気が付いたら幽狐さんに癒されています
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【3話:これからも】
誠が問題を起こしていたが幽狐さんは「先生に訴える必要はない」と言っていたので言わないことにしたが、幽狐さんが直々に誠に「しかし次やったら言う」と警鐘を鳴らしていた。
それにビビったのか周りが威圧的なのかは不明だが弱腰になって謝罪をしていた。
幽狐さんはそれで許していた。
「誠がまたやってる」
という意見も聞こえた。
ただこれ以上問題視はしたくないらしく、これで終わりにしようといって話に区切りはついた。
季節は秋。
食べ物や月見、稲穂が実るなど様々な日本の文化の季節だと幽狐さんは語る。
「のう、香よ。わらわは『月見パーティー』とやらをやってみたいのじゃが」
「月見パーティーですか。いいですね。クラスのみんなも呼びましょうか」
「そうじゃの」
そして幽狐さんがボソッとつぶやいた。
「十五夜といえば…………」
「十五夜?」
「何でもないのじゃ」
「?」
何やら隠し事をしている幽狐さん。
怪しいが俺が突っ込んでいい話ではないだろう。
「月見パーティーのために月見団子をたくさん作るのじゃぞ!」
「作りましょう」
そして月見パーティーのために月見団子をたくさん作り、RAINでクラスのみんなを招待した。
かと言って家では狭いので公民館の料理が可能な場所をレンタルし、そこに集合することにした。
今日は十月十五日。
月も完全な満月になる。
特にいうこともないのでそのまま小さな祝祭を始めることにした。
「それじゃあ、乾杯!」
「「「「「乾杯!!!」」」」」
十五夜——
それは幽狐にとっては完全に嫌な記憶だった。
十五夜は月に住んでいる妖精や神を祀る日のこと。
神や妖精が地上に降りてくるので貢物として団子などの食べ物をささげるのがもともとの伝統だ。
もとから地上にいる神、もとい幽狐たちはその妖気が増し、悪酔いしやすくなる日でもあった。
過去には妖気が増しすぎて街を大破壊した記憶もあるまでだ。
「幽狐さん……?」
香が心配しに来てくれた。
「な、何でもないのじゃ」
「そうですか? 顔色が悪いように見えますけど。体調が悪いなら行ってくださいね」
そういって香は横に座って頭をなでてくれた。
人間の優しさが染みる……。
わらわが子供だった頃もこんな慰めをしてもらったような——
「……幽狐さん、俺が好きな場所があるんです。行きませんか?」
「行くのじゃ」
香の手を引かれ、丘を登っていく。
「…………」
そこは周りの街が一望できる小さな丘だった。
丘と町の光、二人かけの椅子が一つ。
そんな単純で、それでも恋人同士が来るようなロマンチックな場所だった。
「……この丘は今は亡き父が母にプロポーズした場所らしいです。この丘でプロポーズをされたら幽狐さんはどんな気持ちになりますか?」
「わらわは……?」
もし、本当にわらわと香が結ばれるのであればどんなに幸せなことだろうか。
でも、わらわは妖。結ばれてはいけない関係なのだ。
——でも、本当に結ばれてはいけないのだろうか。
——たとえ人間の寿命が短くてその時間が一瞬であろうと結ばれてはいけないのだろうか。
過去には人間と結ばれたものだっているのに。
最近では「妖は人をだます生き物としての自覚をするように」などという決議案が定められたぐらいだ。
本当に意味不明すぎる。
なぜ人間と妖は対立をし続けなければならないのか、わらわには理解ができない。
もし人間と対立しないといけなくてそれが理由で罰せられるのであればわらわは——
「……幽狐さん?」
「すまんの。少し考え事をしておったわ」
「大丈夫ですか……? ひどい顔してますよ。無理なら言ってくださいね」
その優しさが、温かさが、ジーンとくるものがあった。
そうか。
この感情が——
