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続・嘘松男子R.I.P.

R.I.P二発目も嘘松男子です。
前回に続きですが、嘘松へのR.I.Pについては、意地悪多めに穿った見方をして勝手な分析とともに感想を連ね、当時なんともできなかった私の感情を供養するために書いているのでご了承ください。
具体的には【聞いた瞬間耳を疑ってしまったけれど、その場では触らないほうが安全だと判断し「こういう反応が欲しかったわけではないだろうなと分かっているけど、じゃあつって、貴殿が欲しかった希望通りのリアクションをしてやるのも嫌だったから、大人の対応でその場を凌いだ」時のモヤつきを昇天させたいから、書いたものです。※嘘松濃度の濃淡は問題ではありません。

「僕、ボランティアで孤児院に行ってるんです」

聞いた瞬間からずっと、言葉に引っかかったんだよな。
善意の行動は素晴らしいけれど、その言葉のチョイスに引っかかったんです。これ、車の内装を褒めた時に出た言葉だったのですが(かわいいシールが貼ってあったので可愛いですねと告げたところ上記の台詞&その子供たちを乗せてあげたりする時に、子どもが貼ったんだという説明つきで)

ゆるく引っかかったのは
「ボランティアで行って、自分の車に乗せることなんてあるのかな?」という所。よほど通っていたとしても、ちゃんと認識されていたとしても、何か起きた時の責任問題、対応を考えると、職員でもない人間の車に乗せることはないと思ったので。車って密室だし。職員あるいは正式にドライバーとして雇われている人が業務で、となるのではとか思ったんだけど。

実際の現場の情報は知らないし、善意を断る前提で考えるのもよくはないんだろうけど。危ないから、車に乗せるなんてないんじゃないかなと思ったので。というこれがゆるく引っかかった方。

でっかく引っかかったのは「孤児院」という言葉の使い方。
今、日本に「孤児院」という名称の施設はないはずなんですよね。
1947年の児童福祉法の制定で養護施設に改称、1997年の児童福祉法の改定で児童養護施設をいう名称に改められているので(どちらも施行は翌年)。
私も40年生きていますが、孤児院という言葉はキャンディ・キャンディかドラマでしか見聞きしていない。
勿論、つかうのをよしとされていない言葉ではないので、使う方もいるとは思うんですが。
引っかかったのは、【ボランティアとして認識されるくらいに、子供たちを車に乗せるくらいに通っていた】はずなのに【現在、使用されていない名称を一番に使ったこと】なんですよね。

名前・名称ってとても大事。だから、名称の取り扱いには気を付けると思う。まして本当にボランティアで通っていたのであれば。一度二度ではなく、頻繁に通っていたのであれば。70年以上前に改称された、生きていない名称で呼ぶことはないと思うんだ。本当に頻繁に行っていたのであれば。

で、引っかかったのはなぜかを振り返ったのですが、鼻についたんですね。
「ボランティアでお子さんを乗せてあげるんで、その時に」位の説明で十分なのにわざわざ「ボランティアで孤児院に行っている」と言ってくる。
えっボランティアでいいじゃん。孤児院にってわざわざ言うことなの?アピールなのか?え?ていうか言う必要があるの?お子さんを乗せる機会が多くて位でも問題のない話題なのに?しかもなぜその言葉チョイス?えっ?本当なの?過去に乗せたことのある誰かのことを、凄く膨らませていってるんじゃないの?

と、瞬時に思考が錯綜した結果、ソウナンデスカーで終わらせました。

あ、ちょっと十四松の物真似したくなったんで、やりますね。
あ~もう。クソ寒い(CV小野大輔)

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