fediverse移住の所感

 この記事はFediverse (4) Advent Calendar 2023 14日目の記事です。遅刻したけどなんとか間に合った……!
 Fediverseアドベントカレンダーは(1)~(4)まであるので、25×4=合計100記事も読むことができます。すごい!


 

美少女着ぐるみ趣味について

 fediverseアドベントカレンダーの趣旨を考えると、いきなりこの話から始めるのは、若干微妙な感じがあるが、このあとの話の構成上、先にこちらの話をしておくほうがよさそうなので、僕の趣味の話をしておく。
 まず、僕は「美少女着ぐるみ」という趣味を持っている。百聞は一見にしかず。こんなことをやっています。

初音ミク
文野環
八九寺真宵
高木さん

 とまあ、こんな感じで頭を含む全身を布とお面で覆って、そのキャラクターを演じるコスプレの一種をしている。単に「着ぐるみ」ということもあるし、より限定するために「美少女着ぐるみ」だとか「ドーラー」だとか言ったりする。かれこれこんな趣味を12年もやっているわけだが、Twitter歴よりは短い。
 非常に稀な趣味で、知り合いにこの趣味やってる人いるわ! って人はそうそういないと思う。潜在的に興味のある人は数十万人オーダーでいるんじゃないかと思うが、実際にこの趣味で活動しているち言えるのは、全国でせいぜい数百人くらいじゃないだろうか。となるとこの趣味をやっている人は全員知り合いか、知り合いでなくても、知り合いの知り合いとか名前くらいは知っている、くらいの感じになると思う。
 活動の形態はその人によって様々だが、だいたいこういった同好の士で集まってオフ会をするほか、スタジオや公園やコスプレイベントをやっている街中などで撮影会等を行っている場合が多い。僕は、けっこう一般の人の前に出るのが好きで、ロケ撮影をしつつ、面白がってくれた一般の人に愛想を振りまいて、一緒にキャッキャしたり記念撮影してもらったりするのを楽しんでいる。

僕のTwitter歴

Twitterとの出会い、受験生クラスタとして

 たぶん僕は世間的にもTwitter歴が長いほうだと思う。初めたのは2009年12月頃、東日本大震災の前。先住民とまでは言えないが、開拓民といってもいい時期に始めた。
 Twitterを始めた理由としては、当時mixiに一部の単語に検閲を行っているような挙動があり、運営に不信感が募ったからである。ちょうど同じ時期に高校の友人から、Twitterというサービスがあるらしいということを聞いて自分もアカウントを取って始めてみたのである。当時はiPhoneがまだ海の物とも山の物ともつかぬ扱いを受けていた時期で、僕はガラケーでTwitterにアクセスをしていた。最初はモバツイ、そのあとyubitterに乗り換えた。最初の頃は、全く意味が分からずただ日常の独り言を虚空に向かって投げていたと思う。
 まだ公式RTや引用RTなどが実装されていない時期だった。公式RTがなく、今では完全に廃れてしまったが、非公式RTという、人力で相手の文言をコピペするという方法で相手の発言を引用しそれでツッコミを入れたりしていた。
 また、誰にふぁぼられたのかはおろか自分のふぁぼ数さえ分からなかった時期である。ふぁぼったーというみんなのふぁぼをクロールして収集するサービスがあり、それを見て喜んでいた時代である。5人以上からふぁぼられると、文字が赤くなりそれを赤ふぁぼと呼んで、それを取ることが一種のステータスとされた。
 当時のTwitterには画像を添付する機能すらなく、携帯百景Twitpicなどという画像を間接的にTwitterに連携するサービスがあった。Twitterが未熟だったゆえ、Twitterの弱い部分を補完するさまざまなサービスが登場した時期だった。
 当時僕はまだ受験生で、受験生クラスタと言われる同じ境遇の人たちと互いにフォローしあっていた。センター試験の実況や二次試験の過去問を解いた結果を貼ったり、またそれらをテーマにした大喜利をしたりと和気あいあいとやっていた。

