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創作BL「青い月に啼く」6(後)
人間と魔の混血種が住む民族区域が舞台
混血種が自治のため結成した「凶徒(マフィア)」のとあるファミリーの話
混血種
人里に住む者は殆ど人間と同じ生態だが、身体能力や見た目に強く血統が現れる者もいる
青い月が昇る夜、本来の魔の姿に戻るとされている
登場人物
スターシステムを採用し「鹿書房」こと伍月鹿作品のキャラクターが別人として登場します
先代は立派な人だった。
皆が口を揃えて言う。
それについて、異論はない。
私程度では到底追いつくことのできない、立派な人だったのは確かである。
先代は、激動の時代を生きた人だ。
平和ボケした我々とは違う。戦争を知り、国際政府の圧制をその身をもって知り、変化や貧困に真っ向から立ち向かった人だ。
縄張り争いの最中、シマの住民を支配しようとした暴君と、たった一人で立ち向かった。英雄と呼ばれた彼は皆を助け、皆に慕われたリーダーだった。
コミッションの承認や立場などは、あとからついてきたにすぎない。
黒徒に属する存在で、あの人を知らない者はいない。
それくらい彼は皆にとってのゴッド・ファーザーだったのだ。
だが、そんな彼にも「人間らしい」一面はあった。
美しい宝石を愛でるという、とても素朴で人間らしい一面が彼を壊した。
豪華絢爛な宴に、場に相応しい装い。
皆が仮面をつけて、一目では相手の正体を悟らせない。
凶徒の宴の仕来りに則った慇懃無礼な笑みが仮面の下から覗き、表面では穏やかで平和的に振舞う。
仮初の交流は、まるで芝居のようだ。
どこかにカメラが仕込まれているのではないかと、毎度思う。
ロールプレイングをしているような、お手本のような反応。
決まりきった挨拶に、同じ会話。
それらにうんざりとしてしまうのは、私が本来、このような上品な場に向いていないからだろう。
「今度、うちに来ないか。新しい葉巻があるんだ」
そんな言葉をかけられて、曖昧に頷く。
相手の素性は承知だ。
相手にとっても同じことだろう。
宴の夜以外で彼に招かれることなどないとは承知で、私はさぞ残念がるように告げる。
「行ってやりたいが、この脚がね」
表面的にはにこやかなやり取りに、相手も曖昧な態度のまま離れていく。
そんなことの繰り返しだ。
私が自治区の不動産店を任されるようになって、何年が経っただろうか。
アント・イーターは、元々先代が運営していた店だ。
ファミリーの連絡口となっているのは、当時の名残である。いまでも自治区内の便利屋として機能はしているが、現在の主だった仕事は黒徒とは関係のない者に安全な住居と仕事を紹介することで、店に当時のような知名度はない。
レトロな看板や佇まいが観光客を呼び、用もないのに入って来る人間も多い。
表にナオトを置いておけば大抵の客は「魔法にかかったように」自分の目的を忘れて出て行くので、概ねあの店は平和で安全といえるだろう。
だからたまに外に出ると、極端に緊張してしまう。
店に籠り切りの私にも、どうやらまだ知り合いはいるようだ。
四方八方から飛んでくる声をどれも曖昧に受け流して、やっとのことで会場の隅に辿り着く。
禁煙傾向の煽りを受けて、会場内のあちこちで煙が舞う時代は終わったらしい。
パーテーションで区切られた空間は、会場と同様の装飾がなされている。だが、中央に置かれた大きな灰皿は最新のもので、天井に設置された換気口が絶対に煙を漏らさないという強い意志を伝えてきた。
会場では、余興が始まったところだった。
私が入って行くと、若い女性が会釈をして立ち去った。どうやら、いまは喫煙ブースを独り占めできるらしい。
「はあ……、疲れた」
周りに誰もいないのを確認した途端、思わず本音が零れた。
後ろをついてきたジャンが椅子を動かしてくれた。
灰皿近くに設置されたそれに座ると、強張った足から力が抜けた。
「大丈夫ですか」
