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871ンスタライブ #016(w/釜中健伍くん)

#871ンスタライブ #016
2020年12月24日(木)

テキスト:宙組

主催:柳井貢(以下:871)
ゲスト:釜中健伍(以下:釜中)

(871) こんばんは。今日は『DENIMS』の釜中君 a.k.a カマチューが来てくれています。

(釜中) おはようございます〜。DENIMSというバンドをしてます。釜中です。カマチューって呼ばれてます。

DENIMSの近況

(871) 今日、最後のリハやった?

(釜中) そうです。最後のリハやりました。初めましての人に説明すると、DENIMSって4人のバンドなんですけど、ベースの松原大地(以下:まっつん)が今年いっぱいを持ちまして脱退するんです。そのラストライブが12月27日にあるので、今日はそれの練習をしてました。
DENIMSの『I'm』の歌詞に救われました。一生DENIMSの曲にお世話になると思います」っていうコメント、ありがとうございます!いっぱい聴いてください。あの歌詞も頑張って書いたんです。

(871)カマチュー歌詞書くのいつも大変そうやもんなぁ。

(釜中) 削って書くタイプですね。(笑)

(871) DENIMSになってから何年?

(釜中) 8年です。明日『Love sofa』っていうずっとお世話になってるイベントに出るんですけど、2012年の『Love sofa』のクリスマススペシャルがDENIMSの初ライブだったので。丁度明日で8年ですね。

(871) 結構前やなぁ。カマチュー今いくつ?

(釜中) 今32歳です。

(871) 32歳か。俺と7、8歳くらい離れてて、最初『AWAYOKUBA』の時に出逢ったのって堺東のGoithやんな?

(釜中) そうです。柳井さんが堺東のGoithに来てくれたの覚えてますよ。

AWAYOKUBA(DENIMSの前身バンド)と871の出逢い


(871) あれ20歳ぐらいってことか?

(釜中) 20歳とか21歳とか、そんなもんやったと思いますね。

(871) 12年も経つんか。

(釜中) 結構経ちますね。AWAYOKUBAが解散してからずっとDENIMSの自主レーベルで去年くらいまでやってて。ちょいちょい柳井さんと連絡とったりしてたけど、手伝ってもらうことになったのがちょうど1年前ぐらいですかね。

(871) (梅田)シャングリラがUstreamでライブの配信をやってて、俺がそれでDENIMSの1個前のバンドのAWAYOKUBAを観たんだよね。それで、シャングリラの店長のキイ君に速攻電話して。「なんなん、この人ら」って。

(釜中) ははは(笑)懐かしい。

(871) かっこいいなと思って。すぐ次のライブ観に行って、その時はレーベル決まってたから物販とかでチラッとAWAYOKUBAは関わらせてもらってたけどな。

(釜中) その時からちょっと手伝ってもらったりしてて、結構長い付き合いではありますね。

(871) 実際一緒に仕事してる人は、本音も建前も込みで、マネージャーやってほしいって言ってくれるのはあるんだけど、俺が何にも言ってないのにAWAYOKUBAの時に、「手伝って欲しい」みたいなこと言ってくれたのは何が良かったの?(笑)

(釜中) やり手感を醸し出してたんじゃないっすかね(笑)

(871) でも当時、全然やり手とかじゃなかったと思う(笑)

(釜中) 魅力的だったんでしょうね。でもやっぱり、その時からやり手だったと思いますよ。「色々やってて、凄い出来る人や」っていうのを皆が言ってましたし、柳井さんはLove sofaの周りとか、僕らがずっとお世話になってた先輩とかの周りにいたし。

(871) そうやなぁ。「歌詞を書く上で気をつけていることはありますか?」答えられる?これ。

歌詞を書く上で気をつけていること

(釜中) 嘘をつかないことですかね。

(871) それ俺も(仕事をする上で)1番気をつけてるやつやわ。

(釜中) 本当に思ってることを歌詞にしたいし。でも、自分を救う為に歌詞を書いてる場合が多いかもしれないです。『I'm』もさっき、救われたって言ってくる人がいて嬉しいなぁと思うんですけど、コロナ禍で色々思うことがあって。僕は“あなたはあなた自身を愛してください”とは烏滸がましくて言えないなと思ってたんですけど、“僕は僕自身を愛することにしたよ”っていうことを提示することで伝わればいいな、と思ったりとか。そういう事をやっと言えるようになりましたね。

(871) 聴いてる僕の勝手な解釈だから違ったら失礼になってしまうんやけど、『I'm』と、例えば若い頃に作ってたAWAYOKUBAの『たりらりら』とかは、曲の歌詞が意味するもの、込めてるものって全然違いそうやん。当事者としてはどうなん?

