北朝鮮・軍事国家の末路(1

北朝鮮・軍事国家の末路(1
“シーチン”修一
【雀庵の「大戦序章」267/通算698 2024(令和6)年1/31/水】1月28日の大地震にはびっくりした。早朝から気分よく庭掃除をしていたら体がグラグラ、思わずベランダの柱にしがみついた。震度3は慣れているが、“ついに令和の関東大震災か”と怖かった。ラヂオとPCで調べたが、日曜日のためか緊急報道はなく、ナンカナーの気分、「天災は土日と祝日にやってくる」?
午後になっても報道はなく、ウェザーニュースだけがこう報じていた。<今日1月28日(日)8時59分頃、東京都・神奈川県で最大震度4を観測する地震がありました。震源地:東京湾、マグニチュード:4.8、震源の深さ:約80km。この地震による津波の心配はありません>

災難は忘れた頃にやってくる・・・1978年頃の話だが、小生の同僚に珠洲(すず)浩一君がいた。夜間大学に通っていたが、屋根瓦の産地で知られる故郷の石川県で家業の屋根葺き業を手伝うために離職した。今年元旦の「能登半島地震」で石川県七尾市と珠洲市が大被害を被ったが、珠洲君は大丈夫だろうか。震災で街はボロボロ、メチャクチャ、地盤がおかしくなっているし、2波、3波の恐れもあるから復興はとても難しそうだ。故郷を離れ移住する人は多いだろうが、地震大国の日本では絶対安全なんていう場所はないし・・・重厚でずっしりした屋根瓦の需要は細るばかりだろうし、被災地の人々、特に珠洲君のような70歳以上の高齢者の晩年は厳しそうだ。小生ができることは寄付くらいか・・・

自然災害から人災まで・・・浜の真砂は尽きるとも世に災難の種は尽きまじ。自然災害は避けられないにしても、人災はどうにか抑制できないものだろうか。「平穏無事」の世の中は、血を血で洗う戦争、生みの苦しみを経ないと実現しないのか・・・「暗いと不平を言うよりも、理想に向かって一歩でも二歩でも前進すべし」というのは正論だろうが、自由民主圏の人々の理想と中露北など共産主義独裁者の理想は真逆なのだから、精々「互いに干渉しない」という「冷戦」が精いっぱいではないか。

ところが共産主義はエリートの党員による党員のための統治で、庶民にとっては「一所懸命に働けばそれなりに報われる社会」ではないから生産性が恐ろしく低い。トウ小平の「改革開放=資本主義導入」が起動し始めた1982年頃、取材で訪れた中国では、依然として売り手は「売ってやる」、買い手は「売ってもらう」という世界で、小生は「聞きしに勝るなあ、これでは経済発展は難しそうだ」と思ったものである。

後に知ったことだが、当時は8時間労働で3交代勤務なのだが、3時間しか仕事がないので人民はおしゃべりして過ごしていたとか。「3時間働けば飯が食える、我が国は世界最先端の良い国だ」と信じていたという。もっとも当時は皆人民服で、飽食もない質素健康?な食事だからデブがまったくいなかったのは印象的だった。それでも文革という10年に及ぶ人災が終わり、都市部では穏やかな暮らしができるようになったのだろう。「井の中の蛙、大海を知らず」でも3度の飯が食えると人間は穏やか、大人しくなるようだ。“眠れる獅子”清朝が300年も続いたのは、それなりに飢餓を克服したからではないか。

毛沢東亡き後、実権を固めてきたトウ小平は、資本主義経済の一部導入、それによる中国の近・現代化、富国強兵を目指したが、3時間労働に慣れている“眠れる人民”の目を覚まさなければならない。長い歴史の中で人民は「国家は搾取機構であり、上に政策あれば下に対策あり」の処世術で生きてきたから、上がいくら旗を振ったところで腰を上げるわけがない。それをトウ小平は「チャンスがある人から先に豊かになれ(豊かになって後進を引き上げよ)」という「先富論」で解決した。大した指導者だ。人民は欣喜雀躍、大奮起するようになったが、共産党員など既得権益階級には習近平のようなガチガチの毛沢東主義者もおり、忸怩(じくじ)たる思いだったろう。