「わらわだったら。か。そうじゃの。端的に言えば『喜んで受け入れる以外の選択肢がない』かの。わらわを最初に見つけてくれたのが香で告白をしてくれたのも香じゃ。そんなに一途な人を逃してしまったら次はないと思っておる」
「そうなんですね。じゃあ、今度は」
「今度は……?」
謎の言葉を残した香の感情が珍しく読み取れない。
何を考えているのかわからない。
もしかしたら「もうこの関係は終わりにしよう」なんていわれるのかもしれない。
そんな恐怖と戦いながら、この時間を過ぎる。
「あ、間違えないでほしいんですが、別れたりなんてしないです。こんな魅力的な女性は世界のどこを探したっていませんので。なので幽狐さんはもっと自信をもって生きていくといいと思います」
恐れていたことを最初に否定し、安心を覚えさせてくれる。
こんな優しいところも香に惚れたところなのだ。
すると香は言葉を発した。
「実はですね、俺はずっと幽狐さんのことが『いいな』って思っていたんです」
「え……」
「こんな場所ですけど、俺は幽狐さん好きなんです」
「い、いつから?」
「つい最近ですね。高校入学前にスマホを購入したときに朝起きたら部屋が静かすぎて感傷に浸っていました。幽狐さんがいないとどれほど家が、『自分が』さみしいか。それが理解できてこれが恋……いや、愛……とでもいうべきなんですかね。そんな感情になっていったのに気が付いたんです」
「…………」
そんな告白だった。
障害の中でも最も愛のある告白だった。
最後になるにつれ、顔が赤くなる香がかわいくて憎らしくすら感じた。
「それで、ですね……幽狐さんが嫌とかじゃなかったら、なんですが」
「なんじゃ?」
「お、俺が成人したときに結婚をしたいので結婚を前提に付き合ってほしいです!」
「————っ」
なんというか、衝撃とはこのことなのかと理解ができた。
今までの生きている中でこれほどの衝撃を受けたことがない。
——それほどに、嬉しかった。
——そして、哀しくもあった。
人間の香と妖であるわらわが結ばれることはいいことなのだろうか。
妖として、正しい選択ができたのだろうか。
——これからの道を、彼に捧げてよいのだろうか。
そんな葛藤が、脳内をめぐる。
今判断しなくてはいけないのに。
正しい判断ができる気がしない。
のう、香よ。
わらわはおかしくなってしまったみたい——
「……幽狐さん?」
香に声をかけられて気が付く。
またもや長い時間考え事をしていたみたいじゃ。
「……たぶん、幽狐さんは人生……いや、妖生の最大の分岐点に立っている気がするんです」
「…………」
香がわらわの考えていることを見透かしてきた。
いつもわらわが見透かしているのになぜ。
「最大の分岐点に立っていたとしても、幽狐さんが最高な結果が得られるような選択をとってほしいです」
「最高の結果……?」
「妖と人間が結ばれることなんて常識的に考えたらおかしいことなんです。でも、それでも俺は勇気を出して『結婚を前提にしてほしい』と伝えました。それはなぜかわかりますか?」
「……わからぬのじゃ。わらわのことが好きだからか?」
「幽狐さんが大好きでしょうがない、という部分もあります。でも、それは最大の点じゃないです」
「……となると?」
香は手でカメラの形を作った。
「いつまでもこの世界で、幽狐さんとともに朽ち果てるまで見て、生きていたいから、です。そこに法律や秩序は関係ないです」
「————っ」
なるほど、そういうことか。
完全に盲点だったのじゃ。
好きな人とであればどんな壁だって超えられる——といったところか。
今わらわに直面しているのは『人間と妖のつながり』じゃ。
でも、ほんの数年前に決意した香との約束で『責任を取って結婚しろとなってもいいのか』という質問には『イエス』と答えた。
つまり、その時点で香にとっての壁は超えているようなものだった。
(なんという発想……)
わらわは驚愕した。
