そこにあったもの



昼下がり、実家。仕事を終え、スマホを起動させると、幼なじみから「今日は暇?」とメールが届いていた。予定も無かったので「暇だよ」と返すと「じゃあ今から迎えに行く!」と私の答えを先読みしたスピードで返事がきた。幼なじみの家と私の家はゆっくり歩いても5分で着く。迎えにきてくれるのはいいが、何をするのか、どこに行くのか、どの交通手段で迎えに来るのか、一つでも教えてほしいと思った。5分のタイムリミットを背に、急いで自分の部屋に駆け込み、人前に出られる最低限の地元コーディネートを自分に着せて、ボサボサの髪はおさげでまとめて、スマホと財布だけが入りそうなポシェットを母の部屋から盗んで肩からかけたのと同時にチャイムが鳴り、思っていたよりも早いタイムリミットに驚きつつ、階段を駆け降りて、昼寝をしている父と録画したドラマを真剣に観ている母に「いってきまーす!」と大きな声で言って、返事は聞かず玄関のドアを開けると、目の前にはワンボックスの車が止まっていた。運転席に乗っているのは明らかに幼なじみではなくて、どちら様?と窓に顔を近づけると、スライドドアから幼馴染が出てきて、「BBQしよ!」と今から始まるであろう物語に目を輝かせながら言ってきた。あまりに突然で、というか何も聞かされていない私は「あ、そう」と夏の風物詩には似合わない返事をして、複数人乗っているワンボックスに乗り込んだ。車内には成人式ぶりに会う幼なじみ達だった。半年ぶりの再会に盛り上がりつつ、学生の頃、いつメンではないが、家が近い、親が仲良しという理由でたまに遊んでいた雰囲気を思い出した。車内が同じ雰囲気に包まれている。運転席には小学生の頃、顔が良くてサッカーができるという理由でモテていた男Yがいて、同級生が運転している車に乗ってる違和感を抱きつつ、今年こそは免許取りたいという願望を思い出した。隣の助手席にはFという母が超美人のガタイのいい男が乗っていて、私に「久しぶり、元気?」と上京者の心に沁みる言葉を言う。「元気だよ、そっちは?」と英語の教科書に載っているような定型文で返す。「名古屋は暑くて嫌だ」と車に乗っているみんなが共感してしまうことを言った。後ろの方から「あいか、忙しそうじゃん」と私の近況をなぜか知っている女Aが私のボサボサの髪を閉まった三つ編みを触る。私の真後ろにいる女Aは小学生の頃、学区内の隅々まで一緒に冒険した友だ。そんなボーイッシュな彼女が成人式の時、髪を伸ばし綺麗な女性になっていた時は驚いてぎっくり腰を再発しそうになった。だが言動は変わっておらず、今は残念美人になっている。女Aの隣に座る女はRと呼ぶ。Rは小学生の頃同じ手芸クラブでよく実りのない話をした。おばあちゃんとの会話となんら遜色なかった。そして私の隣に座っている女Sはよく私のSNSに出てくる幼なじみだ。そんな私たち六人を乗せた車は見慣れた田舎道を進む。知っている景色だが前よりも廃れている気がする。東京の景色に慣れすぎたのか。世間話を軽くしていると車が止まり、おそらく会場に着いた。2人の男がキャンプ椅子に座り私たちを待っていた。1人はFと言ってどこに行っても長を任されている。めんどくさそうな顔をしながらも完璧にこなす。もう1人はTという小学生の頃から誰よりも背が高くて、リレーの時だけ頼もしかった。今は下ネタしか言わない。車から吐き出された私たちは「やっぱまだ暑いわ」と傾いた太陽に目を細め、今から行われるBBQに億劫な態度を示した。待っていた2人は私を見て「おかえり〜」と言った。「ただいま」と素直に言えるのが嬉しい。上京して働いているのは私だけだと気づいた。人が集まったからなのか、待っていた2人はBBQの準備を始め、炭に火が着いた匂いで夏が楽しい季節であることを思い出した。このメンツだからなのか、ここにくると動くのは男子で女子は世間話をしながらたまに手伝うか食べる。レディーファーストすぎるこの現場は母達の教えなのだろうとキャラが濃い母達を一人一人思い出す。座りながらバーベキューコンロの中の炭を眺めながら世間話に参加していると、一台の車が止まり、また懐かしい顔が車から吐き出された。Kという男とHという男は高校が同じで、でもそんなに喋ったことはなく、そこまで仲が良くない。