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パラダイス焼き

 ーーお好みでどうぞ

 一見優しく見えるこの言葉も相手任せという性質上を持つ以上、乱暴に言えば「勝手にしやがれ」ということになってしまう。ところが世の中はそんな雰囲気を出してるくせに全然勝手にしやがってはならないものばかりだ。「お好み焼き」もそのうちの一つだろう。
 本来、お好み焼きとは小麦粉とキャベツを混ぜたものに好みの具材を入れて焼くというものだと自分は信じて疑わなかった。だがあいつの登場のせいで崩れてしまう。 そう、山芋である。

 スーパーマーケットに並ぶお好み焼きの素。あの箱に「山芋入り」の文字を見た事はないだろうか。恐る恐る購入、家に帰って中身をみると既に小麦粉には山芋が混ぜられていた。「山芋入り」っちゃってるじゃねーの。確かに書いてあったけども別包装でないこれに選択の余地はない。こうして俺のお好み焼きは山芋勝手焼きとなってしまった。
 こんな不満をお客様センターに問い合わせたところで誰がまともに相手をしてくれるだろう。「分かって買ったのはお前だろう、この馬鹿め、くず、阿呆」などと罵倒される事は目に見えている。しかも悔しいことにこの山芋勝手焼きはふっくらとして美味かった。だのに納得がいかないこの不条理。

 それからというもの「お好み焼き」という言葉を聞く度に何がお好みなのかよりも山芋が入っているかどうかの方が気になるようになってしまった。試しにお好み焼きを注文する際に「山芋は入っていますか?」と聞いてみて欲しい。きっと嫌な顔をされてしまうし「あ、わからないので厨房に聞いてきますね。」などと言われた日には我が身を呪いたくなる。アレルギーで致し方ないならともかく唯の好奇心なのだ。「いやいいです」とメニューも見ずに豚玉を注文。焼き上がったそれを泣きながら食しては山芋入りかどうかを判断。「これは山芋入りっ!」と声にならない判決の歓びにたどり着く。豚玉一つで相当腹は膨れます。

 ほんの一時間ほど前からそんな俺の目の前で、どちらの土地で焼かれるものが「お好み焼き」と名乗っていいのかなんて某府と某県の人間が争っている。あ、これ参加しちゃいけないやつだ。
 黙ってないで参加しろ。やはり言われてしまった。とは言えそれは縄文土器と弥生土器、どっちが好き?なんて質問をされていることに等しく、むしろそのお好み焼きに山芋が入っているのかどうかの方が知りたい。あれ、お好み焼きって中に入れるのはお好みだけど名乗っていいかどうかはお好みじゃないの?いや、これは言っては駄目なセリフだ。やはり山芋について聞くのが良かろう。しかし先程から時折前のめりになってその機をうかがっているのだけれど両者全く隙がない。

 そういえばこのような争いは過去にも見たことがあった。西国の人のお好みは東の国のそれより厳しいということなのだろう。山芋はもういいや。両者の攻防を観ながら「お好み焼き」なんてつくづく勝手な名前だし面白いなと思い始めている。何だか楽しそうだなぁ。

 絶対怒られそうだから言わないけれど今、辛口のピザとビールが欲しい。

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