KUクラスタとしてのTwitter黄金期

 無事、京都大学に合格し、絡む相手は次第に受験生クラスタから同じ大学の人たちになった。当時、京大の学生たちはKUクラスタ(Kyoto University)と呼ばれていて、世間のイメージと違わぬユニークな人たちが多かった。当時、まだTwitterを利用している人そのものが少なく、現在のように猫も杓子もTwitterのアカウントを持っているという状況ではなく、やはり京大という変わった大学だからこそTwitterをやっている、というような認識も多少はあったんだろうと思う。
 中でも特筆に値するのがくっちんぱという人物で、彼は「ゆ教」という、ひらがなの「ゆ」を信仰するという架空の宗教を立ち上げ、KUクラスタやその取り巻きは、それに乗っかかりある種の大喜利を行っていたのである。また、ロックスター・エナジードリンクというエナジードリンクがファミマで売られていた時期で、僕の周りではそれを飲むことがある種のステータスとされていた(し、実際美味しかったんだよなこれ)。そして、これを飲むとTwitterに「ロックスター・エナジードリンクなう」と投稿し、するとフォロワーから「ナイスロック!」というリプライを貰い、それに対し「ナイスナイスロック!」と返すという文化が生まれた。
 KUクラスタ内では大学でオフ会のようなことも行われており、僕にとって、大学生活とTwitterが渾然一体となっていたのである。一番面白かったのが、折田先生像のパロディである「にせほ像」を作ったことである。にせほは、当時Twitterに居たbotで、KUクラスタを中心に愛されていた人工無能である。このことは当時Yahoo!ニュースなどにも取り上げられ、にせほ像が登場したことはWikipediaにも記述されている。悪く言えば内輪ノリであるが、いろいろなクラスタがそういった内輪ノリを行っていた、牧歌的な時代であった。
 この頃Twitterを取り巻くエコシステムは栄華を極めており、多くの人はサードパーティが作ったクライアントを使っていたのである。僕もご多分に漏れず、PCからはTweenを、スマホからはtwiccaを使っていた。テレビ番組やオフ会の実況なども行っており、一日に200postもする日も少なくなかった。クライアントだけでなく、Twitterを利用したさまざまなサービスやbotも運営されており、TLからマルコフ連鎖で文章を生成するしゅうまい(現在はMisskey.ioで元気にバカンスを楽しんでいるよ)や、前述の人工無能botにせほ、TLで誰かが「◯◯爆発しろ」と言うと「◯◯が爆発しました」と投稿する爆発botなど、ナンセンスだが楽しいbotたちがTLを賑わせていた。胡乱なインフルエンサーや怪しい情報商材を売りつけそうな顔をしている実写アイコンの人物などがいない、ちょっとギークな人たちの遊び場だった。
 しかし、最後になって、Twitterの運営がAPI発行を渋ったり、ツイ廃御用達であったUserstreamを廃止するなど、イーロン・マスクが現れる前から、その自由なTwitterに陰りが見え始める。この頃にTwitterに見切りをつけてMastodonを立ち上げそこに移住した人たちが、いわば先住民となっている。Userstreamの廃止はそれなりに堪えたものの、サードパーティクライアントそのものが廃止になったわけでなく、僕は構わずTwitterを利用し続けた。

KUクラスタから着ぐるみクラスタへ

 前述のKUクラスタ時期ともオーバーラップはするが、同時に僕は着ぐるみクラスタにも"所属"していた。当然ながらそういう趣味なのでインターネットとの親和性は高い。着ぐるみクラスタの人たちもまたギークな人たちであるので、Twitterのアカウントを持つのは、世間の人よりは早かったと思う。
 着ぐるみクラスタの人たちは、明示しているしていないに関わらず、大なり小なりそのアカウントを着ぐるみのための用途に限定している。すなわち、自分の着ぐるみの写真をアップすることをそのアカウントの一番の存在意義としており、また、他の着ぐるみさんの写真を漁ったり、新たな着ぐるみさんとの出会いや交流の場所、オフ会の募集や参加などの情報交換の場所としてTwitterを利用する人が多かった。おそらく古代のmixiからの系譜なのだろう。この点で、着ぐるみクラスタのアカウントの利用方法は、前述の僕のような、TwitterをTwitterそのものを目的とするのとは異にしていた。
 実際、KUクラスタ時代は「ついったらー」という言葉があった。その名の通り、Twitterを使っている人という意味であるが、もはや猫も杓子もTwitterを利用するようになった現在ではあまり意味のない言葉である。インターネットを利用している人を「ネットサーファー」と呼んだり、LINEを利用している人を「LINIST」とは言わないだろう。
 僕のアイデンティティは「Twitterを利用している着ぐるみer」ではなく「着ぐるみをやっているついったらー」であった。なので、着ぐるみクラスタとの交流のためにTwitterを使いつつも、やはりTwitterのためにTwitterを利用していた。しかし、往年のKUクラスタを支えた先輩たちも卒業し、自身も京大の中心地である吉田から桂に移動したこともあって、徐々に僕のアイデンティティから「ついったらー」というものが消えていき、他の着ぐるみerほどではないにせよ、「着ぐるみ」アカウントっぽくなってきた。
 いつしかTweenも使わなくなり、Twitterを見るメインはスマホのTwitcle plusというアプリと公式TwitterWebとアプリになっていった。Twitcle plusは、非常に使い勝手がよく完成度の高いアプリだった。およそ2000人くらいをフォローしていたが、実際によく見ていたのは100人くらいで、そのリストをTwitcle plusから追っていて未読管理もしっかりしてすべて読んでいた。しかし、それだけじゃ漏れる情報や、世間では何がバズっているのかという情報も知りたかったので、それを補完するために公式Twitterも使っていたという具合だ。広告が挟まれるのが鬱陶しいので出てきた広告を全部ブロックするシューティングゲームみたいになっていた。とはいえ、公式Twitterそのものを否定する気はなく、補助的に使うならそれはそれでという感じで使っていた。思うに、この頃には既にTwitterの使い方や性質が、無自覚のうちにかなり変わっていたのだろう。