「うん。いやあ、先代の栄光には恐れ入るよ」
「皆、アオイさんと話したいようでした」
「ありがとう。でも、私は先代の代わりに過ぎないよ」
ジャンが、預かってくれていた煙草とライターを差し出す。
杖を灰皿に立てかける。
慣れた味を咥えると、ようやく息がつけた気がしてほっとした。
私の顔が広く知られているのは、先代が私をあちこちに紹介してくれたからだ。
先代は、あちこちでやんちゃして国際政府から追われていた私を引き取り、自分の右腕にするとまで約束してくれた。
その約束は果たされることはなかったが、私は仲間と出会い、家族ができた。忠実な部下もでき、少しも威厳のない私でもそれなりの地位を与えられた。
すると今度は、私を頼って集まる者ができた。
持ち込まれる面倒ごとを解決しているうちに、敵内外、様々な知り合いができた。
勿論、穏やかな依頼ばかりではない。
厄介事には慣れたつもりだが、宴のたびに人に囲まれるのは厄介だった。
ジャンを連れてきて、正解だった。
自治区にとって先代の影が濃く残るのと同じくらい、この辺りの者にとってルーガルーは特別な存在だ。
ルーガルーを見ると、皆気配を察してそそくさと離れていく。
屋敷で遊び回るレオの子を思い出す。いまは無邪気な子供にしか見えないあの子たちも、いずれは自治区で恐れられ、奇妙な崇められ方をするのだろうか。
伝統。過去の威光。
そんなものが蔓延り、残り続ける自治区は、時々少しだけ、窮屈な檻のように感じられる。
吸い込んだ煙を吐き出すと、疲れた身体に心地のいい酩酊が広がる。
隠れている刺客がいないことを確認したジャンは、私の隣に立った。
彼が微かに顔をしかめるのを見て、指に挟んだ紙巻を見下ろす。
「そうか、君は鼻が効くから」
こんな場所まで連れてくるべきではなかった。
後悔を口に出すと、真面目な部下は首を横に振った。
「いえ。煙の香りは嫌いじゃありません」
簡素に答えた部下は、マズルガードを模したマスクを引き上げた。
代わりに仮面を外す。
ブルーガーネットのように赤く輝く瞳が、傍のライトを反射させていた。
血のような光を放つ瞳はこの自治区でも珍しいものだった。
赤い瞳を持つ者は、ジャンのほかに二人しかいない。
一人は生まれつき全身の色素が薄いヘリックス。もう一人はかつてこの地で皆の羨望を集めていた青年だ。
宝石のような瞳は、光が当たると透明にも漆黒にも変わる。
万華鏡のように切り替わる色を眺めていると、ジャンの細い体がふらついた。
傍の椅子を引き寄せ、なおも職務を全うしようとする部下を座らせる。
「どうせいまは、皆余興に夢中だよ」
生真面目な彼をそう慰めると、やっと強張っていた身体から力が抜けたのがわかった。
育ての親を失ったジャンが私達の元に来て、五年が経つ。
レオが親代わりに彼を教育し、この場所で生きていく術を叩きこんだという。若者ではあるが、多くの構成員候補を追い抜いてあっという間にソルジャーの地位を得た優秀な人材である。
近頃は、めっきり背も伸びて大人らしくなった。
屋敷に顔を出すことは減ったとマリエが嘆いていたが、それに関しては私も多少の罪悪感があった。彼に屋敷以外の寝床と家族から遠ざかる理由を作ったのは私である。
だが、見た目がどんなに大人びても、まだ彼は子供だ。
細い身体を支える手に、思わず力が入る。ソマギに教わったという方法で呼吸を整えた彼は、やがて私の瞳を覗きこんだ。
「落ち着いたかい?」
「はい。あの……、アオイさんは、神様みたいですね」
「なんだい、それ」
思わず笑うが、ジャンは生真面目な顔を崩さない。
自治区に決まった宗教はない。万物に神が宿るという国土の考えが尊重されることが多いだろう。
若い子たちの間で使われる言葉の一種だと遅れて理解する。
「よく、ショウも言っています。優しくて偉大で、全部見透かしているのに静かに皆を見守っている」
「玄武に神様扱いされているのは、恐れ多いなあ」
「でも、俺もそう思います。ショウも、貴方の傍にいたがるのがわかる」
