121.ナーロッパ礼賛

 本日のお題はこちら。

 古いネタですけどね。「縛りが緩めのシェアードワールド」と言う事で良いんじゃないかと思います。

 フィクション系の娯楽作品でやってはいけないのは「詰まらない作品」に仕上げる事だけ、と言っては語弊が有りますが、実質はそれが最大の目的なので、それを阻害しなければ何でも良いです(極論)。

 目的と手段の話になりますが、「面白いと思えるポイント」は種々の受け手で異なるので、目的に合致した手法を取り入れるのはOKです。つまり無双プレイを楽しみたいので有れば、世界観は二番煎じ三番煎じでも良く、世界観を楽しみたいので有れば、そう言う作品を選べば良い訳です。「ラーメン食べたい」と思って蕎麦専門店に行く人は居ませんよね?

 (まとめだと、蕎麦専門店で「蕎麦アレルギーなんで」と、うどん注文する人が居るらしい…)

 高校の時、TRPGやゲームブックにハマって、友人から『指輪物語』を勧められましたが、読む機会が無く、卒業後に手にしたのですが…「黒の乗り手が出てくる辺りで挫折した」と言うと、友人から「そこからが面白いんだよ」と言われ、読む気を無くしました。延々とホビットの日常を描写されても…。活劇と個性的なキャラクター(複数)が読みたいので。

 以上、「マッチング」の一言で解決しました(笑)…とは言え、個人的には「作品内における大きな矛盾」は、「詰まらない」と同様にバッシングされてしかるべきだと思いますが(正直、「細かい矛盾」も嫌いですけど)。

 私が『反三国志』を嫌うのは、内輪ネタ(孔明が共産党(20世紀の)から地雷をくすねている)が面白くないからとか、馬超・趙雲の義兄弟(この作品では)が活躍し過ぎだとか、彼らが縦横無尽に広大な中国全土を転戦して回る(狭く感じる)とか、そんなチャチなものじゃ断じてねー。もっと恐ろしいものの片鱗…もとい、ワンサイドゲームになっている面も否めませんが(劉備を暗殺しようとするが、警戒が厳しいので劉禅が殺され、劉備の孫が即位するとか、「史実を有利にし過ぎている」とも。徐庶からしてそうですし)、最大の要因は前書きと「長坂橋の趙雲」が矛盾する事に有ります。

 『反三国志』の前書きは「三国志時代の正史は五胡十六国時代に散逸した。現存しているのは魏が偽造した史書だけ!」と言う大上段な振りかぶりぶりで、この大言壮語には大いに期待したのです…が。「徐庶が去ろうとする所までは、ほぼ同じ展開なので割愛」もOKです。しかし、赤壁の戦いが無いんですよね。それもOKなのですが、じゃあ、何故、趙雲を「長坂橋の趙雲」と呼称するのか、と言う事なんですよ、地の文で。これは現世の読者に理解させる為の手法だと思いますが、しかし…ダサいですよね。情けないと言うか。自分から「魏書は偽書で有る!」と全否定しているんですから、「じゃあ、何で偽書のフレーズを使うの?」と。これだけで、もう駄作の烙印を押して良いです。時代性がどうの、商業作家じゃない(と思う)とかは免罪符になりません。板垣版『餓狼伝』で長田先輩が「お前らが言ってるのは、ケンカ売っておきながら「将棋で勝負しろ」って事なんだよ!」と主張している通りです。

 大きな矛盾(欠陥)が無ければ、後は「売りの部分と買い手の好みが合致するかどうか?」で決めれば良いと思います、購入を。

 それと、昔『混沌の渦』ってゲームブック(設定資料?)が出たんですが、中世ヨーロッパを忠実に再現し過ぎていて、エンタメ寄りでは有りませんでした。ポリポリ。

 「ドラクエ的な世界」で世界観の説明が済めば楽じゃ無いかと思うんですよね。と言う事例は、80年代のロボットアニメを見ても分かります(以後、開始年のみ表記)。

 『機動戦士ガンダム』(1979年。監督、富野由悠季。名古屋テレビ)の成功、と言うか、ガンプラの成功で、バンダイはMSVと言うオリジナルまでヒットさせますが、その渦中に、ライバルのタカラは『太陽の牙ダグラム』(1981年。監督、高橋良輔・神田武幸)を製作、1年半のロングランとなりました(余談ですけど、サンライズオリジナル作品としては最長のTVアニメだと思います、続編等をカウントしない場合)。原作は高橋良輔氏と星山博之氏で有り、星山氏の起用は多分にガンダムを意識しての事と思われます(宙に浮いたニュータイプ論よりも、最終回でのサマリン博士の言葉の方が地に足が付いている)。

 (同じ1979年でサンライズ製作の『未来ロボ ダルタニアス』は1995年が舞台ですが、戦中末期か戦後直後みたいな世界観で、同じ「学徒動員」をモチーフにしたガンダムとの差が凄いと言うか、方向性と言うのは大事だな、と思いました)

 ダグラムと並行し、富野監督は(『伝説巨神イデオン』(1980年。テレビ東京)を挟み)『戦闘メカ ザブングル』(1982年。名古屋テレビ)を製作します。ガンダム、イデオン、ダグラム、ザブングル、とここまで全て「未来の地球人」が主人公となっています(ダグラムは植民星のデロイアが主な舞台で有り、イデオンは宇宙の星々を転々としているが)。この内、ザブングルは「一度、文明が滅んだ」と言う設定で有り、ナレーションで視聴者には最初期から「惑星ゾラと呼ばれている地球」と判明していますので、「主人公たちの持ってる銃器が、やたら西部開拓時代のそれに偏っている」としても不思議では有りません。ラグ・ウラロ(声:島津冴子)が、行き倒れのジロンを見て「馬の骨」と言っても違和感が有りませんし(映画では「トカゲの骨」に変更)。

