンガが面白くないかというと、そういうわけでもない。終盤にかけてどんどん失速していく感はあるが(特に続編の『湾岸ミッドナイト C1ランナー』は読まなくても良かったな、と思った)、前半は特に挑戦者達(敗者達)が背負っている物語にコクがあって、彼らの負け姿にグッと来る部分がある。特に妻子を顧みず再び走りの舞台に上がってしまう平本洸一という男を描く「平本編」、亡き父の影を追う相沢ケイという青年を描く「ケイ編」がいい。

平本編
ケイ編

走りの場面の描き方も独特で、走っている当事者たちの心の声が「ポエム」と形容される形で書かれるのと同時に、その場にはいないチューナーや同乗者たちが技術的なことも含めた解説をする。

この「ポエム」というのがこの作品の肝とも言える部分で、要はこのマンガでは走りのテクニックというのは二の次で、車とドライバーの一体感というものが最重要視されている。要はゴリゴリの精神論で、スピリチュアルなのだ。後半にかけてはだんだんこの色が薄れていく(車の誕生の背景や技術的な話がだんだん増えてくる)というのも、失速の原因かもしれない。

『頭文字D』の舞台である峠と違い、速度域が高い首都高というステージはどうしてもマシンの性能が物を言う。だから、物語を作るにはその人が走る理由や、その中で何を考えているのかという精神世界を描き込む必要があったのだろう(チューニングにかかる金や時間をしっかり描いているのも特徴で、登場人物の仕事やバイトの場面が多く描かれる)。

このコマ、何回出てくるかわからない

『頭文字D』との違いをもう一つ上げるとすれば、公道上でのバトル、そして車の改造といった行為の「違法性」「異常性」にもしっかり目を向けている点だ。『頭文字D』のバトルは(勝手に、ではあるが)一般車両の通行を止めた上で行われている。プロジェクトDもまるでプロのレースチームのように機能している。その一方で『湾岸ミッドナイト』では、もちろん首都高の一般車を止めることなどできないわけで、一般車をすり抜けながら250km/hオーバーで競争をくりひろげる行為を、はっきりと異常なものとして描き、清濁併せ呑む感性をもっている。

一直線に進まないストーリー、登場人物の精神世界を深くえぐり取る描写、これはこの年になってから読んでよかったなと思った。これを子供の頃読んでいてもよくわからなかったんじゃないかな。良くも悪くも「大人向け」の車マンガだと思った。

あと、『頭文字D』では「失敗作」と切り捨てられていたR33型GT-Rが活躍していたり、これまた全然人気のないZ31・Z32型フェアレディZがしっかり登場しているのは嬉しい限り。

車マンガって探してみると意外とあるもので、他にも色々読んでみたいかも。昔どっかの図書館でちょっとだけ読んだ『ガッデム』というラリー漫画が面白かった記憶がある。また読みたいな。あと『capeta』と『サーキットの狼』は最初の数巻しか実は読んだことがない。というか、『頭文字D』ですら実は原作漫画は読んだことがない(アニメ版を全部見た)。

その作者・しげの秀一が今連載している『MFゴースト』が今年アニメ化されるらしいので、それは見ようかな。

なんかぼく、思ってたよりまだまだ車が好きみたい。

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