(釜中) 特に意識はしてなかったんですけど、やっぱり変わったんですかね。でも、単純に歳はとってるし経験もしてるから、選ぶ言葉とか全然違うなと思ったりしますね。27日のライブで昔の曲もやろうかなと思って練習で歌ってるんですけど、「あ、当時の俺はこういう言葉を選んで歌ってたんや」って新鮮に感じましたね。今でも直接的っちゃ直接的ですけど、もっと直接的やったなって思うっすね。

(871) なるほどね。ちょっとコメント拾うけど「まっつんのラストライブは生配信ないですよね?」これずっと、どうする?って言ってるけど多分生配信に関しては無いかな。

(釜中) そうですね。申し訳ない。

(871) でもラストライブも大阪だけやし、楽しんでもらえるようにちょっと考えてるので。

コロナに限らず、チケット取られへんとか、単純に遠いから行けないとか、仕事で行けないとか、それこそ医療関係の仕事についてるから行けないとか、どんな理由であれ行きたいけど行けない人にとっては生配信してもらいたい気持ちは分かる。なんやけど…むっちゃシンプルに言ったら、生配信やるのにもお金かかるし、かけたお金を回収できるだけ配信チケットが売れるのか、っていう現実問題もあるやん。だからと言ってそれだけの理由でも無いし、放ったらかしてるわけでもないし、生配信だけが手段でもないし…っていうところかな。まあ、楽しみにしておいてもらうといい様な気はします。そういう形で届けるんや!っていうのは追追出てくると思うので。
(注釈:12/27の実際のライブでは、サプライズでアンコール部分のみDENIMSのInstagramアカウントから生配信を行いました。*現在はアーカイブ非公開)

DENIMSの中でカマチューさんの想いが一番強く入ってる曲って何ですか?」やって。決められる?難しそうやな。

(釜中) でも、新曲っていうのも含めて気持ち的にはさっき言った『I'm』かな。

(871) 『LAST DANCE』って言っといた方がいいんちゃう?(笑)

(釜中) 聞いといて選ばしてくれないんすか!(笑)

(871) ははは(笑)

(釜中) じゃあ『LAST DANCE』かな!(笑)
でも『I'm』は僕結構頑張って…『さよなら、おまちかね』とかも好きですね。最近、我ながら良い曲多いなあって思いました。昔の僕、頑張ってるやんけ、って思いましたよ。

(871) 良い事やな。自分を認めるとか、自分を褒めてあげるとか凄い大事やからな。
AWAYOKUBAの時、バンドが解散するのが先か、安藤くんが辞めるのが先かは語りきらん部分もあると思うけど、事象だけを見るとさ、AWAYOKUBAの時はDENIMSに名前が変わって、今回はまっつんが辞めるけどDENIMSのままでやっていくわけやん?そこらへんはどうなの?

DENIMS始動当時の葛藤

(釜中) AWAYOKUBAの時とDENIMSの今とでは全然、考え方も状況も違うっていうのはあるかもしれないですね。あの時はあの時で、解散したいと思ってたんでしょうね。でも、解散してAWAYOKUBAからDENIMSになった時に、柳井さんに言われた覚えてることがあって。「『THE BLUE HEARTS』は『↑THE HIGH-LOWS↓』の曲はやれへんやん」みたいな。最初それ結構思って、頑張って解散してから次のライブまで半年ぐらいしかなかったんですけど、全部書き下ろしの新曲で勝負しようと思ってやったんすよ。

(871) DENIMSを始める時な。

(釜中) そうそう。結構焦って…最初全然曲が良くなかったんです。その中でも今もやってる曲とか、気に入ってる曲もありますけどね。とにかく30分のライブできるぐらいの曲を急いでいっぱい作って、結局その後はAWAYOKUBAの曲もやることになるんですけど、その時はそんな感じで思ってました。でもやっぱり今は、まっつん抜けちゃうけど、DENIMSで作ってきた歴史とか曲をまだまだやっていきたいなっていう気持ちがあります。