着ぐるみクラスタというムラ社会

 ところで、着ぐるみ界隈というのはコミュニティとしては非常に気疲れを起こしやすい性質を帯びている。着ぐるみという趣味はもちろんとても楽しく愉快で、和気藹々とやっている側面もあるが、けっこう殺伐としている部分がある。たとえばコミュ力や人徳、年収、居住地、身長や体型(小さくて細いほうが可愛いからね)、そもそもの持っているお面のクオリティなど、値踏みしたりされたりする要素が山のようにある。当然それは嫉妬や憎悪など面倒な人間関係に容易につながる。
 さらには、着ぐるみ界隈も一枚岩ではなく、コスプレとして活動している人、フェチ行為として活動している人があり、それもハッキリと分かれているわけでなく、各々にその要素がグラデーションのように混じっている。コスプレとして活動している人も、美麗な写真を取って作品作りに情熱を注ぐ人、僕のように、町中で開催されるようなコスプレイベントやロケなどで一般の人に面白がってもらったり写真を撮ってもらったりして交流を楽しんだりする人など活動形態も人それぞれである。もっとも後者は、後述のようにそのあと地獄と化したTwitterで阿鼻叫喚の事件を引き起こすわけだが。
 こういった、宗教戦争にも似たような価値観や派閥、ヒエラルキーのようなものがなんとなくあり、ともすればすぐにお気持ち表明からの学級会が開催されるように、常に火種が燻っているような感覚はあった。
 誤解のないように言うが、僕は着ぐるみ界隈全体を腐したいわけではない。こんな変な趣味の楽しさや面白さを分かち合える仲間がいることは素晴らしいことだと思うし、そもそもそういう人たちと一緒でなければこの活動はできない。ただ、着ぐるみというのはそれなりの息苦しさ(着ぐるみの呼吸の話ではない)や代償を伴う趣味であり、それがTwitterによって増幅されていた、少なくともそのように感じる人がいたことは否定できないだろう。
 前述のように、僕もTwitterに使い方が徐々に変化しつつあり、「着ぐるみ」アカウントらしく、Twitterは全盛期のようなアグレッシブな使い方ではなく、比較的おとなしい使い方にシフトしていった(それでも着ぐるみクラスタの中ではかなりのツイ廃と認識されていたが)。もっともこれは、着ぐるみクラスタの空気に当てられて同化していったというよりは、大学を卒業して就職して人間として落ち着いていったという側面のほうが強い。

fediverseへの移住

fedibirdへアカウントを作る

 さて、2022年11月、御存知の通りイーロン・マスクがTwitterを買収した。ご多分に漏れず、僕も最初はイーロンに期待をしていた側の人間である。InstagramになりたがっているTwitterというのが鼻につくなと思っていたので、理系オタクっぽいイーロンはなんとなく仲間ではないかと多少期待していた。Twitterがキラキラしているのはインスタではなくキンタマである。キンタマキラキラ金曜日。
 しかし、12月に入って、TwitterがMastodonのURLを投稿することを禁止するという滅茶苦茶な施策をやってのけた。これ自体は2日程度で解除されたのだが、禁止されればやってみたくなるというのが人の常。カリギュラ効果よろしく、どこかMastodonのアカウントを取ってみたほうがいいのかなという気になっていたところ、高校時代の後輩からfedibirdを紹介された。
 ぶっちゃけその当時はActivityPubやMastodonやfediverseのことはさっぱり分かってなかったが、まあ紹介されたしということで早速そこでアカウントを取ってみた。変な名前だなとか変なロゴだなとかそういうことを思った気がする。
 当時、本当に訳が分かっていなかったのだな、ということを象徴するエピソードとして、実はTwitterのUserstreamが廃止された頃、つまり日本で最初にマストドンというものが紹介された頃にmstdn.jpのアカウントを取っていたのだが、mstdn.jpとfedibirdが別のサービスであるということを理解せず、mstdn.jpの人たちを塩漬けにしていたmstdn.jpのアカウントの方でフォローしていたのである。
 fedibirdへアカウントを作った当初は、誰も見ていない10程度の投稿をして、そのまままたそのアカウントは放置されることになる……はずだった。

Twitcle plusの死とfedibirdへの移住

 2023年1月、ある朝、突然Twitcle plusがTLを読み込まなくなった。最初の頃は、ああまたTwitter社がAPI絡みでなんかやらかしたなと思っていた。こういったことは以前からもたまにあった。ところが、一昼夜開けても復活する兆しがない。Twitcle plus以外にもいくつか停止したサードパーティクライアントがあり、その作者も困惑している様子。しばらくすると、イーロンだかTwitter運営だかが、声明を出した。ごちゃごちゃ言っていたが、要約すると「あいつらは気に食わないから殺した。他の奴らも順次殺していく」という趣旨のものだった。
 僕はTwitterを去ることに決めた。行き先はもちろん先月アカウントを作っていたfedibirdである。fedibirdが一体なんなのか、ようやく理解し始めようとしたときであった。
 もちろんTwitter自体は僕にとって、使い方が変わっていったと言えど、13年も使っていたサービスである。紛れもなく自分にとっての故郷であるわけで、そこを捨てるというのはそれなりの決断であったが、やはり根っからの「ついったらー」であった僕にとって、イーロンに蹂躙されたTwitterを使い続けるのは、なんか違うなという気持ちが先走ったのだ。無論、イーロンが心を入れ替えてサードパーティのクライアントを復活させた際には、僕はまたTwitterへ戻る用意はある。その意味で僕のfedibirdへの移住は、しゅうまいよろしくバカンスだとは思っている。と同時に、それが望み薄であるということは理解しているので、この移住が定住になるだろうとも思った。