Sという男もいてこの人のことはそんなに知らない。主催者のFがみんなに飲み物を聞く。居酒屋で働いているからか注文を取るのが上手だった。当たり前にみんながお酒を頼むのはなんだか変で、でもやっとみんなで大人になれたという実感が私の心を満たした。誰かが「あいかは成人式の時飲めなかったもんね」と言ってみんなが私に飲み物を選ぶ順番の1番目をくれた。私はレモンサワーを選び、みんなはほとんどビールを選んだ。女Rと「なんでビール飲めるんだろうね〜」とビールが苦手な同士小さい共感を噛み締めた。乾杯をするため、みんなテーブルの周りに集まってお酒が入った缶を掲げ机の真ん中で輪を作った。「じゃあ乾杯の音頭はあいか!」と男Tが言って、みんな私を見る。いきなりたくさんの視線がこちらに集まり、慄きながらも、それが既に知っている温かいもので、「みんな久しぶり!乾杯!」という久しぶりに出した高らかな私の声に続いてみんなが「乾杯!」とそれぞれの缶をぶつけた。「肉焼こ!」と男数人がバーベキューコンロに集まり、残りの私たちは椅子に座り、近況という肴を少しずつつまんだ。「将来の話は萎える」男Tが言ってそこからは恋バナになった。そこで知ったのは恋人がいないのは私だけだったことだ。話のネタがない私は聞く側に徹し、飽きるとずっと肉を食べていた。それが見つかって、私の過去の話を始められて、とても恥ずかしかった。気づくと簡易的な電気が目立って、日が暮れた空を見上げる。山々の輪郭が一番はっきり見えた。夕日の茜色とこれからやってくる夜の藍色のグラデーションが綺麗で、それぞれの部活が一緒に終わった日はみんなでくだらない話に横槍を入れたり呆れたりして笑っていた。高校はバラバラだったけど、小中6年間、みんな同じ通学路だった
みんなの頬が火照りはじめ、他人に聞かせたくない言葉が飛び交う。どこで覚えてきたんだ、という顔を女子みんながしている。それも尽きると懐かしい話をしたやつが勝ち選手権が行われた。クセの強い先生の名前や出来事、中学校のクラスメイト、など思い出す限りを全て話しみんな選手権の優勝を狙った。その選手権は中学校の校長先生3人をフルネームで言えた男Fが優勝して、「私たちの代って1年ずつ校長が変わってるから卒業式の時思い入れなかっただろうね」というと「メチャクチャなことばかりする学年いなくなって先生たち喜んでたでしょ」と破天荒が売りだった中学校の話は止む事はなかった。
流れてるBGMが心地よかった。「誰が流してるの?」と聞くと男Fが名乗り出て、音楽好きの女Rが「あいかとFは音楽の趣味似てるよ」と言った。「もしかしてスーパーカーも聞く?フィッシュマンズは?」などと質問攻めしてしまったが、男Fは全部知っていて、初めて音楽のジャンルがピッタリ合う人に出会った。こんなに近くにいるとは思わなかった。数年前から感じていた同級生との気持ち悪い違和感が解消されていくばかりだった。心地よいBGM、喋り声に程よいアルコール、朝5時に起きた身体。全てが作用して、私はいつの間にか眠っていた。久しぶりに寝落ちしてしまったようで目が覚めると体が軽く頭がスッキリしていた。誰かが着ていた上着が私にかかっていて優しさを静かに受け取った。話し声に耳を傾けると下世話な話が加速していた。女たちは呆れてバイトや学校の話をしていた。もう直ぐ夏休みだけどレポートが多いとかバイト詰めすぎたとか私の生活には程遠い話をしていた。それに躓くことがあったが、今はすんなり聞ける。私の中で何か踏ん切りがついたのか。
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新幹線まで母が車で送ってくれた。昨日のBBQの話になり、私がとても満足そうな顔をしているからなのか、母がみんなからの伝言を伝えてくれた。なぜ母に?と思いつつも、言葉を聞いたら納得してしまった。「あいかのピンチは、オレたちが守る!」だそうだ。恥ずかしくて、とても心強い、温かい言葉。笑ってしまった私は「じゃあ、一緒に殴り込みに行こうか」と母にまた伝言を頼み、東京行きのホームまで駆け上がった。

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