『好きな人』という単純なカテゴリーの中なのに、壁なんてものは存在しない、と言わんばかりだ。
実際そうかもしれないが、いろいろ違う問題が出てくるだろう。
例えば————
「…………」
いけない。
禁句を出しそうになってしまった。
今夜は本当に危ない。
「……幽狐さんが嫌なのであれば、俺は身を引きます。だけど、俺は人間と妖であろうと、魑魅魍魎であろうと幽狐さんを愛しています」
十六歳とは思えないような熱烈な発言とアプローチ。
でももしこのまま香を手に取る選択肢をして、取り戻せないような事案が発生したら——
そう思うだけででも、寒気や悪寒が走る。
「……俺は」
香がまた発言をする。
こんなに沈黙しているわらわのことを考えてくれてなのかもしれないし一切考えてないのかもしれない。
だけど、良い方向に考えてくれているのは間違いないだろう。
「俺は、初恋の人が幽狐さんだとは思いもしませんでした。普通の人間と恋をして、結婚して、老衰して。そんなどこにでもあるようなそんな人生になるものかと思っていたんですが、幽狐さんと出会てから何もかもが一変しました。まず、朝ごはんが出てくること。これって母や父がいる家庭では普通かもしれないけど俺の家では普通ではないので。ありがたいんです。次に、家の中が煩いくらいに騒がしいこと。もちろん悪い意味でじゃないです。幽狐さんと仲良く駄弁って同じテレビを見て、同じ時間を共有して、たまに喧嘩しちゃうけど少し時間がたてばそんなのも忘れちゃって。そんな時間が、いい意味で狂った人生が楽しいんです。きっと、幽狐さんと出会ってなかったらもっとつまらない人生を送っていたような気がします。だから、幽狐さんには感謝してもしきれないくらいの————えっ!?」
最後に驚かれた理由。
それはわらわが涙を流していたから。
何気ない生活の一つ一つを感謝されたことなどなく、生きていて何百年間も。
「誰かといて楽しい」
そんな感情は生まれてこなかった。
だけど、香は違った。
何もかもに感謝をし、包み隠さずいやと感じたことを言い、いつも感謝を忘れない——そんな温かい人間だった。
そんな人から優しい言葉を余計にかけられたら、良い意味での判断ができなくなってしまう————
「なんでもないのじゃ……ちと、感情が高まっての……。年をとると涙もろくなるのじゃ」
そんな意味の分からないうそをつく。
本当は涙もろいのは事実なのだが悪い意味で泣いてたりしていないのだ。
感動で涙がたまってしまうのだ。
「のう、香よ」
「なんでしょう?」
「接吻をしてもよいか?」
「ゑ」
香が驚いたような、恥ずかしいような、そんな顔をしている。
変なところで初心なんだから。
でも、そんな香が大好きなのだ。
「嫌なら無理やりにでもするまでじゃ。安心せい」
「何も安心できる要素がないですね!? というかいつの間に幽狐さんはそんな肉食になったんですか!?」
「わらわは昔からこんなものじゃ。本命の相手には肉食? になれるのじゃ」
「そうなんですね……」
そんな雑談をかましながら両者そういうことができるような態勢になる。
たかがキス、されどキスだ。
一番初めが一番大事なのだ。
でも、わらわも初めてだから緊張している。
この人生……いや、妖生? の中で本気になれた相手などはそういなかった。
しかも、大概相手から告白をしてくることが多かったから、わらわから好きになること自体が珍しかった。
「のう、香よ」
「なんですか?」
「わらわは決めたのじゃ。わらわは香と結婚を前提に今を生きるのじゃ。たとえどんな困難が降り注いでも、わらわが香を守ってやろう、そう決意したのじゃ」
「…………」
香は驚いたようなそんな顔をしてばかりだ。
そして最高の笑みを零し——唇をつけてきた。
「————!?」
香はしてやったりという顔をしていて、完全にはめられたらしい。
「幽狐さんがやっと認めてくれた」
「え……?」
やっと認めてくれた……? 何を言っているんだ?
