音楽ライブ配信のための映像撮影(今少し思うこと)

ジャズライブのように、比較的小規模のライブ配信が立ち上がり始めてから、半年以上が過ぎました。多くのお店が高価なカメラとビデオスイッチャーを導入し、それなりに凝った撮影をしてライブ配信をしています。

初めはちょっと物珍しかったライブ配信も、最近は当たり前になりました。視聴するほうも、見たい配信が増えてきて、少し投げ銭には疲れ気味なのかもしれません。このままでは、恐らく配信しても思ったほどの収入にはならず、かといって、配信を捨ててライブだけに注力しても、以前のような状況には戻ってくれないという状況もあるかと思います。


1.二つの方向性

このような状況の中で、小規模なライブの配信について、2つの方向性が生まれているように思います。

(A)  演奏を直接聴いてもらうのがライブなので、配信は、あくまでライブのお裾分けであったり、宣伝が目的である。したがって、その映像については、そこそこのレベルで良く、本当に良い音楽を体験したければ、お店に来て直接見て聴いてもらいたい。配信する事より、わざわざ来て聴きたくなるような音楽をライブで演奏する事が重要である。

(B)  どうしてもお店に来れない人々は居るので、その人たちに、少しでも演奏の良さ、演奏の作り出す世界を感じてもらいたい。こちらから出前して良い音楽を届ける目的の配信なので、少しでもライブの雰囲気を感じてもらえるよう、音も映像もさらに工夫して行きたい。

どちらが良いのかなんて比較する気持ちはさらさらなく、それぞれの状況で、皆さん最善を尽くしているのだと思いますし、両立させて行く事も可能でしょう。演奏を直接生で聴いてもらいたいという気持ちは、全てのミュージシャンに共通したものだと思います。

私は、当然 (B) の考え方の人たちをお手伝いしていますし、そういう考えの人が少しずつ増えてきているのは嬉しい事だと思っています。良い映像を目指す人たちと一緒に配信に取り組めるのは、楽しい事ですし、やっていて、とても勉強になります。


2.社会の変化

私が思うに、コロナによる社会の変化は、決して一時的なものではなく、社会が自律して正常化するためのトリガーに過ぎないと考えています。歓楽街の雑居ビルに数えきれないほど沢山のお店があり、その殆ど全てのお店がそれなりに潤っていた社会というのは、考えてみると、ちょっと異常だったのかもしれません。

毎晩のように徒党を組んで飲み歩く楽しさはあったのでしょうが、それを一旦取り上げられた所で、それは本当に必要だったんだろうかと、考えてみる機会をもらったように感じています。毎晩のようにライブをハシゴして歩いていた年配のリッチな人たちも、家族に止められて出かけられないというだけでなく、少し行き過ぎた生活に気付いたのかもしれません。

今、確実に、音楽の楽しみ方が変化を始めたと感じています。レストランに行って食事をする代わりに、美味しい料理をデリバリーしてもらって家で楽しむように、音楽もデリバリーしてもらって、家で楽しむ文化が産声を上げたのではないでしょうか。まだデリバリーまでいかなくても、都心のお店から地元のお店に目が向いてきているかもしれません。

コロナが悪いわけでも、行政や政治家が悪いわけでもなく、コロナ対応をきっかけとして、ちょっと行き過ぎた社会が、正常化しようとしているのではないでしょうか。もしコロナが無くても、いずれやってくる運命だったのではないかと考えています。


3.これからの社会

先の事は、正直私にもわかりませんが、若い時から長い間情報通信に関わってきた関係で、少し思う事があります。

情報通信ネットワークというのは、人間が出歩かなくても良い社会を作ろうとして発達してきました。今回のコロナの件で、情報通信ネットワークの価値が再認識されています。

人々は、行かなきゃいけないと思っていたオフィスも、実は行かなくてもそこそこ仕事ができる事に気付きました。時々会わなきゃいけないと思っていた人とも、リモート飲み会で一緒に盛り上がれる事を知りました。店に行って並ばないと食べられないと思っていた人気店の料理も、ネットで注文して簡単にデリバリーしてもらえるようになりました。

