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♦︎ステンドグラス考

 ハイデルベルクの精霊教会に,広島の原爆をモチーフにしたステンドグラスがある(冒頭の写真参照).1984年にヨハネス・ストライターによって作成されたステンドグラスで,「物理学の窓」と呼ばれている.このステンドグラスには,聖書からの引用,アインシュタインの有名なエネルギーと質量の関係式 "E=mc²" ,そして広島に原爆が投下された1945年8月6日が刻まれている.1990年7月22-27日,ハイデルベルク大学で第5回国際プラスチネーション学会が開かれた.プラスチネーションというのは,ヒトの体または一部(内臓など)から水分と脂肪をアセトンなどで凍結置換し合成樹脂を浸透させて作られる標本,またその技術をいう.この学会には,養老孟司先生も出席されており,「精霊教会に広島の原爆をモチーフにしたステンドグラスがありますよ」と教えていただいたので,早速訪ねたのである.
 聖書からの引用は,マルティン・ルターによるドイツ語訳の新約聖書ペテロの第二の手紙 3:8-12と旧約聖書イザヤ書 54:10である.ペテロの第二の手紙 3:8-12,口語訳[1]では,「しかし,主の日は盗人のように襲って来る.その日には,天は大音響をたてて消え去り,天体は焼けてくずれ,地とその上に造り出されたものも,みな焼きつくされるであろう.」という内容で,まるで広島の原爆を予言するかのようである.ステンドグラスの下の方には,壊れた地球から真っ赤な溶岩が流れ出ているようなものが描かれている.ステンドグラスに書かれている文字は,独特のドイツ文字(フラクトゥールという装飾文字)で,すこぶるわかりにくい.苦労して調べていくと,und die Erde und die Werke とあるはずが,die Erde(地球)が抜けて,ただund die Werkeとなっているのである.間違っているのかと思いきや,意図されたものであることが分かった[2].原子爆弾の使用で地球上に造り出されたものの破壊がこのステンドグラスに表現されているという.しかし,die Erde(地球)を省くことによって,地球の終わりではないことを意味している.そして,聖書からの二つ目の引用が,旧約聖書イザヤ書 54:10である.口語訳[3]の「わがいつくしみはあなたから移ることなく、平安を与えるわが契約は動くことがない」へと続く.聖書からの二つの引用により,原子爆弾の使用で地球上に造り出されたものの破壊があったが,これは地球の終わりを意味するのではなく,将来にむけた平和への希望・可能性を示唆していると考えられる.なお,イザヤ書 54:10の冒頭の,「山が移り,丘が揺らぐこともあろう.」の部分は省かれていて,このステンドグラスには書かれていない.ステンドグラスの作成者であるヨハネス・ストライターの作品は,宗教的で哲学的,かつ,抽象的で神秘的でもある[4].このステンドグラスには不思議な点がいくつかあり,”E=mc²" の右横に,横になったキノコのようにもみえるものが描かれている.原爆のキノコ雲を象徴しているのか? これは少しこじつけかと思う.さらに,不思議なことに,聖書からの引用の文章が右に片寄っているのである.右に片寄っていることに関しては,私と同じ疑問を持たれている方もある[5].何か意図があるのだろう.
 ヨハネス・ストライターの作品は,英王立ロンドン病院(Whitechapel)の医学図書館にも見られる.1918-19年のインフルエンザのパンデミック(いわゆるスペイン風邪の世界的流行),ロンドン病院の歴史,胃腸病学,AIDS / HIV,医療倫理,医学診断,分子生物学,そしてジョセフ・メリック(エレファント・マン)がテーマになったステンドグラスである[6].これらのヨハネス・ストライターの作品を見ると,宗教的で哲学的,かつ,抽象的で神秘的であるという評が頷ける.なお,ジョセフ・メリック(エレファント・マン)は,骨格の変形と皮膚の異常な増殖を伴う疾患で,プロテウス症候群の可能性が高いと言われる.ロンドン病院で亡くなっており,骨格標本が病院内の博物館に保存されている[7].2011年,プロテウス症候群の原因遺伝子がAKT1と同定された.27歳の若さでこの世を去ったジョゼフ・メリックが,本当にプロテウス症候群だったかどうかを確かめるために同病院から骨格標本の一部が取り寄せられ,分析が行われた.しかし,抽出されたDNAは劣化が進んでおり,解析不能だったという[8]. 
 ステンドグラスというと,ノートルダム大聖堂のステンドグラスが有名である.特に,バラ窓(円花窓)のステンドグラスが人気がある.2019年4月15日夜(現地時間)の大規模な火災で,尖塔などが焼失してしまった.小さなバラ窓のステンドグラスは火災の熱で割れてしまったようである.なお,アインシュタインの E=mc²は,原子核分裂により莫大なエネルギーが発生する原子爆弾の開発のもとになったと言われるが,アインシュタインは原子爆弾を作る仕事には全くかかわっていない.ノートルダム大聖堂のステンドグラスとアインシュタイン(アインシュタイン塔,アインシュタインの脳,アインシュタインの夏の別荘カプートなど)については,拙著「ギターと散歩 ーよこ道,より道,まわり道ー」をみてください[9].

[1]https://ja.wikisource.org/wiki/ペテロの第二の手紙(口語訳)#3:10
[2]https://ekihd.de/html/physikfenster.html
[3]https://ja.wikisource.org/wiki/イザヤ書(口語訳)#第54章
[4]https://kyukon-stained-glass.net/johannes-schreiter-style-01/
[5]広島の原爆を祈念するステンドグラスがあります 聖霊教会の口コミ https://www.tripadvisor.jp/ShowUserReviews-g187286-d521838-r317473265-Church_of_the_Holy_Ghost_Heiliggeistkirche-Heidelberg_Baden_Wurttemberg.html
[6]https://projects.history.qmul.ac.uk/thehistorian/2017/10/06/through-a-glass-brightly-whitechapels-pandemic-window/
[7]https://ameblo.jp/enzo-900ss/entry-12196160638.html
[8]https://medical-tribune.co.jp/kenko100/articles/110915524943/
[9]https://www.amazon.co.jp/本-穐田真澄/s?rh=n%3A465392%2Cp_27%3A穐田真澄

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