「えーっと、なにからいうべきかわからないんですけど、幽狐さんの思考こそわかりやすすぎるというか。俺からしたら単純だったんです。好きだからわかっちゃう……とでもいうんですかね。そんな感じなんです」
「…………」
完全に墓穴を掘っていたらしい。
でも、悪い気はしなかった。
——ああ、この感情が恋か。
初めての感情なんだ。
このくらいの質問は許してほしい。
「のう、香よ」
「なんですか?」
「香は——わらわと結婚出来たら何をしたいのじゃ?」
「それは——」
香は一瞬悩んだような、でもそうでもないような表情を見せた。
「——幽狐さんとなら何でも。それこそ人間界での獣姦されようと俺は望むところです」
「そうなのかの……」
完全に覚悟が決まっている。
この宮本香とやらは完全にほかの人間とは違う何かを持っている。
それはいい意味での人間離れした何かが。
「じゃあ……試しに、交尾を、してみるかの……?」
「!!!!!?????」
この感情が、昂りが、来てしまった。
こうなってしまったら、止められない——
でも。
香が相手ならそれでも嬉しい——
香は大変驚いたような顔をしている。
嬉しいような、恥ずかしいような。
でも憎めない。
そんな顔をしていた。
でも、ここまで来てお預けは身もふたもない言い方をすればムラムラしてしまう。
なので。
「えい」
「!?!?」
香の手を自分の胸に押し付けた。
「ゆ、幽狐さん!? な、なにを——」
「うるさいのじゃ。少し我慢せい」
そう言って二度目の口付けを。
ただの口付けからすこし激しく、舌を這わせる。
「——っ、——」
わらわは少しやりすぎかもしれない。
しかも外だし。
でも、ここまで来てわらわにお預けをする香に対するちょっとした意地悪なのだ。
満足して、顔を離すと、香の顔は真っ赤に染まっていた。
そして、男性の象徴が起立していた。
「さ、帰るのじゃ。みなが待っておる」
「ちょ、幽狐さん! この状態では家に入れませんよ!」
そう言って香は男性の象徴を指差す。
「ふふ、案外誰も気にしないかもな。せいぜい隠すのを頑張るのじゃ」
「えぇ……」
困っている勘定の香が大変かわいらしい。
それだから、もっといじめたくなるのだ。
そんな感情が芽生えているが、香とならうまくやれそうな気がする。
うまくやれる気がするんじゃない——うまくやるのだ。
どんな壁が迫ってきても香と突破してみせるのだ。
「ただいまじゃ」
「幽狐さん! こんな時間まで何していたんですか! みんな幽狐さんがいなくて寂しがってましたよ!」
「すまんなのじゃ、誠よ。でも大したことはしていないのじゃ。のぅ、香よ」
「ま、まぁそうですね……?」
「香、お前幽狐さんに何かしたな?」
誠が香をぎろりと睨む。
「いや? 別に何も?」
「その発言は何かしたでオーケー?」
「なにこの魔女裁判」
そういいながら皆が散らばるように飲み食いしているリビングについた。
「そうじゃの。香にプロポーズされてキスされたぐらいじゃ。なにもおこっておらん」
「「「「「………………」」」」」
楽しかった場の雰囲気が、一気に凍てつく。
「ちょっ!? 幽狐さん!?」
一瞬の沈黙とともに、それを聞いた誠やほかの男たちが激怒した。
「香ぅぅぅぅぅぅぅ!!!!! 今日という今日は許さん! ぶち殺す!」
「香くん……。何をしたらそんな状況になるの?」
「よし誠。鉄バットもってこい」
「おう。今すぐにダッシュで買ってくるわ」
「ちょ、待って! 俺死ぬって!」
これほどに、生きていた中で今の時間が楽しいと思えたことは初めてだった。
これまでの人生の中ではまともなものはおろか、わらわを殺しにかかるものもいたというのに、今は好意を向け、慕ってくれる人が多くて感動する。
