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Weekly Music Review #1: Popcaan 『FIXTAPE』

 さて、始まってしまったこのコーナー。初回ということで、このコーナーは何を目的として、誰のために書かれるものなのかを明らかにしておきたい。
 基本的に、これはぼくが「週に1度、音楽についてのまとまった文章を書く」ことを目標に始めた自己中心的な連載である。毎週金曜日更新。取り上げるものは原則、前々週の金曜から前週の金曜までに発表された音楽作品の中から10作程度に絞り込み、そこからランダムに選ばれたものとする(この形式はライムスター宇多丸が毎週ラジオで行っている映画評のコーナーから拝借した)。
 書かれる内容については、どうしても取り上げる作品によって変わってくることになるだろう。その理由を説明する前に、この文章が誰のために書かれるものであるかもはっきりさせなければなるまい。上に述べたようにこれはぼくが個人的な目的のために書く文章である。よって、特にここから広く読まれるようになりたい、というモチベーションは(少なくとも今のところは)ない。このnote自体個人的なアカウントにしか紐付いていないわけで、知人(の中でも限られた人数)にしかリーチしないだろう。だから、ここに文章を書いているのは別に音楽ライターでも音楽評論家でもなく、いち音楽愛好家、いち友人・知人としてのぼくである。
 書く内容については取り上げる作品によって変わってくる、というのはそういうことである。比較的メジャーな作品については多くの人が共有している前提知識をもとに話をすすめることができるだろうが、多くの場合そういうわけにもいかないだろう。よってジャンルやアーティストについての説明を前半に挟むことにはなると思う。だからといって単なる「紹介」に終わってしまってはよくないので、それを踏まえた「評価」というところまで毎回持っていければな、とは思っている。
 点数をつけようかな、とも思ったが、現時点ではやめておくことにする(音楽に点数をつけるということの是非、という点ではぼくは断然肯定派ではあるのだが)。
 以上がこの連載についての大まかな説明である。ただ、なにせ始まったばかりの試みなので今後随時かたちが変わっていくだろうとは思う。
 それでは第1回、取り上げるのは現行ダンスホール・レゲエの一大スター、ポップカーンの新作ミックステープ、『FIXTAPE』である。

ダンスホール・レゲエとは

 ジャマイカ産のポピュラー音楽=レゲエ自体、日本ではあまり馴染みのない音楽ジャンルであると言える。しかし、ダンスホール・レゲエと呼ばれるジャンルはヒップホップやR&Bとブレンドされることによって、実は知らないうちにそのサウンドに触れているという場合が多いと思う。あの湘南乃風も、曲によってはダンスホール・レゲエであると言えるはずだ。
 その成り立ちはヒップホップと非常によく似ている(ヒップホップの生みの親、クール・ハークもジャマイカからの移民である)。生バンドによる演奏をDJによるレコード・プレイに置き換え、その上でディージェイ(レゲエでは歌い手のことをこう呼ぶ)が即興で言葉を紡いだのがその原始的形態である。同じ「レゲエ」というくくりで呼ばれてはいるものの、ボブ・マーリーを始めとするいわゆる「ルーツ・レゲエ」とはほぼ別物といっていい。
 ジャスティン・ビーバー ”Sorry” 、リアーナの ”Work” 、そして同曲にも参加しているドレイクによる ”One Dance” が大ヒットした2015~16年ころから、このダンスホール・レゲエはアメリカのポップスに借用――見方を変えれば「盗用」――され、その後のレゲトン、ラテン・トラップ、アフロビートの流行と共に、ヒットチャートの「多国籍化」を進めることとなった。

 そんな中、もちろん本国ジャマイカからも世界的な注目を集めるアーティストが多くでてきているわけだが、それを代表する存在と言ってもいいのが今回取り上げるポップカーンである。そして彼をフックアップしているのが他ならぬ、上記 ”Work” でダンスホールを大ヒットさせた張本人、ドレイクだ。

