おれは上手く話せない

#1.始まりはいつも無音

「吃音症」
その言葉の意味は、その言葉を覚えるより前に知っていた。最初に自覚したのは小学4年生の時。塾の夏期講習で、発表しようとした時だった。手をあげて、答えを言おうとした。が、上手く言葉が出てこない。それが、おそらく最初の記憶。自分の話し方が変だと、小学校を卒業する頃にはとうに気付いていた。

中学生に入り、事態はより深刻化する。忘れもしない、初めての英語の授業。新品の英語の教科書の、まだ硬いページをペラペラとめくり、先生が質問を出す。

“India“

「これはどこの国でしょう?」その英単語を象徴する様々なイラストが並ぶ。世界地図はお風呂に貼ってある。有名どころの国は国旗を見ればわかる。おれは自信満々に手を挙げた。
「い、いいい、い…」
まるで誰かに喉をぐっと締め付けられているかのように、おれの声は震え、後に続く言葉が出なかった。自信満々に手をあげたのに、「い」を連発する変なヤツ。みんなの目にはそう映っただろう。
「早よ言えよ!」みんなが笑いながら言ってくる。おれだって言いたい。でも、言えない。
「…すみません、忘れました。」
おれはそう言って、座った。全員の記憶から今の出来事をどうすれば消すことができるか、そればかり考えていた。

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