ショウはどういうわけか私に懐き、自治区に住み着いた海の神だ。
普段は人間の体を持って行動しているが、その気になればこの小さなコミューンを海に沈めるくらいはどうってことのない存在である。
若い子たちに慕われるのは光栄だが、身の丈に合わない立場であるという思いはどうしても拭いきれない。
じんわりと痛む足をさする。
「……先代のボスに、頼まれたんだよ」
「頼まれた?」
「皆にとって、偶像のような存在になってほしいとね。アントが自治区にとって末永く平和の証となるように、店主として皆の支えでいてほしいと」
いまのソルジャーで、先代を知る者は少ない。
チトラが意図したことなのか、時代の流れなのか。数年前から見ると若返った組織は、これからどんどん彼らが新しい風を持ち込むのだろう。
レオの子供に、赤い瞳を持つ者はいない。
私は最後になるのであろう宝石のような瞳を眺め、過ぎ去った時間を思い浮かべた。
最初は柄じゃないと思った。だが、これまでなんとかやってこられた。
私を頼りにしている者が増えた。アントもショウや部下の助けがあって経営も順調である。
「全ての者にとってここが居心地がいい場所、というわけではないけれど、檻の中でしか生きられない者もうちには多いだろう。だからせめて、皆には自治区が暮らしやすい場所であってほしいと思っている。これは、先代に頼まれたからってだけではない」
煙を吐き出す。
ジャンが微かに息を吐く。その安堵が含まれる音に、煙草の香りは嫌いではないという先ほどの言葉は、嘘ではなかったと気づく。
思えば、この葉巻はレオに分けてもらったものだ。
ルーガルーにとって心地いい香りなのかもしれない。
「混血種は、青い月に囚われた種族、なんていうけど、私は月に支配されている生き方だって悪くないと思っているんだ。こんなこというと、若い子たちには臆病なんて言われてしまうかもしれないけど」
限られた牢獄の中でしか生きられない存在はいる。
戦え、立ち向かえと鼓舞されて、そうすることが正しかった時代は終わったのだ。
できれば穏便に事を済ませたいし、家族の誰も苦しんでほしくない。
少なくとも、いま隣に座る青年の幸福を願った過去の自分は、間違いではなかった。
数年前の用具小屋でのやり取りを思い出す。
あの時はまだ幼い子供でしかなかったジャンが、何かを考えるように瞳を泳がせる。やがて、彼はそっとはにかんだ。
「いえ。……俺も、そう思います」
「ならよかった。そろそろ行こうか。アサリが心配してるかもしれない」
灰皿に短くなった葉巻を押し付け、高性能な排気口が煙を全て吸い上げるのを見届ける。
少し休んだことで、ジャンも調子を取り戻したようだ。
来た時よりもしっかりとした足取りなのに安心して、彼のエスコートに身を委ねる。
会場に戻ると、余興が終わったところだった。
通路の隙間を抜け、仲間を探す。
ジャンが先に、レンを見つけた。彼らの傍に近づこうとして、ふいに目の前の景色を遮られる。
私達の前に、一人の男が立ち塞がった。
「見つけた」
長い髪が揺れる。
青い月のような瞳が、シャンデリアの光の下で鈍く光る。
まるで、その姿は美しい鬼のようだった。
タラスクの牙は宝石のように磨かれ、長く伸ばした髪は鬣のように彼の背を覆う。
ガラスの瞳だけが無機質で、片方の生きた瞳とのコントラストは、見るものに眩暈を起こさせた。どこを見ることもできないまがいものの右目を庇うように、彼の身体はいつもほんのわずかに傾いている。
仮面をつけない彼は、大衆にその顔を晒していた。
色濃く落ちた影に、色白の肌が目立つ。
豪華絢爛な場に相応しい、優雅な振る舞いで彼は佇んでいる。
やがて彼は、こちらに向かって腕を伸ばした。
握られた鋭利な刃物が、彼の牙だと遅れて気がつく。
「今度は逃がさない」
まっすぐにジャンに向けられた剣が、青く光った。
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