ドレイクとOVO Sound

 ポップカーンは自ら ”Unruly” と呼ばれるクルー(レーベル?)を率いているが、同時にドレイク主宰のレーベル=OVO Soundと契約を結んでいる。昨年末に発表したミックステープ『Vanquish』がOVOからの第一弾となった。
 今回の『FIXTAPE』にはドレイクが参加している楽曲が2つあり、公式にリリースされた楽曲での共演はこれが初めてとなる。さらに同じくOVOのレーベルメイトで売れっ子R&BシンガーのPARTYNEXTDOOR(カナダ人だがジャマイカ系の移民を母に持つ)も参加していて、ちょっとしたアメリカ市場への目配せめいたものが感じられたりもする。
 このドレイク自身、最近のシングル ”Only You Freestyle” や ”War” において、アメリカからイギリスにわたったヒップホップのサブ・ジャンル「ドリル」を取り入れたり、前者ではアラビア語のラインがあったり、今回のポップカーンへの客演では「パトワ」と呼ばれるジャマイカ訛り風ののアクセントを試したりと、まあ言ってしまえば節操のない人である。まるでカメレオンみたいにいろんなジャンルを横断しつつ、それぞれ一定以上のクオリティを保ち続けていることは驚きに値する。が、それゆえに「文化の盗用」と批判されることも多く、事実ダンスホール・シーンからもMavadoが積極的にドレイクをディスっている。

 このMavadoはもともとポップカーンの恩師でもあるVybz Kartelともいざこざがあった人で、その後もポップカーンとバチバチやってたりする。だからドレイクにかみつくのは一種必然ともいえるかもしれない。
 ジャンルの話、所属レーベルの話と本筋ではない部分が続いてしまったが、いよいよ本題に入りたい。

ジャマイカン・ポピュラー・ミュージックの「大使」

 ポップカーンはこれまでのキャリアにおいてもジャマイカ国内、レゲエ・シーン内にとどまることない活躍を見せ、ダンスホール・レゲエのオーディエンスの拡大に一役買っている。これまでにSnoop DoggPusha TJamie xxGorrilazなどの楽曲にゲスト参加した経験を持つ。米メディア=ピッチフォークでは、出世作『Where We Come From』(2014年)評の中でこのように書かれている。

....connect dancehall with an American pop audience that hasn’t seen an actual dancehall artist on the pop charts in years.
…長い間、本物のダンスホール・アーティストがチャート・インしてこなかったアメリカのポピュラー音楽のオーディエンスとダンスホールをつなげる役割(を果たした)。

 そのような役割を担うに至った理由だが、その評の中ではこう書かれている。

He’s a lover, not a gangster, and it’s an impressively broad kind of love that he’s putting out. Where We Come From is a party, and everyone’s invited.
彼はラヴァ―であって、ギャングスターではない。彼はありとあらゆる種類の愛を放出している。『Where We Come From』はパーティーであり、誰であっても拒まれることはないのである。

 彼の持つピースな雰囲気が、しばしば暴力的な歌詞やマチズモ、ミソジニー、ホモフォビアといったネガティヴなトピックが付きまとうダンスホール・シーンの中では特別なものであったのかもしれない(この辺りはぼくもダンスホールに精通しているわけではないので憶測です…)。もちろん歌い手としての才能もあって、彼の魅力的なハイトーン・ヴォイスには第一級の輝きがある。
 そういった活躍がドレイクの目に留まり、OVO Soundと契約を結んだポップカーンがOVOからの第2弾としてリリースしたこの『FIXTAPE』は、第1弾『Vanquish』に比べると気合の入り方が一段違うように感じる。OVO勢が制作に深くかかわっていて、彼をレーベル一丸となってサポートしようという気概すら感じられる。
 何といってもドレイクとPARTYNEXTDOORが参加している ”TWIST & TURN” が本作のハイライトであろう。

