下心は大事

ここ最近、時間が有り余っていて映画を観ることが多い。
Netflixで観る作品を探していると、面白そうな作品がいっぱいあってどれを観ようか迷う日々です。

ただ、映画って短くても1時間。
大抵は2時間近くあるから、観る前に気合入れないと観れない時がある。

Netflixで作品の時間が表示されるのだけど、2時間半とかあったら「また今度にしよ…」ってなる時もある。(「アイリッシュマン」とか観たいんだけど3時間くらいあるんですよね…)

だからスルスル映画を観れる時期と観れない時期がある。

2015年は「映画を100本観る」と謎の目標を立てて最終的に114本観た。
1日に5本観た日があって、最後の方は修行僧のようになって観ていた。(ちなみに5本目は「アメリ」だった)

こういうマラソンみたいな映画の見方はしない方がいいと思う。
沢山観たから偉いというわけではないし、無理せずリラックスして観る方が絶対に良い。

5年前はNetflixやAmazonプライムみたいな配信は無くて、近くにあったWAY(一応TSUTAYA系列)というレンタル屋で一気に5本とか借りて観ていた。
今の配信サービスは本当に便利だと思う。

5年前の自分は「これ観てる」って言ったら「お洒落だな」とか「映画わかってるやん」みたいな映画通ぶりたくて作品を選んでる部分があった。
まぁ今も多少そういう気持ちは無きにしもあらず。
(最近「ヒート」という映画を観たのだけど、「ロバートデニーロとアルパチーノが共演してて渋かった」とか言いたい…)

でも、そういう下心みたいなのはあってもいいと思うのです。
時々揶揄する人がいますけど別にいいじゃんと思う。

実際にそういう気持ちで選んだ作品でも観てみたら心から面白いと思う作品は沢山あった。
理由はどうあれ、「観て良かったな〜」って思えたのなら全然良い。

あと沢山観たら自分がどういう作品に心惹かれるのかもわかるようになる。
「あっ、俺はこういうのが好みなんだな。じゃあこの監督の他の作品を観てみよう」とか次に観る作品が勝手に決まっていくようになる。

俺はそのおかげでコメディとかSFとかサスペンスが好きなんだとわかったりした。

あとは「これは面白いかも」という自分の中のアンテナみたいなものが研ぎ澄まされる。
作品から発する匂いみたいなモノに気づきやすくなるんです。
だから新しい作品に出会える可能性が高くなる。

ちなみにそうやって進んで行くとアンダーグラウンドに踏み入って「これは俺しか知らないだろ」みたいな得意顔になったりする。(経験済み)

あとこれは映画や音楽の作品に対してだけではなく、何か新しい事を始める時でも同じことが言える。
ギター始めたきっかけに女の子にモテたいって気持ちはやっぱりありましたよ。

だから、きっかけはなんだっていいんですよね。
出会うことが重要で、出会う回数は多い方がいい。


世の中には数え切れないほどの映画(に限らず)、作品はあるので「ここだな」ってモノに出会えたら下心でもなんでも深く立ち入っていいんじゃないでしょうか。

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