2023.7.22

バッドデイがあれば、グッドデイもある(仲間とともに)

パリ・シャンゼリゼ通りでのフィニッシュを迎える最終ステージを翌日に控えたツール・ド・フランス2023、第20ステージ。6つの山岳を越える最後の山岳ステージは、実質な最終順位を決する日であるとともに、この3週間の物語の最終章だ。

そう、スポーツには物語がある。日々の鍛錬の結果であり、その積み重ねとしての個人の能力、それらが束ねられたチームの能力、そしてつまるところ物理法則の結果が連なったものにすぎないスポーツの結果から、わたしたちは何故か、「物語」を紡いでしまう。

例えば、今日最後から2つ目の1級山岳の山頂に、単独先頭で向かっていくティボー・ピノの姿は、この日のレースの一場面としてみれば、逃げを打った先頭集団から抜け出した一人のライダーが、無理を承知でかけたアタック(事実、最後の山岳では後続に吸収されていった)でしかなかったはずだ。しかし我々は、彼が誰よりも母国フランスのファンに愛されたライダーの一人であること、そしてこれが彼の最後のツール・ド・フランスであることを知っているがために、熱烈なファンたちの壁(文字通り、壁である)に囲まれながら山頂に向かう彼の姿に、思わず涙腺を緩めずにはいられないのだ。

そして、今大会我々が最も楽しみにしていた「物語」が、ヴィンゲゴーvs.ポガチャルの一騎打ちである。22年のツールでヴィンゲゴーは、チーム(ユンボ・ヴィズマ)の戦略の鮮やかさもあって21年、20年のチャンピオンであるポガチャルを下した。今年はその再戦、というわけだ。

今年春の落車による手首骨折からの復調具合が心配されていたポガチャルだが、ツール中盤まではそんなことを感じさせないパフォーマンスで、一度は1分近くまで開いたヴィンゲゴーとの差をジリジリと詰めていた。

転機となったのは2度めの休息日明け、第16ステージの個人タイムトライアルだった。最後から2番めの出走となったポガチャルはそれまでのトップタイムを更新するペースで走ったのだが、それに続いたヴィンゲゴーはまさに「殺気」と言う言葉がふさわしいキレッキレの走りを見せ、ここで1分38秒という大きな大きなタイム差を稼いでしまった。

1分半、半ば決定的な差である。「でも、ポガチャルのことだから、またどこかで爆発的な走りを見せ、差を縮めることもあるのでは…」と誰もが内心、どこかこの二人の戦いという「物語」を諦めきれずに抱いていた希望は、よく第17ステージで打ち砕かれることになる。

獲得標高5000m超え、最大勾配は24%という「クイーンステージ」(日程の中で最大難度のステージ)。ポガチャルが逆転する可能性があるのならここしかなかった。しかし、最後の上りの中腹、ポガチャルはあえなく失速していく。

3週間もあれば、人間誰しも「なんだか調子が悪いなあ」という日が1日はあるだろう。それをロードレース界では「バッドデイ」と表現するのだが、ポガチャルにとっては最悪のタイミングでそれが訪れてしまった。結果、彼はこの日ヴィンゲゴーに対して7分以上の遅れを取った。これは流石に決定的な差だった。この日、ヴィンゲゴーvs.ポガチャルという今ツールの「物語」は終幕を迎えたのである。

しかし思えば、これは新たな物語の始まりだったように思える。自らの不調を察し、悲痛な声で「ごめん、もう無理になってしまった」とチーム(UAE)に無線を入れるポガチャル。そんな彼にずっと付き添い、ゴールまで引き上げたアシストのマルク・ソレル。そしてポガチャルはゴール直後にセカンド・エースである同僚=アダム・イェーツの総合順位を気にかけ、大ベテランのアシスト=ラファウ・マイカは茫然自失のポガチャルに「心配するな。たかが自転車だ」と声をかけた。

昨年のツールでは、ヴィンゲゴー要するユンボ・ヴィズマに対して「チーム力」に欠け、ポガチャル一人vs.ユンボの面々、といったような図式だったように感じられた。山岳でも最後まで1枚、2枚のアシストを残しているユンボに対し、UAEはそれができていなかった。それが今年のツールでは、ユンボと同等とまでは言わないまでも、きちんとUAEも「チームとして」戦えている印象があった。そのように、もう一つの物語の萌芽が見えかけていたところに絶対的エースの「バッドデイ」、しかしその逆境は、物語の格好の始まりの舞台となったのだ。

そして迎えた今日の第20ステージ。先にも述べたように最後の山岳ステージだ。「ステージ優勝を狙う」と明言していた通り、ポガチャルは最後の上りで先頭に立つと、きちんとアシスト(アダム)を発射台としてスプリント。見事にステージ優勝をもぎ取った。その瞬間、いつもの彼よりも感情を爆発させるように、まさに「吠え」ながらフィニッシュラインを駆け抜けた。

総合順位では負けたが、負けたままでは終わらない。そこには個人的なモチベーションもあったはずだが、チームのため、という気持ちもあったはずだ。もう、我々はそういう物語を紡ぎ始めてしまった。フィニッシュ後にアダムやマイカと抱き合うポガチャル。バッドデイもグッドデイも仲間と分かち合う。「チームUAEの物語」はこれから更に面白くなるんじゃないか、と思わずにはいられないのだ。そしてその先には「ヴィンゲゴーvs.ポガチャル」の再再戦、いや、「ユンボvs.UAE」というなんとも面白そうな物語が見えてくる。来年の夏の話をするには、まだ早すぎるが。

ラファウ・マイカの投稿。「スポーツに"失敗"というものはないんだ」という発言が話題となったバスケットボール選手、ヤニス・アデトクンボの言葉を引用。

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