この時間が永遠に続けばいいのに。
*****
時刻は22時となり、お開きになって、香とわらわの家に帰宅する。
「……なんか、濃い一日になりましたね」
「そうじゃの。久方ぶりにわらわも楽しめたわ」
幽狐さんはそういうが、何か不満がたまっていそうな顔をしている。
「幽狐さん?」
「なんじゃ?」
「何か、不満なこととかありますか? なんか溜まってそう? といえばいいんですかね。そんな表情に見えます」
「…………香はわらわの感情を読むのがうまくなってきたの」
「伊達にプロポーズした肝じゃないんで」
「確かにの。……まあ、さっき言った交尾をしたい……ぐらいかの」
「そんな気易く交尾とか言える度肝がすごいですね」
「何百年も生きていると慣れてくるからの」
「そうなんですね……。じゃあ、しますか……?」
声が完全に小さくなり、かつ裏返った。
恥ずかしすぎて死にたい。
幽狐さんは表情を変えていない。
あれ? 嫌だったのかな。そんな秒的に感情変わることある?
「あ、あの、幽狐さん……?」
幽狐さんはハッと気がつき、答えた。
「すまないのじゃ。少し考え事をしておったわ」
「大丈夫ですか……? 無理そうならしなくても……」
「いや、過去に更けていただけじゃ。何も気に病む必要はないのじゃ」
「ならいいんですが……」
「どうしますか……? 体調がすぐれないなら今日じゃなくても……」
「大丈夫……なのじゃ……何も問題は……ない……のじゃ……」
「幽狐さん……?」
幽狐さんはとても悲しそうなそんなことないような、とてもうるんだ瞳をしてこちらを見ている。
すると——
「のう、香よ」
「なんですか?」
「こんなわらわでも——許しておくれ」
そういって俺は幽狐さんに押し倒された。
幽狐さんは衣類を剥ぎ、我を忘れているようだった。
少しの恐怖と嬉しさと。
そんな感情がいざこざになって結局言えば最高な状態になった。
そして二時間ほど、たっぷり幽狐さんに絞れらた。
ベッドからは好きな人でいて婚約者の化け狐の華奢な肌が見えてドキりとする。
「香とならこのまま一生いても問題なさそうじゃの」
「……そうですね」
幽狐さんの不安がこれで払拭されるのであれば俺はなんだってする。
「……このまま永久的に幽狐さんと付き合っていられたら、どれほどいいことか」
「ふふ、おぬしもわらわの色っぽさに洗脳されつつあるの」
「結婚を申し込むくらいですからね。これくらいの度胸がないとやりませんよ」
「そういうところも可愛いの、おぬしは。わらわは大好きじゃぞ」
「あ、ありがとうございます……」
急に恥ずかしくなり、照れる。
幽狐さんのふわりと尾行をくすぐるいい香りが、今度は俺の理性を奪う。
理性が限界を迎えた。
「あ……」
幽狐さんが驚愕するような声を上げる。
「嫌ならやめますけど……?」
幽狐さんはふるふると首を振って拒む姿勢を取らない。
「もう一回、やるのじゃ……」
そういって俺らは二回目を始め、俺は体力が底をつき、爆睡してしまった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
◆◆◆◆◆◆◆◆
◆◆◆◆
◆◆
◆
◆
◆
◆
俺は、夢を見ていた。
もう今はいない、なつかしき母の声。
母の顔は見えなくとも特徴的な美しい声が聞こえる。
母は子守り歌を歌いながら俺の頭をなでてくれている。
懐かしい、そして優しい記憶に一つの雫が滴る。
「母さん、俺、ちゃんと母さんの分まで生きれているかな?」
母はふわりと笑い、こう言う。
『大丈夫よ。あなたは真面目に生きれている。自信をもって』
「そっか」
そういって母は再び頭をなでてくれる。
これまでに我慢していた感情が、悲しみが、一気にこぼれそうになる。
