きゅっ

新幹線の待合室。
少し気分が悪く、俯いて小休止をとっていた。
そんな時は周囲の音に、いつもよりもちょっとだけ敏感になる。

隣のカップルの会話が聞こえてきた。
とても仲が良さそうに、たわいもない会話に笑い合っている。
私の好きな会話だ。
(仲のいい友達やカップルなど、会話内容が面白いのではなく、互いを好き合っている2人だからこその、第三者から見ると少しくすぐったく理解し切れない、2人だけの世界を感じるのが好きだ。)
耳を傾けた。

「やだねー。ずれてあげればいいのに。ひどくない?」
彼女の声が聞こえた。

なんだろう?
さっきの幸せな雰囲気から一転した不穏な空気を感じつつ、顔を上げた。

ちょうど女性2人が少し離れた席に、それぞれ分かれて座るところだった。
2人の目配せする様子を見る限り、どうやら彼女たちはこれから共に旅する二人組のようだ。
待合室の座席は、二つペアのシートが複数ならんでおり、片方の女性の隣には、足組をして新聞を大きく広げる仏頂面のおじさんが座っている。

なるほど。
さっきの彼女の発言の意味を理解した。

すると、今度は別のシートに1人で座っていた優しそうなおじさんが席を立ち、「どうぞ。」と、先ほどの女性2人組に声をかけた。

「優しい〜」
依然として声を潜めることを知らない、無邪気そうな彼女の声。
今席を譲った紳士も、君の声を聞いて席を譲ったのだろうに。

随分と素直に思っていることを口にする子だなと思うと同時に、
一連のやり取りになんだか心臓がきゅっと苦しくなり、無意識に彼のことを思い浮かべていた。

彼になら、この何とも言えない気持ちが不思議と伝わる気がする。
もし同じ場にいたら、彼も一緒に心臓をきゅっとしてくれるんじゃないか。なんてことを期待する気持ちすら湧く。

店員さんに何度も「他のお客様もいらっしゃいますので…」と声のボリュームを注意される団体飲み会に参加している時。
訪れた飲食店のカウンター席で、店長らしき人が新人に怒っている様子を見てしまった時。
いつもは優しい友人が、余裕がなく少しピリついている時。

振り返ってみると、そんな心臓がきゅっと苦しくなる時には、いつも頭の中に彼を召喚していたような気がする。

そうか。
私は彼のそんなところに居心地の良さを感じていたのかもしれない。
彼のそんなところが好きなのかもしれない。

思いがけず、好きな人の好きなところに気づいた。
気づけばいつのまにか、気分の悪さは落ち着いていた。

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