ワニの死に思うこと

ワニが死んでから少し時間が経った。
世間ではプロモーションのタイミングなどで色々と話題になっているが、ひとまずそういった寂しい話は置いておいて、作品の終わりに立ち会った純粋な感想を述べようと思う。
ただの感想なので、生産性のある話を求めている人は回れ右してほしい。

まず、ワニくんの死がただただ単純に訪れてくれて良かった。
いや、死んでくれて良かったというのは少しおかしな話かもしれないが、それでもちゃんと、そして普通に死んでくれて良かった。
やはり彼の唐突な死によってこの作品は完結するべきだったし、そして実際に完結した。

ワニくんの死の背景にはねずみくんやモグラくんとの揺るがない友情関係やワニ子さんとの恋愛の成就など、比較的ポジティブな日常が描かれていたと思う。
だからこそワニくんの死は悲劇的であり、そして美しかったんだろう。
彼が最後の最後まで他人を思いやることのできる優しいワニであったことも含めて。


この作品を読み終えた後、果たして自分はいつ死ぬのかと思いを馳せた読者も少なくないと思う。
それは作品のように分かっていることではないし、簡単に分かるものではない。
それでも思いを馳せることに意味があるのだと思う。

ちなみに自分は取り敢えず早く結婚したいなと思った。
今を必死に生きよう、といった暑苦しいことは実は個人的に好みでないので大して思わなかった。(そういう思いを否定するわけではない)
まぁそもそも結婚の前に彼女作らないとダメなんだが。


この漫画の登場人物で、実は一番好きだったのはワニくんではなくねずみくんだった。
自信を犠牲にしたワニくんとワニくん好きには申し訳ないが。
ねずみくんはワニくんを支える親友、といった立ち位置で描かれていたと思っているが、そんな彼も彼なりに葛藤しているシーンも少なからず描かれていた。
果たして作者がどれだけ深く考えてこの作品を作り上げたかは知らないが、その辺は受け取る側の自由であろう。

取り敢えずねずみくんには幸せな人生を送ってもらいたい。


さて、めっちゃ硬い文体で感想を書いてしまったが、まあ要は普通におもろかったし好きだったってことである。

そういえばこの作品で思い出させられたのが、作品というのは作り手と受け手が相互に歩み寄るべき、というお話である。
確か小説の書き方講座みたいな本で読んだんだと思う。
つまるところ、作者が完全に世界観を支配してそれを押し付けるのも、読者に解釈を委ねすぎるのも、駄作ということである。
そういう意味でこの作品はしっかりとした世界観と結末があるものの、一方でSNSという舞台上で読者を巻き込んだ、結果としてバランスの取れた作品になっていたんじゃないかと思う。

自分が一番好きな俳句は
「山頂に流星触れたのだろうか」
という清家由香里さんの句なのだが、この句もバランスが取れたからこその作品なんだと思ってる。

何かを表現しようとする時、それは必ず作者というフィルターを通してぼやけてしまう。
でも逆にそのぼやけた部分を読者が想像して補完することで作品として完成する。

良い作品っていうのはそういう作品であり、そして100日後に死ぬワニはそういう作品だったんだろう。
と勝手に思う。


良い作品をありがとう。

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