OHSU Family Medicine見学記

エモリーのことと直接は関係ないのだが、初休みを利用してOregon Health Science UniversityのDepartment of Family Medicine (オレゴン健康科学大学家庭医療科)を見学してきた。航空券代が1,000USD以上もして凹んだが、元は取れた気がする。フェイスブックにもレポートしたのだけれど、以下にまとめておく。

ファカルティ・ディベロプメント

Saultz教授のFDを聴講した。Family CircleFACESという家族を分析するツールの紹介など、自分が知らない内容がたくさんあった。こんなFDを受けられる環境はうらやましい…。

ナーシングホーム

初めに訪問したナーシングホームの入居者が中国人ばかりで驚いた。施設の経営方針でアジア系ばかり集めているとのことだったが、彼らは中国系アメリカ人の親で、老いた親を子供が呼び寄せたとのこと。移民って労働力人口だけが移動するものだと思っていたので、びっくりした。

ホスピス

そもそも米国におけるホスピスとは「疾患によらず余命6ヶ月以内と考えられるメディケア利用者が受けられる一連のケア」とのことで、定義が違った。ただ疾患によらずというのが曲者で、『生き延びてしまった』非癌患者へのホスピスベネフィットは定義上打ち切らなければならないわけだか、そうした高齢患者は相当虚弱なので、医師や当事者にとって重い決断になる。早期に財産分与をしてメディケイドに加入することで同様のケアを受けられるようにする人もいるらしい。不完全な制度の中で、皆必死にもがいている。

マタニティ・ケア

大学病院のマタニティ・ケアのチームにシャドーイングさせてもらった。FM指導医1名+FMレジ2名+ERレジのローテーター1名+医学生1名のチーム。GDMや絨毛羊膜炎など多少は合併症がある出産でも家庭医が管理できるよとのこと。米国では新生児敗血症の予測スコアを用いて、血培のみで経過観察するか抗菌薬投与を開始するか決めているらしい。

また家庭医が大学病院で帝王切開する権利を勝ち取った栗役者であるFields教授の話も伺った。米国の家庭医はレジデンシーでマタニティ・ケアのトレーニングを受けるが、卒後にやらない人もいるそうで「コーラはいつでもコーラの味がする。でも家庭医はやっていることがバラバラで、ブランドが確立していない」と嘆いていた。ちなみに家庭医がC/Sをおこなえるようになる要件として、① 手技、② 知識(C/Sの適応の判断)、③ オペ室でのリーダーシップを挙げていて、特に③はなるほどと思った。(恐らく)オペ室では上意下達なスタイルが求められ、家庭医の苦手をするところだ。

ナース・プラクティショナー

リッチモンド・クリニックというポートランド市内にある家庭医療科だけで運営されたクリニックでNPの診療を見学した。NP歴3年とのことだが、ほぼ独立して的確な診療をしていた。例えば…① 医者が処方した(苦笑)不要なスタチンを中止、② 偏頭痛予防にアミトリプチリンを処方し口渇にも対処、③ DV被害の既往がある慢性疼痛患者との関係構築、④ Pap smearや膣分泌液の検鏡、⑤ 手の蜂窩織炎のフォロー(化膿性屈筋腱炎を疑ってプリセプターにコンサルトしたが、違うんじゃないのって一蹴された苦笑)。よく訓練されたNPは、医者のよきパートナーになれると思った。

オピオイド乱用:話に聞いてはいたが、米国でのオピオイド乱用の酷さを垣間見た。しかも多くが医原性、つまり疼痛に対して医師が安易に処方したオピオイドに依存→ヘロイン依存になってしまっているのが悲しい。非癌性疼痛にオピオイドは一生出すまいと思った。また家庭医療科の病棟ではヤク中の妊婦も入院しており、COWSというスケールを用いてプルレノルフィンによる置換療法をおこなうか判断するとのことだった。日本ではこんなことはおきてほしくない。

医学教育

見学期間が短かったので何とも言えないが、確かにアメリカの医学生は日本の研修医と似たような立場にいるなということが感じた(処置などの医療行為はしないが)。またアメリカ人は元々プレゼンの基礎体力が高いのだ。だからペラペラ喋る。しかしよくよく聞いていると「新生児の心雑音はきっとPDAだから無視してOK」みたいなとんちんかんなことを言っていて、注意が必要だ。専門によって強み弱みがあるのは日本と同様で。救急レジデントによる「ヘロインのトキシドロームは…」みたいな話を、皆でフーンと聞いていた。

日米の家庭医の比較

米国の家庭医の方が(医学的に)多様な問題に対応していることは間違いない。日本の家庭医まだまだ昔からある一般内科だと思われている節があり、妊産婦や新生児の健康問題があまり持ち込まれない。ただ双方が対応できている問題や心理社会的問題については、診療の質は変わらないと思った。また在宅医療は日本が進んでいると思った。プライマリケアはその国の医療制度や疾病構造、歴史、文化などによって提供される形が変わるものだと思う。カバーしている医学的問題が広いからというだけでは、米国の家庭医療の方が優れているということはできないなと思った。


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