fediverseへの理解

 さて移住したfedibirdであるが、いったいここはなんなのだろう。Userstreamがあり往年のTweetdeckみたいなUIは、僕には比較的すぐに馴染むことができた(結構これが馴染めなくて、という人もいる)。
 fedibirdには絵文字リアクションという機能があって、移住してきた当初はすべてのMastodonに絵文字リアクションがあるのだと勘違いしていたが、どうやらこれはfedibird独自の機能らしい。とはいえfedibirdは紛れもなくMastodonの一種であり、鯖缶であるのえるさんがMastodonを魔改造してできたのがfedibirdというわけである。逆に言うとMastodonにはfedibirdと同じような、他のサーバー(当初はインスタンスって呼んでた)もあるわけだ。
 MastodonのFTL(連合TL)にはfedibird以外の多種多様なサーバーからの投稿が流れてくる。Mastodonの他にMisskeyというのがあり、MisskeyもまたMastodonと連合しているとのことだ。連合? よくよく調べると、MastodonとMisskeyはActivityPubというプロトコルをネットワーク上で喋っており、そのActivityPubを送受信することで、別々のサーバーであるにも関わらず、ひとつのSNSのように振る舞うことができているらしい。
 僕の知らない謎の技術があるのだなあと思ったが、別になんのことはないHTTP通信らしく、「こういうルールでお前らに喋るからお前らも受け取ってや」という約束ごとがActivityPubらしい。つまり、別のサーバーの人をフォローすると「私のサーバーに居るAって人物があなたのサーバーに居るBって人物に興味があるみたいです」って相手のサーバーに送り、相手がつぶやくと「私のサーバーに居るBって人物がhogeってつぶやきましたよ」っていうのを自分の所属しているサーバーに送る。自分の所属しているサーバーは、「Bをフォローしているのは、私のサーバーではAだね。AのHTLにhogeってつぶやきを流すで」というようなことをしているのだろう。多分そういう仕組み。毎秒何回くらいこんな通信しているんだろう。全然違ったら教えてください。
 実際この約束事さえ守れば、MastodonであろうとMisskeyであろうと、互いにフォローしてその投稿をTLに流すことができるというのは、原理的には理解できる。実際にMisskeyだけでなくMisskeyをフォークしたCalckey(後のFirefish)、Pleroma、Akkomaなど、ActivityPubを喋るSNSというのはたくさんある。
 ただ、容易に想像がつくように、ActivityPubは最低限の決まり事さえ守れば何をしてもいいらしく(批判は受けるかもしれないけど)、実際にLike(ふぁぼ)というアクティビティに絵文字を生やしたのがMisskeyであり、Misskey以外のSNSでは絵文字リアクションを受け取ることができず、ただのLikeとして受け取ることになってしまう。
 fedibirdは連合志向のマストドンサーバーである。上述したように、ActivityPubはユーザー同士のコミュニケーションは、それぞれの所属するサーバーがメディエイターになってくれることで行われている。こういったそれぞれのサーバーが協同して動いているSNSを分散型SNSというが、やはりサーバー同士の垣根というものを感じることが少なくない。fedibirdのいう連合志向というのは、そういったサーバー同士の垣根を極力ユーザーに感じさせないことを目指そうという考え方である。それゆえMastodonとMisskeyの違いを感じる絵文字リアクションの有無をMisskey側に合わせることによって、ユーザーにはMastodonという"片手落ちのSNS"を使っているということを意識させないで済むようにしてある。さらに、Misskeyでは他鯖の絵文字リアクションを押すことができないが、fedibirdでは他鯖の絵文字リアクションが既についていれば、それを押すことができる(便乗リアクション)。
 現状、日本のfediverseはMisskey、特にMisskey.ioが文化的に強く、一強とは言わないまでもかなりの影響力を持っている。MisskeyはMastodonほど連合志向が強くなく、折に触れて「連合はおまけ」と言っており、連合思想の人からはしばしば反感を買っている。分散過激派は、一つのサーバーに人口が集中することを好ましく思っていないが、それとは裏腹にMisskey.ioというデファクトスタンダードがあるからこそ、知らずのうちにfediverseに人が集まってきて、盛り上がってきたという側面がある。ぶっちゃけMastodonは絵文字リアクションを受け取れないため、むしろMastodonこそ連合を軽視しているのではないかという見方もできるかもしれない(なんかMastodonも一時期絵文字リアクションを導入しようとしたが、パフォーマンスやリソースの問題で見送ったとかいう話を聞いたことがある)。
 こういった矛盾を抱えていたり、中央集権的でないがゆえに制御できない形でfediverse界隈が盛り上がっていくのが、皮肉っぽくも、実にfediverseらしいなと思っている。まあ連合軽視っぽいioの村上さんには、fediverseの"野党"として、折に触れて苦言を呈していかなければならないとは思うが、それはまた別の話。MisskeyはAPIの設計が全くデベロッパーに優しくないらしく、Twitterと同じではないかと揶揄されることもあるが、それでもMisskeyとMisskey.ioはfediverseの功労者であることに、僕は疑いを全く持っていない。