 これまたOVO Sound所属のR&Bデュオ=dvsnの片割れ、Nineteen85が手がけたトラックは、リズムの部分にこそカリブ海の香りが残っているものの、全体サウンドとしては最新型アンビエントR&Bである。そこにドレイク、ポップカーン、PARTYNEXTDOORが順番に歌声を乗せていくわけだが、これはもはやダンスホールなのか、という疑問すら頭をよぎる。しかし、ほぼ全編英語で歌われるこの曲(ほかの曲は「パトワ」で歌われることが多い)が、それでもどこかエキゾチックな雰囲気を持っているということは、やはりなにかどうしようもなく「ダンスホール」的なものがそこに残っているということなのだろう。また、ダンスホール畑からTommy Lee SpartaMasickaをゲストに迎えた ”UNDA DIRT” もまた、トラックだけ聞くとトラップの流れを汲んだ最近のヒップホップ・ビートそのままである。それでもやはりこの3人のフロウが乗るとどうしても「レゲエ感」が出る。
 それが何なのかはまだ言語化できていない。しかし、「耳馴染みはあるけども、それでもダンスホール」というのは、まさに上述した「ダンスホールとアメリカのオーディエンスをつなげる役割」そのものである。OVO Sound界隈の力を借りることによって、その役割はさらに強固になり、かつてない程に広い射程を持っている。”TWIST & TURN” は大ヒットのポテンシャルを秘めているし、その結果世界的大スターに上り詰める可能性だって大いにある。なんといっても親元はドレイクだし。

それでもストリートを忘れない

 そんなポップカーンだが、決して育ったストリートや自分のルーツを軽んじてはいない。
 じつはこの『FIXTAPE』には2ヴァージョンが存在する。SoundCloudには『YIY CHANGE FIXTAPE』と題されたミックスがアップされている。内容はApple Musicなどで聴ける正規版に加え、Dababy の “Rockstar” をはじめとする既存の楽曲のトラックの非公式リミックス(だから正規版には収録されないのだろう)が多数収録され、30曲以上、90分以上のノンストップミックスに仕上がっている(ミックスの流れを考慮して曲順も全然違う)。

 ポップカーンは2012年に『YIY CHANGE MIXTAPE』というミックステープをリリースしており、この作品によってシーンの注目を集めることとなった。OVOの面々もこのミックステープで彼の存在を知ったとか。そんな大きな転機となった作品の続編としてアップされたこのSoundCloudには、正規版とは異なり彼の出自となったコミュニティの存在が色濃く現れている。曲と曲の間には仲間内の会話と思われるスキット風の音声が挿入されていたり、いまは獄中にいる恩師=Vybz Kartelの声も収められている。正規版と比べると非常にアットホームな雰囲気だ。
 レゲエほどコミュニティの結束力の強いジャンルはないかもしれない。そんな中で、世界に向けて羽ばたきつつも自分の出発地点(『Where We Come From』)を忘れないことは大きな意味があるのだろう。そしてダンスホールをダンスホールのまま、世界中に届けるためには必要不可欠な姿勢とも言える。

まとめ

 ポップカーンの『FIXTAPE』は、これまでの活動の集大成であるとも言えるし、来たるべき世界的大活躍の第一歩であるとも言える。少なくとも前作『Vanquish』『Forever』といったアルバムと比べても格段にギアが違うように感じられるし、代表作とも言われている『Where We Come From』に勝るとも劣らない完成度であると言っていい。
 本文中では触れられなかったが冒頭の ”CHILL” のピースフルな雰囲気には抗いがたい高揚感があるし、ラテン風の生楽器をサンプリングした ”CANARY” はパーティで盛り上がること間違いなし、”BUZZ” のエレキ・ギターをモチーフにしたビートはチャレンジングでありながらアルバムの流れに見事にフィットしている。アルバム後半のゆったりした楽曲が並ぶ部分にも心が癒やされる。
 パトワは英語と似ているようでいて、語順も違えば語彙もかなり異なるためにあまり意味が取れず、歌詞の内容に踏み込んだ事は言えないのが残念だが、サウンドだけ取り出して聴いても十分に楽しめることは間違いない。レゲエ・シーンだけにとどまらない「開かれた」ポップ・ミュージックなので、多くの人に聞かれ、高く評価されるべき作品である。


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あ、あじっす
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