素直

シューベルト - Fantasia in F minor, D.940(Op. posth. 103)

先日、ShowroomのCEO前田祐二さんの著書『メモの魔力』を読みました。
最近、どの本屋に行ってもベストセラーコーナーに飾ってあり、とても話題になっていますよね。同世代ということもあり、その活躍ぶりを拝見するたびに、「この人はどんな人なんだろう」と興味を抱いていたので、とてもわくわくしながら読み始めましたが、考えさせられることが非常に多く、とても素晴らしい本でした。
しかし、今日こうやってノートに書こうと思ったのは、本の内容そのものではなく、著者である前田さんから、私に大切なことをたくさん教えてくれた上司のことを思い出したからです。

本で書かれている前田さんがこれまでやってきたことは、目の前のことを「メモを取る、学びの本質を研ぎ澄ます、自分の行動に取り入れる」というとてもシンプルな行為で、少し乱暴に言ってしまえば、誰もがやろうと思えばすぐにできることです。しかし、案外、多くの人がやれていない。当然、私自身もです。その差はどこにあるんだろう。
本を読みながら、ずっとこのことを思いました。

情熱や貪欲さなどいろいろな要素があるとは思いますが、一番は、前田さん自身が本の中で振り返っているように、「普通の感覚では誰もがスルーしてしまう小さな事象でさえ、メモすることでアイデアになる」と素直に信じ、素直に学ぶ姿勢にあるのではないかと感じました。

そして思い出したのが、上司が何度も教えてくれた「どんな分野でも人一倍成長する人はみんな素直さを大事にしている」ということでした。今日は、このことについて書こうと思います。

「聞く耳」を持っていない自分に目を向けろ

社会人3年目の頃、私はある部署で新しく業務を担当していましたが、先輩社員がトレーナーとして付いていました。先輩は一生懸命教えてくださり、私も一生懸命学ぼうとしていましたが、なぜか先輩の言うことに矛盾が多く、なかなか理解できないことが多いように感じました。

例えば、私と議論する時は「A」が正しいと言っていたはずなのに、上司を交えて議論する時は、上司が「B」が正しいと言えば、すぐに「自分も上司と同じく『B』が正しいと思っている」と言うのです。その理由を聞いても、「私は最初からBが正しいと言っていたけど、君の理解が間違っていただけ」と言われ、ますます疑問が浮上しました。
「私にはAが正しいと言ったのに、上司の前ではBが正しいと言う事を変えているのは何故だろう」と、もやもやすることが多くなり、いつしか私は先輩のことがあまり信頼できなくなってしまいました。

そんなある日、その状況を見ていた上司が声をかけてくれました。「○○先輩の言うことがよく分からない」と率直に相談しました。てっきり、見方になってくれていると思い、慰めてもらう気満々でいたのですが、上司からはまったく予想外のコメントが返ってきました。

「相手の教え方を論じる前に、
『聞く耳』をもっていない自分に目を向けろ!」
「どういうことですか。」
「今の君は、本当のところは、○○君が言うことを理解しようとしていない。それよりも、『私はこう思うのに』、『何かが違うのではないか』など、自分の考えばかりに気をとられている。先ずは、そんな自分を見直し、素直に人の話を聞く習慣から身につけなさい。」

そして、上司は私にある記事を見せながら宿題を出してくれました。
「これを読んで、ここで学んだことを、そのままやってみろ!」

それは、スタジオジブリの鈴木敏夫さんの弟子であり、アニメプロデューサー石井朋彦さん(現・株式会社クラフター取締役)の記事でした。細かくは覚えていないですが、次のようなことが書かれてあったように思います。

厳しい倍率の面接を突破してジブリに入った石井さん。
しかし、入りたてのころ、周囲やお客様がジブリに求める作品より、自己流に走ってしまっていたり、自分の意見が全部正しいと思う余り、
周囲とうまくやっていけないと噂されていた。
そんな石井さんに鈴木さんは
「自分の意見を捨てろ。自分が何か言おうとしていると人の話が入ってこない。まずは人が言うことをノートに書き留めて読み返せ。」
とアドバイスした。

一切仕事を任せてもらえなかったので、
石井さんはとにかく言われた通りにやってみようと、どんな場面においても自分の意見を捨て、目の前の相手の意見に集中する訓練をしていた。
最初のうちは集中しようとしても、
ついつい反論したくなったりとうまくいかなかったが、
試行錯誤しながらその訓練をやり続けるうちに、
少しずつ周囲やお客様の声が頭の中に入ってくるようになった。
また、それまで自分にこだわるあまり視野が狭くなっていることにも
徐々に気付いていった。
人の意見から気づかされることが多く、
その視点を自分の作品に取り入れることで、また新たな変化が生まれた。
そこから、一気に仕事で成果が出始め、どんどん様々な作品のプロデュースを任せてもらえるようになった。
(*当時のことを石井さんは本として出版しています。
『自分を捨てる仕事術』WAVE出版)

相手が言いたいことは何だろう

当時、私はプライドも高く、どこかで「自分の意見がない=悪」だと勘違いしていたので、自分を捨てるという発想がとても衝撃でした。そして、先輩との問題を解決する上で何の意味があるのか、上司の意図が理解できず疑問に思いました。

