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初夏の旅路で出逢うお好み焼きの名店。

「お好み焼き 八昌」2021年5月4日(火・祝)

福岡駅は、鹿児島行きやら、大阪・東京行きやら、広域な地平を辿って旅愁を招く。
選んだのは余白だらけの山陽新幹線であった。
次々とトンネルを抜け、およそ1時間で広島の地を踏んだ。

朝の清々しい日差しが降り注ぐ未踏の道を歩き続けた。
遠く霞むあの日もまた、宙の奥まで吸い込まれるまでに清透な青空だったのだろう。
夏の灼熱とは言いがたいが、明らかに降り注ぐ日差しは北国のものとは異なっていた。
昼前から目指したものは、もちろんお好み焼きである。
広島の一日の始まりを求めて、名物が集うお好み村へと出向いた。
11時開店の直前に合わせていくと、目当ての店にはすでに先客が待っていた。
敢えて声をかけてみた。
「八昌の店のオープンを待っているんですか?」
快く肯いた3名の客は、家族一行で名古屋から訪れたという。
この店の魅力は広範囲に轟いている証だと思った。
逆にどちらから来られたかと問われ、北の地名を答えると新鮮な驚きを以って受け入れられた。
階段の下方を振り返ると、恐竜の骨のようにすでに静かな行列をなしていた。
寸分の遅延によって明暗が分かれる事を思い知らされた。
店主のやけに響きの良い声とともに、店の中に導かれた。
10名程で満席になる店内で、家族経営らしき従業員が手際よく注文をさばいてゆく。
おすすめマークの付いた「生いかスペシャル」のそばを注文した。
うどんも選べることは、どこか新鮮な発見をもたらすがまま、一気呵成に全席分の調理に取り掛かった。
油の飛び跳ねる土砂降りのような音、素早いほどに調理されてゆく変貌ぶりに、誰しもが無言のまま耳も目も奪われていると、次々とその完成品が置かれてゆく。
皿から溢れんばかりの容量に、ビールを注文することを断じて食べることだけに専念することを自らに課した。
濃厚な甘辛いソースと焼き焦げたそば、水分を奪われたキャベツが絡み合い、青のりの風味が鼻先で追随してきた。
誰もが皆、寡黙に食していた。
この店の客席数と行列は、それを無言のうちに求めている。
小さな生いかの群れが時折キャベツと交わって出くわすが、それは主人公ではないのだ。
ソースと交わる底辺の豚肉もまた主人公ではないように気がした。
お好み焼きの主人公は誰だろう?
その謎は完食に近づいても深まるばかりだった。
おそらく、すべての具材が鉄板の上で融合し、ひとつのお好み焼きになった時、脇役などなく登場するものは、お好み焼きそれだけなのかも知れない。
外に向かって階段を降りようとすると、その恐竜の骨は外にまで成長していた。
まだ午前中だというのに初夏のように煌めく日差しは、何処に導くのだろうか?

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