(871) AWAYOKUBAより何倍も長いもんな、DENIMSの方が。

(釜中) AWAYOKUBAはアルバム一枚しか出してないですからね。実質アルバム出して活動してたの1年ぐらいかな。
DENIMSで一番最初に出来た曲って何ですか?
『Goodbye Boredom』かも。AWAYOKUBAで1番最初に出来たのは『たりらりら』ですね。それは未だにやってるからお気に入りです。

(871) こういうの言うとバカっぽいんかな…。笑 わからんけどさ、全員でユニゾンするやん。あれがむっちゃ好きやねんな、俺。

(釜中) ほんまっすか!良かった。同じフレーズでギターハモるとかめっちゃやりますね。

(871) そういう印象のバンドってそんな沢山おらんねんな。なんていうの?簡単に見えるやん。でもグッとくんねん、あの感じが。

(釜中) 良かった(笑)最近特に、僕らの曲を聴いてくれてる人は楽器やってる人が多い気がします。軽音楽部の人がコピーしてくれるとか。歌が好きって人も勿論おるでしょうけど、他のバンドに比べたらアンサンブルとかバンドやっててコピーしたいとか、そういう風に思ってくれてる人が多い印象ありますね。

(871) それは嬉しいことなの?

(釜中) めっちゃ嬉しいっすよ。コピーしてほしいし、コピーしたいと思うフレーズを結構こだわってるっていうか。"歌をガッツリ聴いてください!"っていうよりは、バンドサウンドとかアンサンブル込みで聴いて欲しいって作ってる曲が多いと思うので、そういう風に思ってくれたら嬉しいです。

(871) あ、あの話しよう。なんで堺の田舎から出てこないのか問題。(笑)

(釜中) ははは(笑)確かに。

あえて上京せず、地元の大阪でバンド活動をするという選択

(871) 今、家は大阪市内なん?

(釜中) 僕だけ堺ですね。

(871) まだ堺におんねや!俺も東京来いよって言うの諦めたけど、今はもうわざと来ないわけやん?

(釜中) そうですね。今はもういいかなーって思ってます。でも、2、3年前ぐらいまではずっと「東京行こうかな〜」ってメンバーと言ってましたけどね。行こうかな行こうかな詐欺、って東京の友達に言われました。

(871) もういいかな、って思えたのはなんでなん?

(釜中) ん〜まあ環境も整ってるし、今の状況はこっち(大阪)から発信してても音楽を届けられるというか。新しく知ってくれた人もYouTubeとかサブスクリプションで知ってくれたんかな、とか。そういうのってあんまり地域関係ないなと思ったら、とりあえず良い曲いっぱい書いて、良いライブを沢山してたら別に大阪でも良いと思えるようになりましたね。でも、めっちゃ“関西人でっせ!大阪レペゼン!”みたいな感じを出したいとは思ってないです。でも柳井さん1年前くらいに、「もう(大阪にいても)いいんちゃう?」ってことは言ってましたよね。20代前半くらいの頃は、はよ来いやーって言ってましたけど。

(871) そうそう。全然良いかなって思い始めてんねんけど、結局、悩んでるなら東京来た方がいいとは思ってる。ミュージシャンでも必死こいてやってる奴の人数は東京の方が多いから、自分もやらな!っていうモチベーションにもっていきやすいのは東京やと思う。

(釜中) それ結構、昔も言うてもらってましたね。めっちゃそう思ってました。

(871) 仲間もできやすいし、色々勉強もできるからっていうのはあんねんけど、今年のコロナも含めて、地方やったら出来ないのかって言ったら、そうでもなくなってきてるやん。離れてても情報交換できる世の中だから。自分が頑張りやすい環境に身を置くっていうのも大事やけど、身の回りの人間関係とかインターネット上の付き合い方とかで、場所は離れてても自分をストイックに持っていける環境作りができるようにはなってきてるからさ。

(釜中) それこそHIP LAND MUSICに手伝ってもらって1年間ぐらいになるけど、ずっと打ち合わせZOOMですもんね。

(871) 会ってないもんなあ(笑)