これまでは、あまり変化を好まない多くの人々の慣習が、情報通信ネットワークが目指していた社会の変化を堰き止めていました。情報通信ネットワークがどんどん発達してきたのに、人々は依然として会社に出勤し、直接人と会ったり、直接行って見たりする事を重視し、その生活は、あまり変化していませんでした。

しかし、コロナが、堰を切り、変化の引っ掛かりを外してしまったのです。社会は、情報通信ネットワークが目指していた方向に動き始めました。もう元に戻る事は無いでしょう。

そのうち、旅行だって、家で寝そべってバーチャル体験すれば、それで結構満足できる時代がやってきます。当然、それより先に、音楽ライブを家でバーチャル体験するのが当たり前の時代が来る筈です。

私は、VRには詳しくありませんが、現状のVR技術も、既に音楽を楽しむのには十分なレベルになっているのかもしれません。まだコストの問題がありそうですが、VRで音楽を楽しむ事が当たり前になる社会は、思ったより近いと思います。


4.今できる事

さて、VRなどは、まだちょっと夢物語にしておいて、あまり費用をかけずに、より良いライブ配信を行うためにできる事がないか考えてみます。当然、撮影側のスキルの改善が最初に来るのでしょうが、それ以外で何かできる事が無いか考えてみましょう。

(1)照明の工夫

音楽シーンに照明は欠かせないものであり、音楽と照明は、長いこと一緒に歩んできたと思います。大きなライブステージでは、照明が表現の大きな役割を担っている事は、皆さんも感じているでしょう。

ジャズなどの小規模なライブでも、一部のお店では、演奏中に照明の色や強さを変えて、照明の演出を加えたりしていると思いますが、一般的には、演奏中に照明を大きく変化させる事はしていないと思います。

リモートから色や明るさをコントロールできる照明に、一体どのくらい費用がかかるのか分かりませんし、そういう演出が必要なのか、賛否両論あるかと思います。まあ、ここでは、あまり費用のかからない事を考えましょう。

私は、照明の専門的な知識を持っていないのですが、ステージの照明を大雑把に考えると、4種類に分けられるかと思います。

(A) ステージ全体を広く照らす照明
(B) スポットライト
(C) 背景の壁を照らすライト(色付きのライトなど)
(D) ステージ正面の下から照らすライト

一般的には、(A)だけか(A)と(B)のお店が多いく、(C)があるお店は、ごく一部でしょう。(D)のライトのあるお店を私は知りませんが、探せばどこかにあるのかもしれません。

さて、観客がライブの世界に入り込むためには、明暗の差が少し大きい方が良いと考えています。少し暗いステージで、演奏者がスポットライトで浮かび上がる映像は、観客に深い印象を与え、音楽の世界に引き込みます。店内の観客に対しても、陰影の深い照明は、音楽を引き立ててくれると思います。

(A)の広角の照明が多ければ、できるだけ減らし、(B)のスポットライトを追加すると、映像の深みを増せると思います。スポットライトは、真上からでなく、少し前から照らさないと顔が影になります。特に、ギタリストは下を向くことが多いので、注意が必要です。

もし照明用のレールの位置が悪ければ、電球用のクリップ式ソケットを使って、スポットライトをスタンド等に固定しても良いと思います。

(C)のライトで、背景の色を変化させたりする演出は、音楽に追加の表現を与えますので、賛否両論あるかと思います。出演者との信頼関係を前提として使う必要があります。

(2)ステージの改善

改善と言うと大げさですが、何か工事をしろという訳ではありません。できる範囲で、次のような事を検討してみてください。

(A) 整理整頓

ステージに不要なものが無いのが理想ですが、実際は、店内のスペースの関係から、使わない機材や楽器が、ステージの隅に置かれていたりする状況が多いと思います。

店内で演奏を聴いている時には、あまり気にならないのですが、映像に映り込むと、つまらない物がすごく気になったりします。特に、金属でキラキラ光るものには注意が必要です。布をかけるなどして、できるだけ、ステージをすっきりした印象にしたいものです。

