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20代で会社員を辞めてテニスプレイヤーに⓶

環境と怪我で悩まされた高校時代


高校に入って部活もちょっと出つつ、テニスクラブに通って試合に出ていた。
高1の6月の部活時に左手首に違和感を感じ、そのまま続けていたらペットボトルの蓋も回せないくらい手首が痛んだ。診断はTFCC損傷。骨が突き出ていて、手首は緩々になっており、結局バックハンドはまともに打てず、怪我を理由にテニスクラブにも行ったり行かなかったりだったため、もう部活で練習しなさいと親には言われ、テニスクラブは辞めることになった。

高1の夏頃にテニスクラブを辞めてすぐあまり試合で勝てなくなった。高校の部活は男女ソフトテニス部、男女硬式テニス部で4面だったので、初心者も多い部活では練習量が圧倒的に少なく、打たれる球も県の上位とはかけ離れているので一瞬で実力は落ちる。

今まで負けるのがあり得なかったような相手にも負けてプライドが許さなかったので、たしか親にお願いして週2くらいは個人でレッスンしているコーチにみてもらえることになった。

高1の夏までの貯金でポイントがあったので6シード位?もついていたこともあり、高2でも関東ジュニアには出ることができた。ただ毎日それなりの相手と練習しているかつてのライバルたちと比べて練習量は少ないし、手首は激痛でまともにボールは飛ばせないしで勝てなかった。この時は成長できる可能性も感じられず、高3の4月には引退して大学受験の勉強をした。最後はコートでボールを打つこともラリーすることも嫌で仕方なかった。テニスをやらせてくれた親には申し訳ないが、最後は無気力で風邪も引いていたため県大会も1回戦負け…県ジュニアも試合前全然練習しなかったので、負けたことのない相手に負けて1回戦負け…

テニスが嫌だったからか、引退後に大学受験で合格するための参考書を調べてやり込んで偏差値を上げていく受験勉強は楽しかったし、それなりに行きたい大学に行くことができた。

大学入学~テニスとは少し関わることに…


大学ではテニスとは離れてバドミントンサークルに入ろうと思った。新歓の時にバドミントンサークルの勧誘が見つからず野球サークルの新歓に行った。

所謂飲みサーって感じでいきなりコールが凄く圧倒されてしまい、家も田舎で新歓に行くと親に迎えに来てもらわなければいけなかったので他の新歓にも行かなかった。
ただ、サークルには入っておいた方がいいんだろうな…と思って友達がチラシを持っていたテニスサークルに行った。ちょっとテニスをしたら勿論周りよりは上手くてテニサーでも入っておこうかなと思った。結局、年中募集しているテニスサークルに入った。
すると偶々なのか関東レベルの人たちがチラホラいてそこそこのレベルだった。
ただし、活動はあるわりにテニスはあまり練習するような場所ではなく(よくある宗教サークルw)、そもそももう体育会で頑張ってるような過去のライバルとは関わりたくないし、テニス界とも疎遠になりたくて、友達と会うためだけにサークルに行って、全然練習はしなかった。サークルにも大会があり、自分の方が過去の戦績があるのに勝てないのはプライドが許さないところも少しあったが、そんな思いは殺して兎に角、練習はしないように4年間過ごした。

大学3年生の時は全然動けなくて、他大学の人が出る団体戦に出ても0-6,1-6でラリーも繋がらず負けたりした。悔しいんだけどテニスには触れたくなかった。なぜ続けているんだろう?

そして大学を卒業。就職先は大企業だったため、
実業団も存在した。

続く



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