(釜中) そうそう(笑)それもそうやし、柳井さんが10年前とかに言ってたように、東京の刺激ある人達と関わって頑張る、みたいなのをめっちゃ思ってたんですけど、最近僕らも頑張ってやる中で出来た友達とか東京の同世代のバンドマンとかとツアー回ったら、「カマチューが前に"東京のやつらってバンドマン同士でよく会って熱い話してるんやろ?"って言ってたけど、制作してライブして、って忙しくしてたら、結局、東京の友達同士で会う回数と、カマチューと会う回数はそんなに変わらない」っていう話になって。皆それぞれ違う地域やけど、頑張り出すサイクルになってきたら、そういうもんだよなーって。あんまり気にならなくなってきた感じはありますね。まあ、上手くやってれば、って話ですけど。

(871) ツアー回れるようになったのもでかいな。

(釜中) 確かに!ツアーはめっちゃありがたいっすね。いっぱいライブやらしてもらって。

(871) ライブに出ちゃえば別にどこから来てても(どこに住んでても)関係ないっちゃ関係ないからさ。でも逆に言うとそこまでいくのにっていうのもあるけどな。

(釜中) 今回初めて全国ワンマンやって、めっちゃ楽しかったっすね。

(871) 俺やっぱりワンマンがいいと思うねんな〜。対バンがダメっていう話じゃなくてね。むちゃくちゃダイレクトっていうかさ、誤魔化しきかん通信簿みたいなとこあるやん。

(釜中) 確かに(笑)単純にワンマンって曲いっぱい出来るじゃないですか。今年ワンマンが増えてきて、その中でイベント出るってなってセットリスト考えたら、"あ、こんだけしかできへんねや"っていうのを思えるようになりましたね。これやりたかったし、これ聴いて欲しかったけど外さなあかんわ、っていう悩みも出てくるくらいCDもいっぱい出てたんやって思いましたね。

(871) 今、全部で何曲くらいあるの?

(釜中) ミニアルバムが3枚とフルアルバムが2枚かな。30~40曲はあると思います。
コメントで「結婚式でDENIMSの曲を使わせて頂きたいのですが、敢えておすすめの曲を伺いたいです。夫婦でファンです。」ってありましたが、それは『おたがいさま』を流したら良いと思いますよ。『おたがいさま』を結婚式で歌ってっていう人多いんで。

コメント欄に名古屋のライブ来てくれた人もいますね。名古屋ほんまに長い付き合いでね。大阪からも近いのでよく行ってました。

(871) 今回、名古屋はQUATTROやっけ?

(釜中) 直近はCLUB UPSETだったんですけど、その前のワンマンはQUATTROです。

(871) ダイアモンドホールくらいいきたいな。

(釜中) ダイアモンドホールって入ったことないかも。2000~3000人とかすか?

(871) いや、1000人くらい。恵比寿LIQUIDROOMくらいよ。

(釜中) 恵比寿LIQUIDROOMもね、初めて出来たので凄い嬉しかったです。

(871) DENIMSを12年やってきて、まっつんに向けてなんかメッセージを送ろうや。

Ba.松原大地に向けてのメッセージ

(釜中) まっつんはベーシストとして天才だと思います。20代から30代っていう一番大事な青春の時期をDENIMSに捧げてくれて本当にありがとうと思うし。あんまり感情とか意見を前に出さない人なんやけど、めちゃくちゃ考えてるやろうし、内に秘めてるものがある人なんで。だからやっぱプレーも皆凄いって言うし、ミュージシャンに一番プレーを褒められるのはまっつんのイメージかな。あとモテる!1番モテるのもまっつんだと思うっすね(笑)だから本当に惜しいですけど、まっつんのこれからを応援してるし、僕たちは進みます!って感じです。あとは『LAST DANCE』を聴いてください!

(871) やっぱ『LAST DANCE』とまっつんが辞めるのは関係してるの?

(釜中) まっつんが辞めるっていうので作った曲ではありますね。
あとまっつんが辞めるっていうのをコロナの時期に発表したからあれなんですけど、勘違いして欲しくないのは、コロナとかが影響して辞めたいってなった訳じゃなくて、昨年の今頃からまっつんはそう言ってて。でも柳井さんと一緒に仕事することになって相談して、こうやってツアーをしていって、ここまでやろう、ってなったんです。だから辞めることが決まった状態で、一緒にツアーとかリリースするのってめちゃくちゃ気力がいることやと思うけど、その一年をバッチリやってくれてありがたいなと思ってます。

(871) コロナ無かったら、多分ツアーで終わってたもんな。

(釜中) そうですね。最初はツアーまでって言ってたんですけど、コロナとか色々あって。

(871) 先々、なんばHatchとかZeppとかでやれたらいいなぁとは思うけど。

(釜中) なんばHatchはめっちゃやりたいっすね!!