fedibirdへの定住

 MastodonにはHTL(ホームタイムライン), LTL(ローカルタイムライン), FTL(連合TL)の3つのTLがある。LTLはそのサーバー内部での投稿が流れるタイムラインであり、ユーザーにサーバーの垣根を感じさせる最たるものである。もっともだからこそサーバーごとに独自の文化が育まれ、それはそれで興味深いものであるが、連合志向という考え方からすると相容れないものとなる。
 よってfedibirdでは意図的にLTLを無効化している。fedibirdはLTLに気を遣うことなく、ユーザーにfedibirdではなく、fediverseという大きな枠組みに参加してもらう仕組みを提供してくれているのである。しかし、それは翻ってみれば、LTLで既にそのサーバーに居た人に歓迎してもらうということは期待できず、いきなりfediversreという大海原に突き落とされることも意味している。1時間に数千という猛烈なスピードで流れるFTLの濁流の中から、自分がフォローするべき人を選ばなければならない。
 最初の10人程度は、僕と同じくTwitterから避難してきた見知らぬ人たちをフォローした。それから、アイコンの可愛い人や名前の面白い人という雑なくくりで気になった人をフォローした。あとは、爆速で流れるFTLで気になった投稿にリアクションを付けると、向こうからフォローしてきてくれたというのもある。こうしてfedibirdへの移住を決めて1ヶ月程度で100人程度のフォロイーが決まった。
 実際、使い始めてみてfedibirdは非常に居心地がいいと感じた。LTLがないため、気兼ねなく(コンテキストを無視して)投稿ができるというのと、絵文字リアクションがあるがMastodonUIのため、Misskeyほどガチャガチャしておらず、さりとてMastodonほど殺風景ではないという、両者のいいとこ取りみたいなところも気に入った。ioという大都市の郊外に住んでいるような感じである。LTLという"ご近所付き合い"もない。
 Mastodonなのでクライアントも豊富である。当初はSubwayTooterを使っていたが、ZonePaneをメインで使っている。ZonePaneはストリームがない以外は攻守ともに最強で完璧で毎月課金して使っている。特に未読管理はかなりガチで作り込まれているため、Twitter時代に使っていたTwitcle plusとほぼ同じ使い心地を実現している。逆にストリームが見たいときはSubwayTooterを使っている。なお、両者ともfedibirdの絵文字リアクションにばっちり対応している。

もこきーという新天地

 とはいうものの、分散型SNSの概念を知ったからには、他のサーバーも気になるというものである。どういう経緯でフォローしたのか覚えていないが、たこさんが運営しているもこきーというCalckeyをフォークしたサーバーが気になって、招待コードをもらった。 
 もこきーは、100人程度のそこまで多くの人がいるわけではないサーバーだが、身内サーバーというほどでもないサーバーで、LTLには「この人なんとなく知っている」という人しかいない感じである。フォローしているわけではないのだが、なんとなく顔見知りの人がいて、なんとなくみんなで話をしているというのは、これはこれでいい。特にLTLがひとつの話題で盛り上がっていて、自分もそれに参加できるときはその輪になんとなく入って一緒に盛り上がることができるというのは楽しい。また、LTLを見ている人が多いので、リアクションなどを貰いやすいというのもある。逆にLTLが自分にはあまり関係ない話題で盛り上がっていたら、すっと身を引いてもいいし、あるいはそれを無視して勝手に自分のことを投稿してもいい。適度に大人で適度に内輪ネタで適度にカオスな、これはこれで心地よい空間があった。
 fedibirdのLTLがないというのも心地よいが、もこきーみたいなLTLがあるというのも別の良さがある。結局、僕はfedibirdを本拠地としつつ、もこきーを別荘として使うというような使い方に落ち着いた。フォロワーはfedibirdの方が多いのでメインはこっちだが、わざわざ本垢に上げるほどでもないなというようなこととか、ちょっと裏垢っぽいけど裏垢ってほど裏でもないよなということを投稿するときはもこきーを使っている。手癖で適当に開いたほうで投稿する、ということもある。分散型SNSは、いろんなユーザーがいろんなサーバーに分散することではなく、いろんなサーバーにアカウントを作って投稿先が分散することなのかもしれない。
 あと、もこきー(というかFirefish/Misskey)はUIが洗練されていて、使っていて楽しく気持ちがいい。ので、もこきーはZonePaneでも見れるがメインはPWAで使っている。ユニークな機能も多い。fedibirdの便乗リアクションを一歩進めた、初乗り便乗リアクション(自分が一番乗りで便乗リアクションができる)というべきものがあり、このため事実上8万の絵文字を持っているサーバーとも言える。また、フォントをランダムにするというユニークな機能があり、リロードするたびにギャル文字になったり明朝体になったりする。エセナパJという怪しい日本語フォントも搭載されており、それに当たるとフォロイー全員が中国の詐欺商品みたいな日本語を喋っているみたいになる。面白すぎる。たこちんぁりがとラ

