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小説 フィリピン“日本兵探し” (16)

今回の日本兵探しの前々年、1997年4月に化学兵器禁止条約が発効され、化学兵器については、使用のみならず、製造・保有も禁じられた。ただ北朝鮮はこれに調印していない。

VXガス。マリアの狙いは、共産ゲリラがこの化学兵器を保有しているとの情報が国内外に拡散されれば、資金不足で弱体化する彼らの組織を強化させ、フィリピン政府に対しての交渉力を引き上げられるというものだった。加えて、日本政府が放っておかないであろう日本兵の身柄も確保できれば、その「安全」も交渉材料だ。出てきた山下財宝の権利をフィリピン政府に了承させ、共産ゲリラが手に入れるであろう250億ドルの半分125億ドルを本国の39号室に入れることができる。ジュンたちとは、それで合意ができていた。

ダッダッダッダッダ
カトゥバロガンのホテルの窓ガラスが自動小銃の発射音とともに激しく飛び散った。
アキラが飛び散ったガラスの破片で、左腕と額を切るけがをした。
額の傷をタオルで押さえながら、同じ階の非常口側にあるマサとタカシの部屋へ駆け込む。
「お母さんがいなくなった!」
「えっ、ハルミさんば連れ去ったとね?アイツら」とマサは驚いた。ジェイジェイを共産ゲリラのアジトから連れ戻して保護したことに、そこまでジュンが腹を立たせることはないだろうと、たかをくくっていたのだった。日本兵の情報を持つアウアウを連れ戻したのであれば話は別だとは思うが。いずれにせよアウアウも連れ戻さなければならない。もちろんハルミも。相手がさらなる強行策に出ることが予想された。

共産ゲリラが誘拐事件を引き起こす理由は、活動資金の確保や交渉のためだ。今、マサたちが何か彼らが欲しがる物を持っているのか?カネも情報も、自分たちを見渡しても、何かあるとは思えなかった。タカシが口を開いた。
「元小隊長と元兵長が何か日本兵とつなぐ情報を持っていると思ったんですかね?」
「でも日本兵に会ったと言っているのも、財宝の箱を見たと言っているのもアウアウでしょ」とマサ。
「アウアウは元小隊長と元兵長に渡したい何かを持っているのかも知れませんよ。旧日本陸軍にいた者しか分からないような物を」とタカシはさらに仮説を続けた。
「ジェイジェイとパオパオは、サトウキビ畑の家に帰ったの?」、マサが聞く。
「主人のシュウさんが帰ってきていると言っていましたよ」とタカシ。
「自警団の連中も連れて、ちょっとシュウさんに会いに行ってみようか?」、ベッドに座ったマサは腰を上げ、負傷したアキラに出発できるか聞いた。
「OKだよ、マサさん。お母さんを助ける手立てを見つけて、早く助けてよ!」

マサたちは、ジプニーでシュウの農場を訪れた。広大なサトウキビ畑が風になびいている。ジプニーで家の横に乗り付けると、遠くで農作業をする3人の姿が見えた。背の高い男性がシュウであろう。年齢は50代ぐらいに見える。

「シュウさん!ミスターシュウ!」、マサが大きな声で叫ぶと、日本人のようなお辞儀を遠くでしながら、男性はゆっくりとこちらに歩いてきた。
「シュウです。マサさんですね。うちのパオパオやジェイジェイたちがお世話になったようで。ありがとうございます」
「シュウさん日本語上手ですね。日本人ですか?」、マサはシュウが日本人と確信しながら聞いた。
「いやいや、私は孤児なんです。パオパオたちと同じですよ。たまたま日本語を日本人から学ぶ機会がありました」
「1日2日、留守だったんですね?どちらへ?」
「釣りに行っていました。趣味なんです。無人島に渡って釣るのが」
「アウアウとも、無人島に行くことはあるんですか?」
「何度か連れて行きましたよ」
たわいもない会話だったが、アウアウが無人島に渡っていたきっかけがシュウであることが分かった。
「シュウさんは、アウアウの日本兵の話は聞いたことはありますか?」とタカシが聞いた。
「アウアウは、そんな話をしていましたが、彼にいつそんな時間があったのか。それがどの島なのかも分かりませんよ。作り話じゃないですか?」
「作り話?でもあなたはこの金貨が何なのか知っているんですよね?」、タカシはジェイジェイから預かった丸福金貨をシュウに見せながら尋ねた。一瞬、シュウの表情に変化があった。
「ああ、パオパオが私に預けた金貨と同じ物ですね。本物の金なのですか?」、驚いた表情をしたシュウの言葉は明らかに真実を語る時のそれではなかった。

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