「カレーライス」と「ライスカレー」

トリコロール本店では、こんな本を読んでいて、あっという間に2時間が過ぎました。

有名作家の、カレーライスにまつわるエッセイを集めた、アンソロジーです。池波正太郎、内田百閒、檀一雄、寺山修司、古山高麗雄、向田邦子、吉行淳之介あたりは文句なく面白い。

ふと興味を惹かれたのは、「カレーライスとライスカレーの違い」について触れている書き手が少なくないこと。数えてみたら、44人中7人が言及していました。

カレーライスとライスカレー。「カレーが先か、ライスが先か」って、たいがい古いね(苦笑)。

発酵学の第一人者である小泉武夫は、「ライスカレーが正しいとか、いやカレーライスのほうが正解だとかいった平和な論争に決着がつかないのもよろしい。」と書いています。うん、まさしく平和だこれは。

「カレーライスかライスカレーか、今はそんなことどっちでもよろしい。」(漫画家の滝田ゆう)

そんな、どっちでもよろしいことに白黒をつけたがるのが、作家という人種なんでしょうな。

作家の意見を総じて言うと、レストランで食うのが「カレーライス」、家庭料理が「ライスカレー」というニュアンスがあります。

「私は今も祖母が作ってくれたものをライスカレーと呼び、他はカレーライスと呼んで、きびしく両者を区別している。」というのが、文豪・井上靖。

あたしが愛してやまない向田邦子と山口瞳の見解は、全く同じで、

「金を払って、おもてで食べるのがカレーライス。自分の家で食べるのが、ライスカレーである。」(向田邦子)

「私にとっては、そとの食堂で食べるのがカレーライスである。家で女房のつくるのがライスカレーである。」(山口瞳)

今、「ライスカレー」って、ほとんど言わないもんね。その理由として、家庭料理としてのカレーが消滅してしまったことがあるのではないでしょうか。昔の、小麦粉どろどろの真っ黄色いカレー。昭和に育った者には、時たま食べたくてたまらなくなる、あのマズいカレー。

今は、固形ルーにせよレトルトにせよ、レストラン並みにうまいものがありますからね。一からつくるとなれば、スパイスにも凝って本格的な料理になるわけで、いわゆる「ライスカレー」はもうないんだな。

ライスカレーを知らない世代にとっては本当にどうでもいいことだけど、あたしには郷愁があるね。「カレーライスかライスカレーか」。

椎名誠風に言えば、「銀座でわしも考えた」。ですな(笑)。考えていたら、東嶋屋のカレーが食いたくなりました。真っ黄色い、昔カレー。

銀座から地下鉄日比谷線で20分。しかし、その20分が我慢できず、いてもたってもいられなくなったあたしは、開店したばかりの三笠会館に飛び込んだわけだ。トリコロール本店から徒歩4分(笑)

向田邦子の「昔カレー」(『父の詫び状』収載)より。

”出版社に就職して、残業の時にお世話になった日本橋の「たいめい軒」と「紅花」のカレー。銀座では「三笠会館」、戸川エマ先生にご馳走になった「資生堂」のもおいしかった”

三笠会館のカレーだけは食ったことがなかったので、即反応してしまったという次第。この「昔カレー」に限らず、向田邦子は人間の感情のひだを文字に換えることにかけては、超一流の手練れだとつくづく思う。

ちなみに、このアンソロジーで紹介されているお店の中で、行ってみたいなと思ったのは三笠会館と、これも同じ銀座の「モナミ」だけです。

モナミは池波正太郎の記憶から綴られているのですが、とっくの昔になくなっているので、行きたくてもいけない。でも、行きたかったな。と思わせる文章です。

三笠会館については、改めて。

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