進むTwitter離れとTwitterの崩壊

 一方でTwitterからはどんどん距離を取るようになっていた。ひとまず自分で何かを発信するのを一切見合わせた。しかし、RTやfavなどは構わずするというスタンスに落ち着いた。ところが、次第にそれも低調になり、最後はRTもfavも一切しないようになった。傍から見ると、生きているか死んでいるか分からないアカウントのように見えるだろう。ただし、bioにfediverseへ移住した旨は書いたし、固定ツイートにもfediverseへの移住を決めたことも書いた。
 実際、僕がfediverseへ移住したのを追いかけてくれるような形で、数人の着ぐるみ界隈の人がCostodon(コスプレ関係のマストドン)や、同じくfedibirdにアカウントを作ってくれて、移住とは言わないまでも拠点の一つとしてfediverseにアカウントを作ってくれた。その人達にはとても感謝している。
 さらに7月にはTwitterが大規模な閲覧制限をかけたことで、Misskeyのサーバーの一つであるMisskey.ioに難民が大量に流入し、そのときに一緒にioにアカウントを作った着ぐるみerもいる。
 とはいえ、全体として見ると、fediverseへの移住は極めて低調で、依然としてTwitterから民族移動が起きるような気配はない。もともと僕は「ついったらー」として、TwitterをするためにTwitterをしていたような人間だったが、彼らにとってはTwitterは道具の一つにしか過ぎず、サードパーティクライアントの存在さえ知らず、イーロンの鳥かごの中で特に不平不満や問題意識も感じず過ごしていたようだった。
 7月に入り、イーロンの暴走はさらに強まり、Twitterは彼お気に入りのXとかいう中二病満載のググラビリティの低い名前に変えられてしまった。傍若無人とはこのことである。
 とはいえ、今でも僕はTwitterをそれなりには見てはいる。一つは着ぐるみ界隈が依然そこにとどまっているため、どうなっているかの情報収集・あるいは偵察のためというのもある。Twitterに行かないと着ぐるみさんが見れないのだ。見に行かざるを得ない。fedibirdを山奥みたいなところに例えれば、Twitterは街である(スラム街っぽいが)。気分はさながら山から街に降りて餌を漁るクマである。
 また、キュレーションされた「おすすめ」も見ているのだが確かに面白い。ただ、その面白さというのが、どうにも刺激的で扇情的なものが多い。常に誰かがなにかに怒っていたり、誰かを攻撃しようと思っている。実際おすすめに出てくるの3分の1の投稿がそういったちくちく要素のあるものである。
 ではTwitterがfediverseより"面白い"かというと、事実である一方で難しい側面もはらんでいる。思うにTwitterは味付けが非常に濃い料理、fediverseは精進料理のような薄味の料理である。外食で食べるなら味付けが濃い料理のほうがよいだろう。でも、それを毎日食べるとしたら? Twitterにずっといると「高血圧」になりそうなのである。Twitter時代、息を吸うようにTwitterをしていた人間である。他人の生活なんて"どうでもいい"。マイクロブログ型SNSはそういった薄味の"どうでもいい"ものが流れてくるくらいがちょうどよいのだ。
 Twitterの味付けは、非常に味の濃い料理と言っても、極めて粗悪である。今年の後半に入ってからは治安は最悪で、認証マークを付けた承認欲求モンスターが、誰かの感情を煽るような品のないポストをし、それに認証マークを付けたゴミみたいなbotがインプレを稼ぐために、カスみたいな内容をリプライでぶら下げまくるという「インプレゾンビ」が大量に湧いている。片やトレンドの単語をつけた大量のスパムも湧いているという、荒廃した場所に成り果ててしまった。人々はそんなディストピアと化した都市で生活を営んでいるようだ。

地獄と化したTwitterで起きた事件

 そんなディストピア化が進行するTwitterで8月、ある事件が起きた。とある着ぐるみ界隈の人が炎上してしまったのである。
 ある人が公園でプリキュアの着ぐるみで子供相手にグリーティングをし、そのことをTwitterに投稿していたのだが、その書き方が非常にまずく、ある種の誤解を招くことが必至であったのだ。幼女と遊んだとか公式に間違われたとかそういったことを嬉々として書いていたのである。とても褒められたものではなく擁護はできない(ただし、現場で問題を起こしたわけではない)。僕はその人をフォローしていわけでもないし、面識があったわけでもないが、認知はしていた。いろんな人の知り合いではなく、どちらかというとアウトロー気味の雰囲気の人と勝手に思ってた。なので炎上そのものは「さもありなん」と思わなくもなかった。
 当然だが、着ぐるみは単に個人的な趣味としてやっているわけであって、公式と間違われることは、全く歓迎するべき事態ではないので、サポートの人がきちんと説明をしていることがほとんどであるし、こちらから無理に接触を迫るなど以ての外である(件の人は、無理にこちらから迫ったわけではなさそうだけど)。
 炎上の発端は、そのとても褒められたものではない投稿だったのだが、とあるお母さんアカウントがそれを問題視。注意喚起する投稿を行った。そこまではまあ仕方のない話というか、うちのムラの人間がすみませんといったところなのだが、そこからがまさにディストピアXであった。常にどこかに火をつけようというフェミニスト版滝沢ガレソみたいなアカウントが、この注意喚起のポストを取り上げたのである。このアカウントはBlueマークをつけていて数万のフォロワーがいた。こういった影響力があるアカウントが、「身内」側にいる僕ですらあれは「可燃物」だな、と思うような事象に火をつけたのだ。たちまち火柱が上がった。
 数百という正義感と義憤に駆り立てられた有象無象のアカウントが、この炎上に触れ、着ぐるみ全体を攻撃するような投稿を一斉に始めたのである。「別によくよく考えるとそこまで悪いことはしていないのでは」と冷静になっていた人もいたがごく少数で、大概は格好のサンドバッグを見つけたと嬉々として攻撃をしていたのである。さすがは憤怒のSNS。炎上はさらに加速。ねとらぼが取り上げ、東映公式も反応し、Yahoo!のトップニュースにも躍り出て、さらには地上波のニュースにまでなるという快挙を成し遂げたのである。
 この騒動で、一時的にせよ永続的にせよ鍵をかける着ぐるみアカウントが出てきた。さらには上述の通り、着ぐるみ界隈にも活動の仕方に関する宗教戦争も相まって、着ぐるみそのものがアウトローであるという価値観の人間が、着ぐるみで一般の人がいる場所で活動する人に対して、お気持ち表明をするなど、文字通りの学級会も開催されて、最悪の雰囲気となった。
 ただ、上述の騒動で、着ぐるみを格好の獲物とみなし攻撃していたイナゴたちを一方的な悪者にしたくないな、という気持ちがあって、それはなぜかというと彼らのほとんどは善良な市民だからである。善良な市民を義憤に駆り立たせ、常になにかに怒らせるそんな仕組みが今のXには完成されているのだ。もし、僕が今でもTwitterを続けていて、この炎上が自分と利害関係のない分野のものであったら、きっと自分もイナゴになっていたであろうと思う。今のXの雰囲気がギスギスしていると思う人は多いと思うが、それに与しているのは自分なのである。これは正直かなり恐ろしい。荒廃した世界を作っているのは自分たちであるということだ。虚淵玄の世界観である。だから薄味のfediverseは正解なのである。