(871) はは(笑)そうなん?

釜中の青春時代の思い出

(釜中) やっぱりめっちゃ思い出の場所やし、なんばHatchで青春時代に色々好きな人見てたんで。バンドやりたいなと思った時の18歳くらいの時に、『Love sofa』と『nbsa』とか『犬式 a.k.a Dogggystyle』の8時間耐久を見たんですよ。ステージにバンドセットが2つあって、DJイベントみたいに片方のステージでバンドが演奏したら、次もう1つのステージでバンドがセッションで入ってくるんです。転換の時間なく音を止めずにライブが続いていくっていう、めちゃくちゃなライブがあって。それを見に行ってめっちゃかっこええなぁと思ったし、それこそ『cutman-booche』とか『Special Others』が前の方の時間だったイメージっすね。

(871) カマチューの青春時代の思い出マニアックやな~(笑)凄い良いけどね。
でも『nbsa』みたいに沢山じゃなくても、そういうのやりいや。転換の時間無しの。

(釜中) あれめっちゃいいっすよ!

(871) あれはホンマにミュージシャンがやりたい!ってなってくれへんと、スタッフさんの「やりたい!やりましょう!」で実現できるもんじゃないからなぁ。

(釜中) 皆セッションできなあかんし、それを出来るミュージシャンじゃないとあかんのもあるっすもんね。最後の曲と最初の曲がセッションになって次のバンドに移行するっていう、あの試みは凄かったっすね。

今年は本当にライブの有り難さを感じた。
凄い色んな感染対策をしてくれたから、僕達コロナの時期だけどツアーいっぱい回らしてもらって。こんな大変な時期に皆来てくれてありがとうございます。感染の報告も無いし、無事に終わりました。

(871) 「バンドはどのように結成されたんですか?」これ答えよう。

DENIMS結成の経緯

(釜中) AWAYOKUBAで江山(真司/Dr)とまっつんと僕は一緒のメンバーだったんですけど、大学生の時に、ラップやってる友達のイベントに僕もギターで1人で出てたりとかして、そこでやっぱりバンドやりたいって思ったんです。中学校の時に江山と一緒にバンドしてたんですけど、江山をまた誘って、まっつんはバイトが一緒やったんで誘って。キーボードの安藤くんって人がいたんですけど、その人は大学一緒やったんで誘って。イベントとかに出ました。酔っ払ってマイク3回ぐらい落として…みたいなライブをしていたんですけど、でもブチギレたライブはしてて。そこに柳井さんが見に来てくれたりして出会ったんですけどね。

で、AWAYOKUBAが解散して、メンバー誰か探そうっていう時に、岡本悠亮(以下:おかゆ)がもともと知り合いではいたんですけど、そこまで一緒に遊んだこととかはなくて。でも友達の中で1番ぶっ飛んでて面白い感じだったので、一緒にやろうぜって誘いましたね。それで今のメンバーになりました。キーボードが抜けたので、おかゆにキーボード弾いてもらったりしてたんすけど、おかゆキーボード弾くの嫌すぎて(笑)ライブしてる時にめっちゃ嫌っぽくて(笑)その時買ったキーボードが僕の部屋にあります(笑)これで『I'm』とか練習してます(笑)

(871) おもろいな。(笑)音色だけやないからなぁ。こういう音入れたいから鍵盤(メンバーに)入れてやみたいな、バンドってそういうのだけで形成されてなかったりするやん。

(釜中) そういう音出したいけど無いからどうにかギターで再現しようや、っていうのがオリジナリティになったりするので。それこそ『そばにいてほしい』のサビの裏のファズの音とかは、ラッパのフレーズをイメージして作って。そういうのは確かにイメージして作ったりしますね。

(871) うんうん。カマチュー、1時間経ってもうたわ。

(釜中) あ、ほんますか!なんか…ちゃんと喋れたかな。

(871) もっといきたかったな。結婚した話とかも触れば良かったと思って。
別にプライベートの話が聞きたいとかやないんやけども、音楽に関して変わったのかなとかさ。

(釜中) あー!確かに。

(871) また宣伝ある時やろう。

(釜中) はい!ありがとうございます。楽しかったっす。

(871) じゃあまたね。おやすみー。

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