まったく悩ましいことだが、共産主義国家は、人民を圧迫し、他国を侵略して領土を拡大しないと国力を維持できない、即ち、自由民主国に負ける、というのが宿痾(しゅくあ)である。共産党員などエリートと将軍はそれを承知していても、利権を捨ててトウ小平のような改革開放を維持発展しようとは思わない。一方で周辺国は中露北の暴発を恐れるばかりで、なすすべ無し。米欧日などが「遺憾砲」を連発したところで火薬が入っていないのだから中露北への抑止効果ゼロ。
情けないことに日本の政治家は口先だけで拉致被害者が戻ると思っているのだから脳内お花畑の病膏肓。現実を見ないで夢を見るばかり・・・西郷先生曰く、
「正道を踏み、国をもって斃れるの精神なくば、外交は機能し難し。強大な他国に萎縮して対立を恐れ迎合すれば、かえって軽侮を招き、やがては強国に凌辱、併呑されるに至らん」(「西郷南洲遺訓」の小生の現代語訳)

自由民主圏でも、目先の利益のために敵性国家の中露北に迎合する輩が多過ぎ! この手の訪中人士への応対について毛沢東は「カネ、女、名誉・・・欲しがるものは何でもくれてやれ」と軽侮していた。今は「習に交われば赤くなる」、政財界の訪中団は馬鹿にされただけではないか。目を洗って彼ら中露北の共産主義者が圧政統治する国民を見よ!と言いたい。
デイリーNK 2024/1/26「北朝鮮国民インタビュー:庶民の願いは『誰も餓死しない1年に』」から。

<「人民経済発展の12の高地をすべて占領した」 昨年末に開かれた朝鮮労働党中央委員会第8期第9回総会拡大会議で、金正恩総書記は「人民経済」(民生経済)の「高地」(重要な経済目標)をすべて達成し、大きな成果を上げたと自賛した。しかし、国民からはこんな声が上がっている。「誰も餓死しない1年になって欲しい」。

中国国境に接する北部地域では、新型コロナウイルスの流入を防ぐために頻繁にロックダウンが実施された。それにより地域経済で重要な地位を占める公設市場が、かなりのダメージを受けた。デイリーNKは、いずれも国境に接する両江道(リャンガンド)、咸鏡北道(ハムギョンブクト)の住民とのインタビューを行い、最近の暮らし向きについて尋ねた(デイリーNKは取材源にスマホを貸与して情報収集しているよう)。
――最近の暮らし向きはどうか
◎両江道の住民Aさん:誰もが想像を絶するほど苦しい生活を送っている。コメがないのでワラビを茹でて、毎日一握りずつ食べて延命している人もいれば、大量に水を飲んで空腹を紛らわしている人もいる。また、ゴミ捨て場や路地裏で家族単位のコチェビ(ホームレス)が寒さに震えている。ますます生活が行き詰まり、ため息が出るばかりだ。
◎咸鏡北道の住民Bさん:栄養失調になる人が増えている。病気になってもお金がなく、必要な薬を買うことも、適切な治療を受けることもできない。今や単に「貧しい」というレベルを超えて、「命の危機」というべき状況だ。それでも「元帥様ありがとうございます」「わが国(北朝鮮)が一番好き」と叫ばされる。もうこんな暮らしから抜け出したい。

――昨年最も苦しかったことは?
◎Aさん:こっちの暮らし向きなど考えず、人民班(町内会)や女性同盟から(金品を)出せと言われ続け苦しかった。昨日きょう始まったことではないが、一夜明けるとコチェビがさらに増えている現実を無視して、「ともかく出せ」と言われ続け、出せなければ恥をかかされる。どうしようもない。
◎Bさん:取り締まりと統制だ。市場に空きスペースはなく、路上で物を売ってその日暮らしをしている人々は、取締官に追い立てられ、捕まれば商品はすべて没収される。そのため必死で抵抗し、取られたものを取り返そうとする。そして、獣のように扱われる。人間として生まれたのに、人間らしく生きることもできずに死んでいくしかないのかと思うと恐ろしい。

――今年の願いは?
◎Aさん:昨年、国は住宅をたくさん建ててくれたが、そこに住む人々の暮らしは厳しい。まさに見掛け倒しだ。新年は、目に見えるものだけにこだわるのではなく、住民が切実に求める食糧問題に関心を持って解決してほしい。
◎Bさん:新年は自分で商売ができるようになり、儲かることを願っている。生活苦にあえぐ住民が飢死しない一年であってほしい。ここ数年の苦労や苦しみが終わる一年であってほしいと思う>(以上) この項、次回に続く。
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