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"最強のチーム" 1話

■メジャーの試合
実況「レフトにボールが上がった!これは文句なし!入りました、ホームラン!公庄選手、この1本で今季のHR王を確実にさせました」

NA「日本人がメジャーに挑戦してからどれくらい経っただろうか。何人ものスターが活躍し、日本野球の凄みを見せつけてきた。公庄健(くじょうたける)はその中で突出した存在となっていた」

スタンドに手を振りながらも、どこか悲しげな表情で公庄はゆっくりとホームベースを踏んだ。

■回想1
公庄健。高校時代、ドラフト2位でプロ野球入団。入団直後から1軍レギュラーを掴むと、1年目からベストナインを獲得。走攻守の全てのスキルを磨き、日本球界での5年間でタイトルを総なめ。そして26歳になる年でポスティングを利用してメジャー挑戦。ここでも入団1年目で最多安打と盗塁王を受賞。そこから8年間でHR王やゴールドグラブ賞、MVPなどのタイトルを獲得。公庄を形容する言葉はもう地球上にないと言わしめるほどの活躍だった。

■回想2
それだけでなく大きな災害があった際は、現地に赴き炊き出しを行うなどの社会貢献をしたかと思えば、オフシーズンを利用して映画に出演したりと、自分がすべきだと思ったことや興味を持ったことは全てやってきた。
それにより多くの人が勇気をもらい、多くの人が巻き込まれた。
それでも人懐こくて憎めないキャラクターがファン全員から愛されていた。

■試合終わりロッカールームでマネージャーの岡本と話す公庄
岡本「ナイスホームラン。これで2度目のHR王が確実になりましたよ」
公庄「…」
岡本「どうされました?そんな浮かない顔して」
公庄「岡本ちゃん。僕、今期で野球辞めるよ」
岡本「え…」
公庄「GMと監督には明日僕が伝える。ポストシーズンが終わったら、引退会見をしよう」
岡本「急にどうしたんですか」
公庄「今日のホームランを打ったスライダー、実はファールにしようと思っていたんだ。ファールにした後、ピッチャーに自慢のストレート投げさせて、そのボールをホームランにしようと思っていた。ピッチャーの自信を喪失させて、ポストシーズンでの投球に不安を与えるためにね。でもそのスライダーをファールにできずホームランになってしまったんだ。そこで思ったよ。僕の全盛期は終わったってね」
岡本「私には理解しかねます」
公庄「そんなものかもしれないね。でも僕にははっきりとわかる。これまでと同じようなプレイはもう出来なくなってしまったんだってね」
岡本「……」
公庄「僕の中のスーパースターはいつだって圧倒的な姿を見せないといけないんだ。しかし、僕にはもうそれができない。僕が落ちていく姿を見せるのはファンの方に申し訳ないし、何より自分が許さない。だから輝いていられる今のうちに引退したいんだ」
岡本「なお理解できませんが、お気持ちはわかりました」
公庄「それでなんだけど、引退したらどうしてもやりたいことがあって…」
公庄のやりたいことを聞いた岡本
岡本「えっ…」

■ワイド番組内の街頭インタビュー
サラリーマン「公庄選手が引退?どうして」
学生「なんで引退なんですか?今年、HR王受賞したでしょ」
OL「信じられない…私の推しが…」
老人「公庄選手の活躍がワシの生きがいだったのに…」
VTRが開けて
司会「街の方々の声をお届けいたしました。お伝えしておりますように、日本人の誇りであるメジャーリーガーの公庄選手が先ほど引退発表いたしました。本日夜、都内で緊急引退会見を行うとのことです。また、こちらでは公庄選手の今後の展望をお話しするとの情報が入ってきました。繰り返します…」