 「一度、地球人の文明が滅んだ世界」はTVでも以前から存在し、アニメ『未来少年コナン』(1978年。NHK)がザブングルに近い世界観でした(一部の人間が旧文明の恩恵に与っている)、特撮でも『猿の軍団』(1974年、TBS)が存在しており、その元になった映画『猿の惑星』(1968年)も有りました(原作とは違いますが…)。

 本題はここからになります(苦笑)。いや、だから世界観盛り込み過ぎると、説明に時間かかる、って見本なんですよ(笑)。

 1983年は、高橋監督の『装甲騎兵ボトムズ』(ダグラムの後番組)、富野監督の『聖戦士ダンバイン』(ザブングルの後番組)が放送されます。ボトムズはアストラギウス銀河と言う架空の世界、ダンバインは(当初は)バイストン・ウェルと言う架空の世界が舞台となります。

 ダグラム後半の主人公、と言っても良い(狂言回し?)のジョルジュ・ジョールダン(声:千葉繁)が「今日も元気だお米が旨い! みんなオレについてこい!」と、当時のCMを基にしたセリフを飛ばしましたが、「あ、こいつら米食ってるんだ(笑)」と思いました。地球人の未来なので(舞台はデロイア星ですし、クリン以外の登場人物はデロイア人が多いのですが)、米が主食でも良いでしょう(デロイア風ごった煮シチュー、みたいなのも有るそうですが)。

 これがボトムズになると「参った参った隣の神社だぜ」とバニラ・バートナー(声:千葉繁)がギャグをかましますが、「え? ギルガメス星系(アストラギウス銀河)に神社あんの? おまえ神道なの?」とか思いますよね(笑)。もちろん、これは声優で有る千葉氏の持ちネタ(?)で、『うる星やつら』のメガネのセリフが先でした(ですよね?)。なので、千葉氏のファンがニヤリとするだけでOKですし、世界観には関係有りません。

 この後も、キリコ・キュービー(声:郷田ほずみ)が「ゴキブリ退治」と言うのはさておき、30憶ギルダンの金貨をばら撒く際は「鬼はー外! 福はー内!」と、ブールーズ・ゴウト(声:富田耕生)のとっつぁんが掛け声を出しますが、「豆まきあんのかい?!(笑)」のツッコミは必至でしょう(笑)。ダボフィッシュ=ダボハゼだと思いますが、しゃぶしゃぶも存在するアストラギウス銀河(笑)。コーヒー警察も出動?

 また「アストラギウス文字」はアルファベット26文字をベースにしており、素人でも解読可能でした(模型の取説にも対応表が書かれていましたが)。

 一方、ダンバインの方は、世界観の演出として、長さの単位はメット、重さはルフトンで表していましたが、それぞれ約1メートル、約1トンなので(0.98だっけ?)、直感的に理解しやすい傾向に有りましたが、一瞬「ん?」と考え込みますね。

 この点、転生ものの始祖(と呼んで良いでしょう)火星シリーズでは、長さの単位を火星(バルスーム)独自の表記にしていましたが、「分かりづらい」と思いました。まぁ脚注が付いているのでOKでしたが。それより、夜間は2つの月(クルーロスとサリア)が出ており、その公転速度の違いが印象的でした。

 同じエドガー・ライス・バローズ作品だと、地球空洞説を基にしたペルシダー・シリースが、夜が無い(時間感覚が無い)とか方向が無いとか、色々と面倒な事例の有る世界観でした。全7巻の内、地上人が主役を務める話が多く、第1、2、6巻はデヴィッド・イネス(アメリカ人)、第5巻はドイツ人フォン・ホルストが単独で主人公として活躍していますし、第4巻はタ-ザンとジェイスン・グリドリー(西側の国の人)。この5冊は地上人だけです。第7巻はデヴィッドとホドン(ペルシダー人)、第3巻はタナー(ペルシダー人)が主役ですが、デヴィッドも少なからず出番が有り、作品の進行に地上人が不可欠だった、と言っても良いでしょう(第3巻は、海賊国家コルサールが登場し、地上の中世(?)の海賊と思しき装備を身に着けている。カトラスとマスカット銃とかサッシュとか)。

 小説の場合は、進行速度を読み手が自由にコントロール出来ますが、アニメにしろ実写にしろ、「一定の速度で流れる作品」は、視聴者が直感的に理解できる事を目標にせざるを得ず、必然的に「瞬間的に理解できる」と言う演出が要求されます。似たような事例としては、海外作品の字幕と吹き替えでセリフが違う場合、を挙げておきます。

 従って、80年代辺りまで(?)の吹き替え作品は原語準拠で無い場合も少なくなかったりしちゃって、広川太一郎氏が第一人者なんだろうけども、尺に合わせてセリフを盛るものアリなら、ニュアンスを出す為に原語に無い単語とかまで飛び出しちゃったり引っ込んじゃったり。

 以上、現場からお送りしました(どこの?)。

追記:そうそう、思い出しました。『反三国志』のもう1つの気に入らない点。それは「周瑜の死に方」で、嫁や妾と性交し過ぎて死んじゃうんですよね。全日本の周瑜ファン激怒ですよ。多分、中国でもそうでしょうけど。いくら「生きていると邪魔なキャラだ」とは言え、もう少しマシな殺し方は無かったのか? 暗殺とか事故死とか。この辺「人気キャラなのに消し方に愛が無い」あたり、作家として失格だと思います(二次創作者としては)。

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