一方で、とても慕っていた上司であり、きっと自分の為を思って言ってくれていることを分かっていましたので、とりあえず石井さんのように先ずは相手の言うことに集中する訓練をしてみることにしました。相手が言いたいことは何だろう。相手の真意はどこにあるんだろう。会議中にも、メールのやりとりでも、日頃のコミュニケーションにおいても、何度も何度も繰り返してこれらの質問を自分に問いかけました。

それでも、ついつい「でも、私はこう思うのに。」とか「なんか違う気がするんだけどなぁ」とかというふうに、すぐに自分の意見に走ってしまいそうな時も多々ありました。しかし、なるべくそういう自分の思いを排除し、先ずはフラットに先輩が教えてくれることを受け入れることに努めました。
よく分からないなぁと思うことがあれば、先輩の意図を何度も考えてみる。もしくは、なぜ先輩はそのように考えたのか質問する。

そうする内に不思議と、矛盾だらけに思えた先輩が言うことが理解できるようになり、徐々に「あ、こういうことが言いたかったのか」と気づき始めました。先輩とも「今お話したことは、つまり○○ということですよね?」「そうそう。」という会話が増え、以前は会議が終わればモヤモヤ感だけが残っていたのが、次のアクションも見えるようになりました。

また、上司を交えた会議でも、以前は「私にはAが正しいと言っていたのに、上司がBだと言えばすぐ話を変えて自分もBだと言う」と先輩に対して不満に思っていたのですが、上司と先輩の会話に良く耳を傾けてみると、Bは実はAとまったく異なる別の案というより、Aをさらに深堀した「A´」であることに気づきました。私が上司や先輩の意図をきちんと汲み取ろうとせず、浅い理解に留まっていた為、先輩が私と握っていたAとはまったく違うBという案を上司と議論しているように誤解していたのです。

素直な心を持てば、あらゆる物事が学びの種になる

そんな3カ月が過ぎ、そういった変化を上司に伝えると、上司は良い気づきだととても喜んでくれました。そして次のようなことを教えてくれました。

「人の成長は、もって生まれた才能や環境など
様々な要因に影響されるけど、とても重要なことが一つあるとすれば、
それは素直さである。
素直な心を持てば、世の中のあらゆる物事が学びの種になる。

私たちは、大人になればなるほど、好き嫌い、得意不得意、
こうなりたいという夢、これが大事といった価値観や、
自分を定義するものがはっきりしてくる。
これが、所謂「自分らしさ」というものになる。
この自分らしさは、本来とても素晴らしいことで、
一人の人間が尊厳を持って社会で生きていくうえで重要なことである。
一方で、自分らしさに固執し過ぎてしまっては、
常に「自分らしさ」を前提に、物事に接しようとするので、
他者や周囲で起きていることの本質が捉えにくくなったり、
とても良い学びの機会であるにも関わらず、無意識のうちに拒んでしまう。やがて、自分らしさが「壁」になって、成長を妨げてしまう。

これではとてももったいないこと。
自分らしさを強みとして大切にしつつも、常に素直な心で周りの人や物事に接し、新たな気づきや学びを得て自分に取り入れてみる。
そこからまた新しい「自分らしさ」が生まれる。
こういったことを通じて、人はいくつになっても、
止まらず成長し続けることができる。
どんな分野でも、成長し続ける一流は、実は皆、この素直さをとても大事にしている。例えば、松下幸之助さん。
生涯を通じて、どんな時も素直でいようと努力された。
著書を読んでもこのことがよく分かる。
君もぜひ、自分らしさとプライドを持ちながらも、
同時に素直さを身につけ、大きく成長してほしい。」

私の成長を願う上司の優しさが感じられ、とても心を打たれたのを今でも覚えています。それまでの自分は、「自分はこう思う」、「こうしたい」という確固たる何かを自分の中に確立しなければいけない、それが一人前の大人であり、成長だと思い続けていました。しかし、そうやっていつの間に自分で自分の成長に壁を作っていました。
そんな私に、志をもって一生懸命努力することで、会社のあらゆる役職で「最年少」を常にものにするほど実績をあげ、周りの尊敬と信頼を得ながらも、誰よりも素直に人の話に耳に傾け学んでいた上司の背中が、素直でいることの意味を物語ってくれました。
その日以来、私は、いくつになってどんなに経験が増えようとも、素直で謙虚な心を持って、生涯一生徒として生きようと思いました。

「素直な心になれば、おのずと、人といわず物といわず、また物事いっさいに対して、常に学ぶ心で相対するようになると思うのです。
人と話をすればその話の中から何らかのヒントを得るとか、
また何らかの物、たとえば路傍の草木を見てもその動きや姿の中から何かを感じるとか、日々これ勉強、学びである、
といったことにもなっていくのではないでしょうか。
要するに、素直な心になれば、
すべてに学ぶ心があらわれてくると思います。
いっさいに対して学ぶ心で接し、そしてつねに何らかの教えを得ようとする態度もうまれてくるでしょう。
素直な心になったならば、そのような謙虚さ、新鮮さ、積極さというようなものも現れてくるのではないかと思います。」
―松下幸之助ー

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