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憧れのガラスペンI

昔から欲しかったガラスペン

池波正太郎先生の夜明けのブランデーをコーヒー屋で読んでいて(コーヒー一杯で2時間くらい粘ったら怒られた、からもう一杯飲んだ)年末に今年使った万年筆を掃除して来年使う万年筆を選ぶ、と言った描写があって
私も万年筆欲しい!貯金して買おうかなぁ、、
ふと、あ、ガラスペン、せやせや京都にガラスペン売ってるやん昔から欲しいなぁておもてて買わずやったもんなぁ、ガラスペン買おっ!

調べると工房焱•菅清風さんは茶山にあると言う。ほぼカツアゲ同然に前借りした誕生日プレゼントの軍資金を握りしめていざ茶山へ
茶山てどこやねん?
間違えて降りた一条寺からカレーを食べて
Google先生と一緒にてくてく行く。
おや、ここいらは造形大の近くでねーか
北終町(きたのはてちょう)と言う処で
都の終わりと言う意味でつけられたんだろなと
勝手に解釈している(ほぼほぼ合ってんじゃねかな)
あれぇ、ライフの横!こんな所に工房があったなんて、気付かなんだぁ、まさか造形大の近くとは!

工房に入ると数種類のガラスペンが並べられたビロードのショーケースが正面の1番良いとこに座っている。
その奥は作業場になっている
菅清風さん御歳100歳、数年前に引退されたそう(今は娘さんが継いでいるらしい)

ご自身の戦争体験で、戦争の無い貧富の差の無い国を作って行きたいと言う思いから
ノーベル平和賞の受賞者や平和にしてくれそう!と思った人にご自分が作られたガラスペンを送られてるのだそう。
菅さんも戦争で左手指を失くされている。
オバマ大統領、リベリア共和国大統領なんかにも「戦争を無くすために頑張って」と直筆の手紙と共に郵送でプレゼントする。
「ホワイトハウスの住所教えて」と外務省に電話して聞き出すらしい。
なんてチャーミングなおじいちゃん
失礼な意味では無く笑ってしまった。
つい微笑んでしまった。の方が近いかもしれない。バーレーン王国との調印式にも使われた。
他にも色んな平和にしてくれそう著名人に贈られたそう。
皆んなからお礼のお手紙や記念品が届けられたり、リベリア共和国大使が工房まで訪問しているらしい、なんとも胸熱な話。

そんなストーリーが工房焱にあったとはつゆとも知らず、するりと寄せられた。
なんだか勝手に嬉しくなっている自分がいる

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