使っていないドラムやPA機材が背景に映り込んでいると、それがすごく良い印象だったりもしますので、ステージ上の物を全部片づけたり隠したりする必要は無いのですが、スタンドやケーブルなど、雑然とした感じのものは、すっきりさせた方が良いと思います。

(B) ピアノの角度

撮影時のカメラの配置を考える時、一番悩ましいのは、ピアノとピアニストの撮り方です。ステージ上で、ピアノは端に置かれていて、ピアノ本体が、ピアニストと他の演奏者を切り離してしまいます。

大抵の場合、ピアニストは、孤立した映像になり、映像的に他のメンバーとの一体感がなくなってしまいます。ピアノソロの時は、その方が良い場合もありますが、掛け合いになると、ちょっと残念な印象になってしまう事があります。

好みにもよりますが、私は、ピアニストを5度か10度位斜め後ろから撮るのが美しいと考えています。その角度で、少し広角にした場合に、他の演奏者が画角に入ってくれると理想的です。

ケースバイケースでありますが、ピアノの鍵盤が、ステージに直角になっていると、良い位置にカメラを配置できない事が多いので、可能な範囲で、ほんの少しピアノの角度を変えていただけると、ずっと映像が良くなるケースがあります。


(3)映像のスイッチング

映像の切り換えは、ビデオスイッチングを行う担当者の問題ですので、私の場合は、私自身の問題になります。

今行われているライブ配信では、映像の切り換えを、前後の映像がゆっくり混ざって入れ替わるクロスディゾルブで行っていると思います。多少切り換えタイミングがずれても違和感が生じませんし、無難な方法ですので、私も現状では、ほぼ100%クロスディゾルブを使っています。

ジャズやボサノバは、ゆったりした切り換えがよく合うので、今のところそれで違和感は無いのですが、これは本来の姿ではないなと思っています。

テレビの音楽番組でも、録画編集した音楽ビデオでも、映像の切り換えは、エフェクト無しで瞬時に映像が変わるカット切り換えが一般的です。クロスディゾルブは、特に印象付けるシーンでのみ使用されています。カット切り換えの流れの中に、突然クロスディゾルブが出てくるので、強い印象となるのです。

これは、主に私の反省ですが、今のライブ配信では、表現力の強いクロスディゾルブを多用してしまっているために、映像表現の自由度を失ってしまっています。どこかで、カット切り換え主体のスイッチングに移行しなければならないと感じています。

カメラのセッティングが早く終わった時など、リハーサル中にカット切り換えをちょっと試してみたりはするのですが、なかなか上手く行きません。録画編集の時には、あたりまえにやっている事なのですが、ライブになると、ビビッてしまって、良いタイミングでスイッチを押せないのです。

もっと若い人に期待した方が良いかもしれませんが、もうちょっと頑張ってみようと思います。


5.おわりに

今の小規模なライブ配信は、まだ緒に就いたばかり、赤ん坊がハイハイし始めたレベルだと思います。まだ機材や環境は未熟ですが、それでも、心のこもった音楽コンテンツをデリバリーする事を意識したいものです。

演出の強い映像や、奇をてらった映像ではなく、音楽の体験を実直に届ける映像が必要だと思います。レストランが、できるだけお店と同じ満足をデリバリーしようと努力しているように、音楽も、できるだけお店と同じ世界観をデリバリーできるよう、努力して行くべきなのです。私も、本当に力が足りずに情けない思いですが、音楽の灯を消さないために、自分にできる事を続けて行きたいと思います。

配信に関連した機材や人や技術が不足している中で、リアルタイムである事に拘る事が、コンテンツのレベルを下げてしまっているようにも感じています。現在の環境で、良い音楽コンテンツをデリバリーするという観点では、録画編集したコンテンツのほうが有利な面もあります。

リリースできるタイミングが遅くなる問題や、編集にかかる労力の問題がありますが、そこをなんとかスピードアップ&省力化できないか考えています。リアルタイム配信と録画編集との中間的なスタイルで、高品質なコンテンツをローコストでデリバリーできないか、今後研究してみたいと思っています。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?