葬送のフリーレン

今のアニメの流れでは本来大衆受けする内容ではないよなと思ったのでちょっと考察。

※内容に関してでは無い。思いつき故推敲が雑


所謂なろう系アニメというものが出て以降、一括りにはされていても色んな作品がある。

・魔法科高校の劣等生のような主人公の特別な力にきちんと理由付けし、主人公を核として世界観を作り上げる作品。
・シャンフロ(原作小説)のように細かいところまで設定を作るのが好きな作者によって描かれた故に細かい世界観が描写された作品。
・オバロのように舞台設定を作ってから主人公をもその舞台の演者として踊らせる作品。
・登場人物の手の及ぶところでは無い神の如き存在が主人公に特別な力を与え、それを理由に主人公がやりたいことをやる所謂量産型作品。



フリーレンの場合はなぜ主人公たちだけ突然変異的な力があるのか、魔王とはどうやって生まれたのか等が(まだ)明かされていない。主人公の強さに理由付けする作品でも世界観をめちゃめちゃ作りあげている作品でもない。そういったことは徐々に分かっていくというのはそれはそうなのだが、作品の雰囲気は10話もすればからある程度感じるものだろう。例えば先に挙げた魔法科などは実際に主人公の能力の理由が明かされたのは物語中盤以降だが、作品の雰囲気は序盤から変わらない。
正直フリーレンを上に述べた作品群に分類しようと思えば1番下の量産型なろう系アニメが1番近いんじゃ?と思える程に「なろう系」として分類しようとすると魅力が分からない。



個人的に近いなと思ったのがゲームのドラクエシリーズ。力はゲーム会社に前提として設けられた上で、魔王を倒すという目的をこそ与えられそれを楽しむ。ドラクエは言うたら戦闘システム自体は強烈な娯楽強度がある作品では無い。それでもその作品の勇者に自分を投影し、魔王討伐という目印を頼りに物語を楽しむ。フリーレンはこれに近い気がした。だから主人公が最強であっても、主人公ツエーに食傷気味の視聴者が付いていけるのだと思った。(フリーレンでは勇者が亡くなった後の物語なので与えられる目的は違うが)
序文で本来大衆受けしないよなって書いたのはこれが理由。ドラクエって好きな人は好きだけど、娯楽強度が強い時代に生まれた世代の人にはそこまで刺さらない作品だと思うし。それと同時にああアニメにするのにピッタリだな、とも思った。
戦闘シーンが大味だというのは原作でもアニメでも言われているが、そこが寧ろ良さなのだと思う。そうすることで細かい戦闘描写から主人公達の強さへの理詰めを必要以上にされるのを防ぎ、「勇者パーティのエルフが勇者の死後、彼を理解するための物語」への没入感が阻害されるのを防ぐ。この辺は原作が漫画なのも大きいのかな。場所を取らない文字という媒体で幾らでも細かい設定を書ける(なろう)小説と違う点だし、漫画でこその強みを上手く生かしてるな、と。実際小説がアニメになると結構大事な描写が抜けてると感じることも多い。(そりゃ文字と映像じゃ伝えられる情報量違うから当たり前なんだけど。本来映像のが情報多いはずなのに間やら脳の取捨選択やらでね)。その点漫画→アニメなら純粋にアップデートになりやすい。むしろコマの間の空白を埋めることまで出来る。その意味で設定設定した小説よりはフリーレンのような物語の方がアニメに向いてるよねって一人で納得。(1番向いてるのは戦闘シーンなんだろうけど)

最近で言うと魔女の旅々が近いかな。
(今期だとシャンフロは原作好きだけど、正直アニメは原作の良さとは別の作品だな、と感じてしまった。アニメも好きなんだけどね)


最後にこれが言いたかったよってことを。
フリーレン好きな人へ。狼と香辛料って作品も多分気にいると思うので是非!

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