着ぐるみとfediverse

 しかし、上の騒動を経ても、せいぜい鍵をかけるくらいで、着ぐるみクラスタのfediverseへの移動は起きず、大半の人は依然として荒廃したXに住み続けた。自分のムラに火がつけられても、特に問題意識を感じることはないのだな~と、わりと個人的には失望した。それどころか普通にBlueのマークがついている界隈民さえいるのだから、病根は深い。
 fediverseに来てよとは思うが、実のところfediverseと着ぐるみの相性は今のところよくない。よくTwitterではほとんど反応が貰えないが、Misskey(←だいたいioである)はたくさん反応がもらえて「やさしいせかい」なんて言うが、着ぐるみクラスタにとってはTwitterのほうが優しい世界である。
 ここにTwitterとfedibirdでの僕の投稿がある。

Twitter
fedibird

 RT数こそ同じだが、Twitterで177ふぁぼ(今は「いいね」っていうんですか?)もらえた投稿が、fedibirdでは41リアクション、22ふぁぼと、およそ3分の1である。もっともこれはfedibirdでガシガシ投稿して、自分を売り込んでいる(意図してそうしているつもりはないが)からこの程度の差で済んでいるのであって、大半の着ぐるみクラスタにとっては、この差がもっと絶望的で、fediverseでは着ぐるみの写真は数リアクション貰えるくらいが関の山である。
 前述したように、Twitterに入り浸っていると、100ふぁぼは当たり前、その先の200や300ふぁぼを狙おうかという世界である。場合によっては1500ふぁぼくらいまで伸びる。着ぐるみのキラキラを競う特化版Instagramみたいな状態になっている。で、いざfediverseに来てみると貰える反応は雀の涙ほど。そりゃまあfediverseに居着こうとする奇特な着ぐるみ界隈民なんて僕くらいしかいない。
 もっともこれにはからくりがあって、着ぐるみ界隈民は、いい着ぐるみであればふぁぼを送る。着ぐるみが好きなので。さらにはお前着ぐるみだったらなんでもいいのかよってくらいふぁぼを送る人もいる。着ぐるみが好きなので。結果、Twitterのふぁぼは互助会的なふぁぼで構成されている部分があるのである。fediverseには着ぐるみ界隈民がほとんどいないので、互助会的なふぁぼが全く期待できないのである。加えて、「おすすめタイムライン」がないので、よく伸びている画像がキュレーションされてさらに伸びるということが起きない。(なので、Misskeyでは自分の作品は何度でもRNしろと言われている。Misskeyではなくfediverse全般に言えることだと思うが、これが喧伝されるのはよいことだと思う)
 着ぐるみ界隈に限った話ではないが、「みんなが動かなければ自分も動かない」「せーので移住しなければ意味がない」など、エスニックジョークの日本人まんまのことを言う人達がいるが、着ぐるみ界隈の人たちにとってみれば、fediverseへの移住は、自分の着ぐるみを誰にも見てもらえないことを意味し、貴重なふぁぼの供給源を失うことになるので、切実な問題なのである。

fediverseへの移住が成功した理由

 最後に、ではなぜ僕がfediverseへの移住が成功したかについて考察しよう。大きく分けて3つじゃないかと思っている。

"ネイティブついったらー"だった

 上で説明してきたように、僕は2009年頃からTwitterをやっている。流石に先住民を名乗ることはできないが、パイオニアを名乗ってもいいだろうという時期にTwitterを始め、そこで長い間に過ごした。僕にとってのTwitterの原郷はまさにこの時期にある。
 いろんな機能が未整備だったが牧歌的で、「おはよー」と言ったら「おはよー」と返してくれる人がいて、隙あらば誰かを女装させようとしていて、TLの大半がどうでもいい人のどうでもいいつぶやきが埋まっているあのTwitterである。そして、そのつぶやきをサードパーティクライアントから見ていた。
 よくfediverseはTwitterの代替にならないというが、僕にしてみれば今のTwitterのほうがよっぽどTwitterの代替にならないのではないかと思う。よくその理由として「公式がいない」と言われるが、Twitter黄金期であった2011~2012年頃には、まだまだTwitterの公式アカウントが少なかった。また別の理由として「分散しているせいで正確なfav数やRT数が分からない」というのがあるが、そもそも非公式RTしかなかった時代で自分のふぁぼ数ですらふぁぼったーで確認していた時代である。まさに"面構えが違う"のだろう。
 僕の場合は、fediverseで昔のTwitterの原風景を見出したのだ。
 加えて、僕は中学時代には自分のホームページをやっていて、僕の見た秩序。あたりの風に当てられたイタい文章を書いたりしていた。KO・U・HU・N☆ まあ中二病というかそのころに罹った麻疹みたいなもんだと思うが、承認欲求より発信欲求を大事にするということを覚えていたのだろうと思う。正直このアドカレも2万文字近くも書いてしまって、いったい誰が読むんだという感じである。ちょっとしたショボいめの卒論かよ。でも、まあ承認されるために発信するのではなく、ただの自己満足のために発信するという経験をあの頃にやっていたからこそ、発信することが何よりも"評価"されるfediverseの水が合ったんだと思う。

