見出し画像

「カメルーンの青い魚」、いつだって、愛するものを手に入れることは出来ない


 町田そのこ、の
「夜空に泳ぐチョコレートグラミー」は、
カメルーンの青い魚、
夜空に泳ぐチョコレートグラミー、
波間に浮かぶイエロー、
溺れるスイミー、
海になる、
の五篇からなる短編集だ。

 5人の主人公たちは、皆、いまの自分に生き辛さを抱えている。この町を捨てて、愛する人の元へ行きたい。でも、自分にはどうしても、棄てられない場所がある。「行かないで!」と自分に縋りついてくる人の手を、簡単に振り解くことが出来ない主人公たちを私は決して弱い人間だとは思わない。強さも、ちゃんとある。
 抗えない人生の波に耐えながら覚悟を持って生きる彼女たちと自分をどこか重ねてしまう読者は多いかもしれない、と私は感じた。

「カメルーンの青い魚」、
「夜空に泳ぐチョコレートグラミー」
「波間に浮かぶイエロー」
「溺れるスイミー」
「海になる」、五篇の短編集

 私がいちばんすきな短編は、「第15回R一18文学賞」を受賞した著者のデビュー作、この中の最初の物語である「カメルーンの青い魚」。  主人公のサキコは、中学生の時に幼馴染のりゅうちゃんのケンカを止めに入り前歯二本を折られてしまう。「なぜ止めに入った、バカ!」と怒る彼に彼女は、ロレツの回らない舌で、「りゅうちゃんが人殺しになったら困るから」と言う。サキコはどれほど、りゅうちゃんが好きなんだろう。サキコの前歯は差し歯になった。
 中学校卒業と同時に彼は町を出るが、大阪辺りでヤクザをやっているとか、サキコの耳にはりゅうちゃんの悪い噂ばかり入ってくるのだった。しかし、数年後に彼はサキコの祖母の通夜にフラリと帰って来てその時、一夜を共にした二人の間に赤ちゃんが出来る。

 りゅうちゃんは息子の啓太の存在を知らないまま、12年の月日が流れ、ある日、サキコの差し歯が二本外れた時に突然町に帰って来た。
 寂れた商店街で彼は、カメルーンから来たという青い瞳のメダカを2匹買いサキコに押し付ける。「コイツらを河へ逃がしてやれ」と言ってみたり、「ダメだ、ここでは、他のメダカにイジメられて死んでしまう」と言ってみたり。りゅうちゃんは、何処へ行っても、よそ者なんだろうか。このカメルーンの青いメダカと自分をどこか重ねているような気がした。

 しかし、彼は息子の啓太に会うこともなく、何処から手に入れたのかもわからない大金と、青い二匹のメダカをサキコの家に置いて、また町を出る。その日、啓太が小学校から帰って来るとメダカの一匹はすでに死んでいた。これは、りゅうちゃんの死の予感なのか。
 サキコと彼は、二度と逢えないという暗示なんだろうか。彼はホントは、サキコと同じ水槽(世界)の中で泳ぎたかったのだろう。でも、それが叶わない淡い夢であることも、りゅうちゃんは、ちゃんとわかっている。そして、サキコ自身も自分が息子の啓太を連れて、りゅうちゃんの遠い町まで追いかけてゆく勇気もないことも、よくわかっている。
 この物語の中では、りゅうちゃんやサキコの心情などは一切、書かれていない。でも、二人がどんなに心を寄せ合っているかは伝わってくる。名物の団子を食べて自分の差し歯が外れた時も、サキコは息子の啓太に向かってニッと笑って見せる。悲しみを決して人には見せない、それがサキコの生き方なのだろう。私もそんな風に強く生きられたなら、と願わずにはいられない。
 でも、私がサキコにそう言ったなら、
「私はそんなに強くないわよ。ただ、毎日を一生懸命生きてきただけなの」と笑われてしまいそうだが。
 サキコは今日も啓太のために働きお茶を啜りながら、前歯の差し歯二本の裏をチロリと舌で確かめる。ホラ、りゅうちゃんはいまも、ここにいる。金魚鉢の青い瞳のメダカが一匹だけになった、いまでも。

#読書感想文
#夜空に泳ぐチョコレートグラミー
#カメルーンの青い魚
#町田その子
#R一18文学賞

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?