京急運転士の保安装置「切」運転事象について

 皆さんこんにちは。
 現役鉄道員「K」です。

 このページでは、自己紹介にも書かせていただいた通り、私自身の体験のほかにも、鉄道業界を巡る時事問題についても解説していくつもりをしていましたが、そんな中早速飛び込んできたニュースが、表題の京急での事象です。今回はこの事象について、私なりに解説していきたいと思います。
(少々長くなってしまいますが、ご容赦ください…。)


・事象の概要

 報道各社の記事によると、京急電鉄は19日、同社の運転士が列車を運転中、保安装置が作動しないよう細工をしていたと発表しました。当事象は今月5日の抜き打ち巡回で発覚し、同運転士は聞き取りに対し、「1年ほど前から眠気がつらくなったときにやっていた。非常ブレーキがかかってお客様に迷惑をかけたくなかった」と説明しているそうです。

・切られていた「保安装置」とは

 今回、当該運転士が切っていた保安装置は「デットマン装置」と私達が呼んでいる物です。
 デットマン装置とは、簡単にいうと「運転士に万が一のことがあった際に、運転士の操作がなくても列車を止めることが出来る」装置です。
例えば、運転士が運転中に突然意識を失った際にハンドルから手が離れると、自動的に非常ブレーキが作動し、列車を停止させることが出来ます。

 このデットマン装置、様々なタイプが存在します。
 京急さんのようなワンハンドルタイプ(アルファベットの「T」の形をしているものもあり、「T字形ハンドル」とも呼ばれます)の車両では、ハンドルの内側に付けられ、運転士がハンドルを握るとデットマン装置が「切」の状態になり、万が一手が離れると「入」の状態となって列車が停止する仕組みになっています。

ワンハンドル車両の一例 (筆者撮影)

 この他にも、マスコン装置(電車の加速を司る装置)を握るタイプの物や、足踏みタイプの物もあります。

・本事象が意味する重大性

 今回の事象は、単に一装置を切ったというだけでは言い切れない、重大な事象です。

 先にも述べたように、運転士の身に異常が生じた際に列車を安全に停止させる装置を事実上機能停止状態にしていた訳ですから、もし当該運転士が乗務中に体調が急変して意識を失ったとしても、そのまま列車は走り続けることの出来る状態になっていた訳です。

 このことは、保安上の観点からも大変「マズい」事象であるといえます。

 加えて、当該運転士が1年近くに渡って常習的にデットマン装置を切っていた点も問題です。
 記事中では触れられてはいませんでしたが、デットマン装置はその性質上、運転中常に握りっぱなしの状態となるため、手が疲れてしまうといったこともあります。そうした思いが当該運転士にあったかは分かりませんが、いずれにせよ安全に関わる保安装置を「常習的」に切っていたという事実は重く受け止める必要があります。

・その一方で…

 当該運転士を擁護するわけではありませんが、こうした事象が起きた際に考えなければいけないのが「なぜ、こうした事象が起きてしまったのか」という点です。

 まず、考えないといけないのがデットマン装置そのものの構造です。
 当該運転士の話では「非常ブレーキでお客様に迷惑をかけたくない」とありました。
 デットマン装置は車両にもよりますが、ほんの少し握る位置がずれただけで作動してしまうものもあります。
 実際、私が運転士時代に同僚運転士が走行中にデットマン装置を作動させたことがありましたが、彼曰く「ハンドルを握りながら、手の位置をわずかに調整しただけで作動してしまった」とのことでした。
 先にも述べたように、デットマン装置は運転士に不測の事態が起きた際に作動しないと意味はないのですが、逆に意図せず作動しやすいものがあるのであれば、今後構造を見直す必要があるのかもしれません。この点は今後、各社で調査が必要になるかもしれないと思います。

 次に「運転士の勤務環境」です。
 当該運転士は、会社の調べに対して「乗務中の強烈な眠気」について言及しています。
 もちろん、眠気があるからといって保安装置を切っていいという訳ではありません。その前提の上で「果たして乗務員の勤務環境は、安全運行を行う上で適切なものだったのか」という点は考える必要があります。
 例えば、乗務員の行路(一勤務内の乗務スケジュール)の内容であったり、一か月の勤務スケジュールに無理はなかったのか、健康管理体制はどうであったか…などです。
 乗務員の働き方という点については後日改めて解説する予定ですが、昨今の人手不足の影響は鉄道会社でも例外ではありません。本来必要な乗務員数が揃わず、休日出勤ありきの勤務スケジュールが作成されているのは、大手・中小問わずの実情ですし、休日であっても急な欠員などで招集される…なんてことも往々にしてあります。
 昨今、バスの運転手不足で路線が維持できず減便・廃止…というニュースはよく目にしますが、この流れは鉄道でも起きており、日々のダイヤを維持するのも綱渡り…という事業者も多いのが事実です。
 加えて、鉄道運転士は国家資格の免許(動力車操縦者免許:通称「動免」)が必要で、取得・妖精までに時間がかかるため、すぐに人員を補充できないという特性もあります。
 日々の運転業務が、人の命を乗せているというただでさえプレッシャーの大きい勤務である上に、人手不足の観点から十分な休養が取れていない…となると、慢性的な疲労を抱えたまま乗務をすることになり、結果として誤った判断をしてしまう…ということにもつながると私は思います。

・最後に

 今回、駆け足でこの問題についての私見をまとめてみました。
 乗務員のこうした「不祥事」が明るみになった際に、乗務員個人を叩くのは簡単ですが、その事象が起こるまでの様々な背景にまでフォーカスしないと、問題の根本的な解決には至らないと私は思います。
 正直な話、現代の乗務員はハードな乗務行路に加え、ワンマン化による異常時対応の作業量増、撮り鉄や各種「お客様」対応等、気を揉まないといけない事柄を多く抱えて運転しています。
 今回の事象そのものは、当然のことながら乗務員側の怠慢であり、この点は会社も厳正な姿勢で臨むべきだとは思いますが、「それをするに至った背景事情」もよく精査し、乗務環境の改善を検討することは鉄道各社に求められると思いますし、安全に関わる点である以上、利用者の側もしっかりとみる必要があると思います。

☆私のページでは、こうした鉄道業界を巡る時事問題や、私の体験談といった鉄道業界の裏事情、さらには鉄道業界を目指す方向けのお話などを順次掲載したいと思っています。
 もし、「こんな話題を聞いてみたい!」というテーマがありましたら、ぜひコメント欄で教えてください!よろしくお願いいたします。




この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?