思想が強い

 僕は理不尽が嫌いである。給与や人間関係や労働時間に不満がないが、Excel方眼紙設計書をしこしこと書き直す仕事に嫌気が差して転職したくらい、理不尽を甘んじて受け入れることを否とする。
 傍若無人なイーロンによるTwitterの蹂躙は、僕にとっては倫理的に許せなかった。ましてや後出しじゃんけんでサードパーティクライアントを締め出すとか、滅茶苦茶だし、炎上させることにインセンティブを与えているSNSとか言語道断である。
 コンプライアンスとして、人道的に問題のある国や企業とは縁を切りましょうという社会的な動きがある。例えばウクライナを侵攻しているロシアの利益になるようなことをしている企業は社会的評価が落ちるだろうし、新疆綿を使っていると言われているユニクロは一時厳しい目に晒された。また、ジャニー喜多川による性加害問題によって、多くの企業がジャニーズ事務所と距離を取るようになった。
 今の僕は、Twitterはそういった反社会的な勢力のような色彩を帯びているとみなしている。なので、Twitterを利用しつつも極力そこに依存しないよう努めたいという勝手な使命感が、僕のfediverseへの移住を後押しした。「何もそこまで」と思う方が大半だとは思うが、要は僕は「思想が強い」のである。

界隈内部の着ぐるみ評価を欲していない

 上で見てきたように、fediverseと着ぐるみの相性は悪い。基本的に着ぐるみ界隈民は少ないし、反応もTwitterほどは貰えない。けれども、僕は別にそれでいいと思っている。すっぱい葡萄じゃないよ。
 これってなんでだろうと思ったのだけど、着ぐるみ趣味をわりと純粋に自分の楽しみのためだけにやっていたのではないかということを改めて思わされた。もちろん反応が少なくて嬉しいということはないし、リアクションなんて「こんなんなんぼあってもいいですからね」なのだが、別にそれを目的に着ぐるみをやっているわけではないというか。
 もともと僕は美麗な作品(写真)作りをするために着ぐるみをやっているのではなく、その場にいた一般人が面白がってくれることが一番楽しいと思ってこの趣味をやっているので、SNSでの反応が少なくてもリアルでのその場での反応が貰えれれば、わりと満足なのである。誤解のないように言うが、一般の人に楽しんでもらうために着ぐるみをやっているのではなく、自分が勝手に楽しんでやっていることが、結果的に他の人にも喜んでもらえたら嬉しいよねという話である。要するに何をもって自分が"評価"されていると感じるかが、着ぐるみクラスタの内部ではなく、着ぐるみクラスタ外部を向いていて、しかも原動力がその外部の反応とはいえ、基本的に自己完結しているのである。まあ、界隈内部の人に「仕草が可愛い」とか「動きがあざとい」とか言われるともちろん嬉しいけどね。
 翻ってfediverseを見てみれば、着ぐるみクラスタが少ない分、貰えるリアクションの大半というのが、着ぐるみクラスタ外部からである。その意味で、fediverseでのリアクションはTwitterのふぁぼとは、質的に異なるものだと思っていて、むしろ一般人とのグリーティングに近いものだと感じている。身内で撮った100枚の写真より、通りかかった一般の人が面白がってスマホで撮った1枚の写真のほうが値打ちがあるんじゃないかなと思っているので、反応の絶対数が少ないということが、僕にfediverseを去らせる理由にならなかったのだ。

今後の展望

 2023年はイーロンに破壊されたTwitterであったが、みんなあのSNSを無邪気に「X」と呼ぶようになっているし(僕もそう呼ぶけど)、大半の人は現状維持バイアスであそこに居着くのだと思う。ActivityPubに参入すると鳴物入りでやってきたThreadsも、見切り発車の尻切れトンボみたいな状態だし(本日不完全ながら連合し始めたとの報告あり)、来年もTwitterは迷走しつつ、牙城は崩せないままであろう。
 僕自身は、来年も今年と変わらずfediverseに住み続けて、他のfediverseの住民とともに毒にも薬にもならないどうでもいいつぶやきを流し続けるだろう。
 個人鯖を立ててみたいという欲望がないと言えば嘘になる。自分のドメインやサーバーを持ったことがない(厳密にはちょっとしたbotプログラムが動いているサーバーはある)ので、本職のことを考えてもいい経験や勉強になりそうだ。
 ただ、現状、個人鯖を立ててまでしたいことがあるかと言えばそうでもない。LTLのないfedibirdは快適だし、なんとなく見知った人がいるもこきーもまた別の意味で快適である。特にもこきーだと絵文字も申請すると、すぐに入れてくれるし、初乗り便乗リアクションもできるし、特に困ったことがない。
 どうせなら着ぐるみすきーみたいなの作っちゃう? っていう構想がなくはない。着ぐるみクラスタが移住してこないのを嘆くだけでなく、自分でサバーくらい建てたらどうなんだと言われたらぐうの音も出ないし、なんだかんだ鯖缶って憧れる。ただ、上述のようにクラスタの特性としてギスギスしている部分があり、それを背負う鯖缶って荷が重すぎよな……とか、大なり小なり責任が伴うよなとか、そもそも誰も移住してこないよな……とか考えると二の足を踏んでしまうのである。また、上で述べたように、僕自身があまり着ぐるみクラスタをfediverseにそこまで求めていない(現状で満足している)という事情もあり、まあ別にわざわざ建ててまでやるかなあ……という思いもある。けど、やってみたら面白いよねえとはずっと思っている。
 
 終わりまーす。


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