元鬱病、初対面のマダム飯をいただく
先日、社会人サークルで使用するための服を購入した。なぜかオーダーメイドなので、仮縫いげなる過程を踏まねばならないらしい。同時に複数人で頼んだため、本来ならば練習場に裁縫のプロフェッショナルが来るはずだった。しかし、先方の確認ミスにより、別日にこちらがプロの自宅に伺うことになる。
上記の文章の意味がわからないと思う。自分でもオーダーメイドなど初めてで訳がわからない状況だったし。要するに、大勢で仮縫いをしてもらえるから流れ作業の中で只のマネキンでいれたはずが、一対一で見知らぬ裁縫のプロの自宅に行かねばならなくなったのだ。
そんなわけで緊張しつつ、郊外の高層マンションへ向かう。私の住む安いアパートとは違い、住民の皆様が笑顔で挨拶をしてくる辺り、ここの人々は経済的に余裕があり、洗練されていることが伺える。家に着き、用意された毛の長いスリッパを履き、間抜けな音を立てながらマダムの後ろを歩き、無駄に長い廊下をついていく。リビングには人の背丈ほどの植物が生い茂り、飼い犬のフェルトアートなどが玄関やリビングを占拠する。なんというか、もう如何にもthe マダムの家であった。
仮縫い自体は15分程度でスムースに進む。そそくさと荷物をまとめて家を出ようとする私に久しぶりのボディーブロー。
「もしこの後ご予定がなければ、お昼ごはんご一緒しませんか?(にっこり)」
「いや、自宅でポテチ食べて贅沢絞りを飲みながら、最近目が離せない展開になってきたワンピースの和の国編を見たいんです」と言いたいところなのに「ではお言葉に甘えて」と飛び出る言葉。我ながら心と体が一緒にならないちぐはぐ人間である。しかしこんなランチのお誘いを出会って15分の人間に放てるマダムは、絶対にもてなし慣れているはずであるから、断ってもなんだか悪い気がしてしまったのである。
マダムが食事を準備する間も、テーブルでボーッと待つわけに行かず、必死に観葉植物を誉めたり、土地柄を誉めて場を繋ぐ。言ってしまえば何もない川沿いの地方都市なのだが、川フェチの私からすると誉める点はある。土手整備状況などを誉めるとマダムも満足気であった。皆さんも初対面のマダムの家に招かれた時はぜひ川を誉めることをおすすめしたい。
食事は大盛りのいなり寿司が3つ。私は背が高いので何かと大食いだと見られるからであろう。決してそんなことない普通の胃なのに。しかし残すわけにもいかず、過剰に「美味しいですね!」等と連発しながら明らかに健康に良さそうな雑穀米を胃に送り込む。
因みにこの手作りいなり寿司はわさびが効いていて(因みに理由を聞くと梅雨の季節にピクニックしても腐らないからだそうだ!ピクニック前提でご飯など作ったことないです)、もうなんというか、細部までマダムの気遣いとお洒落が効いていた。丁寧な暮らしと逆の暮らしをおくる私はいちいち気絶しそうであった。「私は(マダムと違って)ごぼうの笹掻きなんて普段してなくて、業務スーパー頼りですね~」等とヘラヘラ話していたが、相手の手料理を誉める時に自分がへりくだるのはなぜだろうか。自分の悪い癖かもしれない。そういうところがまだまだクソガキって感じである。
追い討ちのように食後のチーズケーキwithブルーベリーソースとコーヒーをいただく。「は!こういう時はさりげなく添えられたジャムの方を誉めるのが定説っ!!」と満腹で意識が朦朧とする私の脳味噌で警報が鳴る。案の定、ジャムはなんかすごい良いやつでした。おなかが一杯すぎて味はしなかったけれども。
仮に、今から化物に生け贄として捧げられて丸焼きにされるとしたら、先方にかなり喜ばれるだろうというくらいには胃をパンパンにして帰宅した。久しぶりに腹が水平に飛び出ていた。腹が一杯になりすぎると何もできなくなるのだなぁなどと思いながら、帰路でLINEギフトを開き、高級プリンをマダムに送りつけた。
なんというか、何が得られたとか、何を失ったとか、そんな感じでもない只の休日なのだが、たまには小学生の頃のように突然異常事態に置かれるのも楽しいかもなと思った。
明日も自分に優しくできますように。
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