■引退会場で公庄と岡本
岡本「公庄さん、本当に高校野球の監督になることを本日話されるんですか」
公庄「もちろんさ。ただの引退会見だけなんて、つまらないでしょ。スーパースターはいつだって、みんなをワクワクさせないとね。それに僕の野球人生の唯一の後悔が残ったまま終われないよ」
岡本「……わかりました。ただ、公庄さん、あなたには影響力があります。くれぐれも記者のみなさんを混乱させる発言はお控えください」
公庄「ははは」
岡本「全く…。しかしなぜ高校野球の監督になりたいと思ったのですか?」
公庄「それはね、岡本ちゃん。僕は不本意な形で高校野球協会に最後の甲子園出場権を奪われたからだよ」
岡本「不本意?」
公庄「僕が高校球児でありながら、YouTuberとして配信をしていたから、高校野球協会に目をつけられた。それは知っているよね?」
岡本「はい、存じております」
公庄「再三注意されたが、僕は彼らを無視し続けた。僕は野球を真面目にやっていたからこそ、YouTube配信を通して、多くの人にアピールしたかった。事実、試合の様子や練習での取り組みを動画で発信して、注目を集めていたし、登録者も10万人を超えていた」
岡本「こちらも存じております」
公庄「それが面白くなかった高校野球協会は僕を貶めようと、僕の母校の粗探しを行なった。そして、僕の1年上の野球部の先輩が卒業式のあと飲酒をしていたという事実を必要以上に問題として取り上げた。それも僕らの秋田県予選の1週間前にだ。もちろん僕らの世代も後輩たちも飲酒なんてしていない。それでもこの夏の公式戦の出場を認めなかったんだ」
岡本「あの飲酒事件の裏側にはそんなことがあったんですね」
公庄「そうなんだ。青春を取り上げられた若者は屍人になるんだ。心底辛かった。ある意味、僕が蒔いた火種で同級生たちも甲子園への夢が潰されてしまった。チームメイトに合わせる顔もなかった」
岡本「……」
公庄「でもYouTube配信とそれまでの大会の実績のおかげで、なんとかドラフトにかかった。そして、これまでのような成績を残して、スーパースターになれた。でもね、スーパースターになっても屍人となったあの日のことは忘れることはできないし、絶対に高校野球協会を許せない」
岡本「……」
公庄「だからね、岡本ちゃん。高校野球の監督になって甲子園優勝するというのは高校野球協会に対する僕の復讐劇なんだよ」
岡本「復讐?」
公庄「そうさ。高校野球協会は僕に対してだけでなく、これまで合理性なく高校球児の青春を奪ってきた。それはやつらの利権や地位を守るためだったことが全部だ。もうこれ以上、球児から青春を奪ってはいけない。そして僕が奪われた青春を清算する。だから、僕が甲子園の胴上げ監督となって、しっかりとした実績と影響力をもって今の協会の在り方を壊したいんだ」
岡本「……お気持ちは理解いたしました。ただ、公庄さんのビジョンは私利私欲なものが非常に多く含まれています。ましてや、高校野球という教育活動の一環で、それを実行しようとしております。くれぐれも過激な発言にならないようお気をつけください」
公庄「ははは。岡本ちゃんは心配性なんだから」
岡本「全く…」

■記者会見
司会「これより公庄選手による引退会見を行います。まずは公庄選手から一言お願いします」
公庄「この度、引退することになりました公庄健です。ますはこれまで応援してくださったファンのみなさま、支えてくれたチーム、監督、コーチの方々、チームメイト、裏方さん。全ての方に感謝の気持ちを伝えたいです。本当にありがとうございました。」
カメラのシャッター音が鳴り響く
公庄「引退のきっかけは今年のシーズン最終戦でHR王を決めたホームランです。あのホームランでスーパースターとして、皆さんをワクワクさせるようなプレイはもうできないと思いました。輝いているうちにやめたい。日本球界とメジャーでの15年間のプロ生活で一切の後悔はございません。」
記者A「今年HR王になって、まだまだこれからもやれるじゃないですか!」
記者B「ホームランを打って、引退なんて聞いたことがありません。どういうことですか」
記者C「来季から3年100億円の契約の話もあったと伺っております。それを蹴ってでも引退する理由として何ですか?ご説明をお願いします」
公庄「僕はスーパースターですよ。スターは落ちぶれる姿をファンに見せてはいけない。それが僕の美学です」
納得のいかない記者一同
記者D「今後の公庄選手の展望を伺えるとお聞きしたのですが、そちらについてお答えいただけますか?」
ニヤリと笑う公庄。
「先ほど、プロ野球生活で一切の後悔はないとお伝えいたしました。ただ…僕の野球人生で唯一の後悔があります。それは甲子園で全国制覇ができなかったことです。だから…監督になって3年以内に最強のチームを作って、甲子園優勝します!ということで、僕を監督にしてもいいという高校のオファーをお待ちしております!以上、公庄健の引退会見でした。本日はありがとうございました!」
そう言い残すと袖に下がる公庄。
シャッター音と記者の声で騒然とする記者会見場。
袖にいた岡本は目を瞑り俯きながら一言。
岡本「全く…」

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