『いいのよ、母さんの前で泣いても。人間だもの。たまには泣くことも大事よ』
そういって母さんは肯定をしてくれる。
そうして、ふたをしていた感情が、零れ始めた。
一滴、また一滴。
我慢のダムが決壊したかのように、涙が止まらなかった。
*****
五分くらい泣いて、少し回復した俺は、母さんに聞いた。
「なあ、母さん」
『なに?』
「俺、今人間じゃない人と恋をしているんだけど、大丈夫かな」
『うーん……』
母は一瞬だけなやんだが、結果はすぐに出た。
『まあ、私は普通の人間と恋をするのかと思ってたけど』
「それは俺もそう思う……」
『でも』
そして母はふわりと口元だけを浮かせる。
『私の自慢の息子なんだもの。どんな人と恋しても結婚しても独身でいてもいいと思うわよ』
「そっか……」
そして夢の世界の視界はなくなっていった。
◆
◆
◆
◆
◆◆
◆◆◆◆◆
◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「わらわはいつでもそばにいるぞ、香よ」
そうやって幽狐さんは微笑むのだ。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「母さん! ……あれ?」
目が覚めると視界は次の日の朝になっていた。
ベッドに移された俺は寝間着もちゃんと着ていて、布団もかけられている。
「…………昨日? の夢は一体……」
そして、体を起こすと——
「んん~……まぶしいのじゃ……」
ほとんど衣類のない幽狐さんを発掘しました。
とりあえず布団を再びかける。
あ、寝た。
「香ー……」
そういって裸の状態で抱き着いてきた
「幽狐さん……それは俺の理性が非常に危険で危ないです」
「昨日あんなにしたのに何を言っておるのじゃ」
そういわれた方向を見るとやはり服はないものの、目はしっかりとさめていた。
あ、これ絶対わざとだ。
「しっかり起きてるじゃないですか」
「おはようなのじゃ」
「おはようございます」
「昨日ははっちゃけすぎたの。今日は少し休むとするかの」
「そうですね」
幸いなことに、今日は土曜日だ。
学校もバイトもない。
そして、胸に残るのが、今でも鮮明に残っている夢の内容だ。
幽狐さんにすごく似ている母さんが夢に出るなんて早々にありえない話だが、夢では起こりうるのが怖いところだ。
いっそ幽狐いっそさんに聞いてみるか?
でもそれで「え? 何それ」とか真顔で言われたら怖すぎる。
でも、不可解な点がいくつもあるのも気がかりだ。
まあ、その話題はまた今度でいいかな。
「およ?」
幽狐さんが何かを発見した。
「香よ、目の下が赤いぞ?」
「え」
鏡を見てみると確かに目の下が腫れていた。
おそらく夢で泣いたためそれが現実でも泣いていたのだろう。
確実にあの夢を見ていたのは間違いがなさそうだ。
なら——聞いてしまえ。
「幽狐さん」
「なんじゃ?」
何も悪いことをしていないのに心臓がバクバク言っている。
緊張感が半端じゃない。
でも、一度聞いてしまえばあとは話が進む。
「——俺の夢、何か知りませんか? 特に、俺の母さんについて」
「————」
時が、止まった。
これは、やってしまったか?
と思ったが。
「——よくわかったの。そうじゃ、わらわが今日の夢を香に見せたのじゃ」
はやり、犯人は幽狐さんだった。
「でも、なぜ俺の母さんの性格や子守り歌を知っているんですか?」
「それは、まあ、話せば少し長くなるのじゃが」
「構いません。時間はたくさんあります」
「なら、聞いてくれるかの——わらわの今昔について」
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